• Project Report

“触れて、空間を彩る” テキスタイルを開発 伝統産業とテクノロジーの交差点を探った、プロトタイプ制作

Outline

昨年11月に、FabCafe国内5店舗目となるFabCafe Fujiが山梨県富士吉田市にオープンするなど、クリエイターやアーティストとのコラボレーションで注目を集める街、山梨県富士吉田市。同市は千年以上続く伝統的な「ハタオリのまち」であり、テキスタイル文化が非常に発展しています。また、伝統的な産業に加えて新しい表現活動も始まっており、2021年からは、テキスタイルを中心とした地域資源とクリエイティビティを混交し、テキスタイルの創造・普及・活性・継承を目指す「FUJI TEXTILE WEEK」が開催されています。

ロフトワーク・FabCafe・MTRLによる、テクニカル視点を用いたプロトタイプ制作で、サービス・プロダクト開発の支援を行う「Tech Working Group」は、本芸術祭に、新たなテキスタイルの使い方を探るような表現や研究活動を対象とする「フリンジプログラム」枠として出展。テキスタイルにデジタル技術を搭載し、新たな機能を付ける「スマートテキスタイル」の技術を応用した作品を展示しました。

テキスタイルは古くから人々の生活に密接に関わり、衣類だけでなく、カーテンやクッションなど、生活空間を彩るプロダクトにも使用されています。本プロジェクトでは、ここに着目し、スマートテキスタイルの新たな活用領域として「空間活用」に着目しました。

さらに、制作にあたっては、富士吉田の伝統的な織物メーカーや、建築家をはじめとするクリエイターたちと連携。伝統技術に、最新テクノロジーと、クリエイターたちの専門技術や表現力を織り合わせ、テキスタイルを「空間」体験へと落とし込むプロトタイプを制作しました。こうして、伝統ある「ハタオリのまち」に新たな風を起こし、テキスタイルの新しい魅力と可能性を発信することを目指しました。

執筆:土田 直矢(株式会社ロフトワーク)
編集:後閑 裕太朗・岩崎 諒子(loftwork.com編集部)

プロジェクト体制

  • プロジェクトマネージャー:土田 直矢(株式会社ロフトワーク テクニカルディレクター)
  • プロジェクトサポート:金岡 大輝(FabCafe Tokyo COO 兼 CTO)、柳原 一也(株式会社ロフトワーク MTRL クリエイティブディレクター) 
  • キュレーター:八木 毅 (FabCafe Fuji)
  • インスタレーション設計:古市 淑乃(古市淑乃建築設計事務所)
  • インスタレーション実装:花光 宣尚(Enhance experience Inc. / 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)
  • ハードウェア設計/実装:土屋 慧太郎
  • テキスタイル制作:光織物有限会社
  • スチール撮影:加藤 甫
  • 動画制作:佐々木 達也

Output

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環境の状態により立方体は様相を変え、それによりまた環境も様相を変える。
導電布によって構成された立方体は常にその環境に存在する静電容量に反応しており、それによる光も微かにゆらぎ続けている。
空間に人が入り、立方体に近づいたり、布に触れたりするとその人のもつ静電容量に布が影響され、光が揺れ動く。

Approach

伝統産業の技術とデジタル技術、そしてクリエイターの創造性を掛け合わせた本作品を制作するためには、技術的な知見を踏まえたプロジェクト進行・ディレクションが鍵となりました。プロジェクトのプロジェクトマネージャーを担当した、テクニカルディレクターの土田直矢が、そのポイントを振り返ります。

Author

株式会社ロフトワーク, テクニカルディレクター
土田 直矢

大学卒業後、組み込みソフトウェアエンジニアとして次世代車載システムのスマートフォン連携機能、車載ソフトウェアプラットフォームの製品開発に従事。ロフトワークでは、技術的知見を用いたサービス・プロダクトの開発支援プロジェクトを担当し、様々なプロトタイプを制作。プロジェクトマネジメントだけではなく、自分で手を動かしながらアイデアを形にしていくことを大切にしている。社外活動としてCalm Technologyの思想を土台としたプロダクト開発チームを運営。「まずは試してみる」をモットーに日々ものづくりの楽しさを探求している。

伝統産業との挑戦的なコラボレーションで、テキスタイルの新たな表現を生み出す

本プロジェクトでは、テキスタイルとデジタル技術を融合させる、スマートテキスタイルの新たな可能性を探りました。スマートテキスタイルは、一般的に機能性の付与や向上を目的とし、衣類などに応用される技術です。しかし、今回FUJI TEXTILE WEEKに出展するにあたり、機能向上だけでなく、富士吉田の織物の特徴を活かし、その価値を高めることができる作品こそがふさわしいのではないか、と考えました。そのため、まずは伝統的な織物について「どんな織り方に可能性があるのか」という視点から探り始めました。

着目したのは、富士吉田の織物の特徴の一つでもある「ジャガード織り」です。これは、ジャガード織機という専用の機械を使って数千から1万本以上の細い糸を高密度で織り上げる織り方で、複雑かつ立体感のある模様を織ることができます。

織物の制作を依頼したのは、このジャガード織りを得意とし、伝統技術を活かしながら従来の型に当てはまらないテキスタイル制作を行う、光織物有限会社です。今回は、地元富士吉田の織物メーカーである同社と連携しながら、ジャガード織りに「導電糸」を織り交ぜたスマートテキスタイルの制作に挑みました。

昭和33年に創業した光織物有限会社は、掛け軸・和雑貨などに応用される、立体的な模様の織物を中心に製造。近年では、産官学連携やファクトリーブランドの開設など、新たな領域のプロジェクトにも挑戦している。

導電糸は、その名の通り電気を通す性質を持った糸。この性質を活用して、テキスタイルに「触れる」ことで発生する静電気をトリガーに、周りの空間演出を変化させるような作品を目指しました。ただし、通常テキスタイルは「静電気をいかに発生させないか」を考えるため、「静電気を感知しやすいテキスタイルの制作」という、普段とは真逆のアプローチを試みる必要がありました。

さらに、このような導電糸を用いたテキスタイル制作は、光織物さんにとっても初めての挑戦です。過去の事例や知見がない状態からのスタートであったため、「そもそもどうやって織るのか」「ジャガード織機にはどの糸が適切か」「柄は何が適切か」など、お互いに議論や試作を重ね、工夫の末に導電糸を織りこんだテキスタイルの制作に成功しました。

テキスタイル作品に使用したのは「麻の葉」柄。古くから織物の柄として使われ、富士吉田の伝統的な織物産業でも使用されてきた歴史ある模様。

地道な技術検証で、導電糸の可能性を探る

光織物さんとの議論と並行して、「そもそも、導電糸でどのようなことができるのか」を技術的に検証していきました。

最初はマイコンと導電糸を用意し、どんなことができるのか、自分でプロトタイプを作って確認することから始めました。というのも、クリエイターや機屋さんなど、手を動かしてものづくりをする人達とより深く話すためには、自分でも手を動かして素材や技術への理解度を上げる必要があると考えたからです。私自身、エンジニアとして活動しているということもあり、未知の技術に対して楽しみながら技術検証を行うことができました。

導電糸とマイコンを購入し、導電糸に触れた際の感度と取得できる値の範囲を検証しました。

導電糸の知見をある程度得た後に、光織物さんに今回使用する導電糸を使って試し織りをしていただきました。ジャガード織機で使用する糸は自分の技術検証で使用した糸とは異なります。導電糸そのものの知見があっても、実際の環境に合わせた素材を使用して確認しないとプロトタイプの実現性は担保できません。

こうして、導電糸や試し織りしたテキスタイルの基本の検証結果が揃いました。これをもとに、クリエイターとアイディエーションを行い、いくつかのプロトタイプ案を出しました。

提案されたアイデアは、次の日には電子部品を揃えてすぐに制作し、実際に実現可能か検証しました。検証の結果はナレッジとして蓄積しながら、約1ヶ月にわたってこのサイクルを繰り返しました。こうして、既存の枠にとらわれない一方で、実現性を担保できるプロトタイプへと近づいていきました。

試し織りしたテキスタイルに光を当ててテキスタイルの透過度を確認したり、導電布の感度の取得値を確認するなど多様な検証を実施。

技術検証の末、今回は導電糸の性質を活かして布にスイッチ機能を実装しました。さまざまな触り方ができる布の特性を生かし、ON/OFFだけでなく、触り方に応じた反応の変化が起こるように設計しています。

展示環境を再現しながら、空間表現をクリエイターと議論

次に、スマートテキスタイルをいかに空間的に活用できるのか、クリエイターとともにアイディエーションを行いました。特に、今回は将来的にプロダクトに応用できるレベルのプロトタイプ制作を目指していたこともあり、その道のりは簡単なものではありませんでした。

空間表現を行う際は、実際の展示会場の調査や検証が重要ですが、展示会場であるFabCafe Fujiは当時工事中。そのため、搬入直前まで会場に入ることができませんでした。そこで、3Dプリンターを活用して展示空間を実寸大で再現したり、バーチャル空間での展示空間を構築したりと、デジタル技術を活用しながら、自力で環境をシミュレートし、クリエイターとの調整を行っています。

3Dプリンターを活用した実寸大の空間再現では、テキスタイルの柄とインスタレーションの方向性について確認しました。窓が一切ない特殊な展示空間を再現し「触れたときにどのように光が変化するのが良いか」「どのような柄がキレイに見えそうか」などを検証しました。わずかな違いでも、体験の品質は大きく異なります。ここで検証したことを元にテキスタイルの柄、光の配色・光量などを細かく調整を行いました。

実際の展示と同じような暗さの環境を3Dプリンターで再現したり、天井の高さ・床の材質など、細かな展示条件を揃えたうえで、実際のテキスタイルを用いて、光の当て方やパターンを調節。

また、バーチャル空間での検証では、テキスタイルの配置について確認しています。バーチャル空間上に実際と同じ大きさの展示空間とテキスタイルを配置し、VRで体験してみることで、光り方や空間の圧迫感を確認しました。

クリエイターたちとVRゴーグルを交互にかけながら、「テキスタイルの空間配置は適切か」「光がどのように見えるのか」などを議論しました。VRで体験できたおかげで、言葉以上に認識を合わせながら話し合いを進めることができました。

会場の図面をベースに、Unityでバーチャル上に展示場所と同じ大きさの空間を構築。テキスタイルを配置し、VR上で展示体験を再現した。

Outcome

本プロジェクトの最大のポイントは、テクノロジーと、富士吉田で古くから受け継がれている機織りの伝統技術を掛け合わせながら、その表現について、さまざまなバックグラウンドを持っているクリエイターの視点や発想をブレンドすることで、「建築や空間で活用できるスマートテキスタイル」を生み出したことにあります。

制作したプロトタイプは、展示を見ていただいた機屋さんからの評判が良く、「ぜひ試してみたい」「可能性を感じる」という言葉をいただきました。千年以上続く“ハタオリのまち”に、伝統産業の未来の可能性を発信できたと実感しています。

今後は、建築や空間活用におけるテキスタイル表現として、具体的なプロダクトの制作へ繋げていきたいと考えています。

Member

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株式会社ロフトワーク, テクニカルディレクター
土田 直矢

大学卒業後、組み込みソフトウェアエンジニアとして次世代車載システムのスマートフォン連携機能、車載ソフトウェアプラットフォームの製品開発に従事。ロフトワークでは、技術的知見を用いたサービス・プロダクトの開発支援プロジェクトを担当し、様々なプロトタイプを制作。プロジェクトマネジメントだけではなく、自分で手を動かしながらアイデアを形にしていくことを大切にしている。社外活動としてCalm Technologyの思想を土台としたプロダクト開発チームを運営。「まずは試してみる」をモットーに日々ものづくりの楽しさを探求している。

FabCafe Tokyo CTO
金岡大輝

英国で建築を学んだ後、持ち前の幅広いデジタルファブリケーションの知識を活かしFabエンジニアとしてFabCafe Tokyoの立ち上げに参加。Fab部門のリーダーを務め、テクニカルワークショップなどを主宰。その後、Noiz Architectsにてコンピューテーショナルデザインを駆使した建築設計に携わる。

2015年ロフトワーク入社。デジタルファブリケーションの知識と海外とのネットワークを活かし、世界各地のFabCafeの立ち上げ・海外クリエイターとのコラボレーションや作品制作・自治体や海外大学との教育プログラム設計・アート展示ディレクション・コミュニティ運営・コンピューショナルデザインを駆使したプロジェクト企画などを幅広く手がける。

2019年よりFabCafe Tokyo CTOとしてFabCafe Tokyoのリーダーを務める。

株式会社ロフトワーク, MTRL クリエイティブディレクター / 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 リサーチャー
柳原 一也

大阪府出身。2018年ロフトワークに入社し、翌年からMTRLに所属。大阪の編集プロダクションで情報誌や大学案内などの制作を行った後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科へ入学。身体性メディアプロジェクトに所属し、修士課程修了後リサーチャーとしてHaptic Design Projectの運営に携わる。プライベートでは大学院時代の友人と「GADARA」名義で自然物とテクノロジーの調和をテーマに制作活動を行っている。

株式会社DOSO代表取締役、FabCafe Fujiオーナー
八木 毅

ディジョン芸術大学院を卒業後帰国、東京でデザインの仕事に従事したのち、2014年から山梨県富士吉田市に移住。地域活性事業を行う富士吉田みんなの貯金箱財団を経て、2015年からSARUYA HOSTEL、SARUYA Artisit Residencyを運営。

MTRL エンジニア
土屋 慧太郎

高専で電子工学を学び、大学院ではヒューマンコンピュータインタラクション・ウェアラブルコンピューティングを研究。現在は、ハードウェアを用いた研究プロジェクトや展示制作やWebでディレクションなど、ラピッドプロトタイピングのスキルを活かし多岐にわたる場面で活動。「身体性」を軸に「思考」と「試作」を行き来するスタイルで、日々ものづくりの楽しさを探求している。

メンバーズボイス

“「スマートテキスタイルを使用した空間インスタレーション」というお題をいただいた時は、まだサンプルすらなく、どのような布となり、何ができるのか?を検証するところからのスタートでした。布がセンサーとして働く、ということがどういうことなのか、つかみきれないままに手探りをするような出力過程でしたが、ぼんやりとしたイメージを即座に形にして検証してくれるチームメンバーとの議論によって徐々に輪郭が浮かび上がり、具現化まで到達することができました。

最終的に現場に発現した、その環境に反応してしずかにゆらぐ光のキューブは、限定的な条件によってそこに生息する生物のようにも見えました。これからの成長の可能性を秘めているようで、ドキドキしながら眺めていました。

刺激的なプロジェクトに関わることができ、とても光栄でした。ありがとうございました。”

古市淑乃建築設計事務所 古市 淑乃さん

“今回は電気を通す生地の開発をさせて頂きました。通常の糸とは違いどのような織り方をしたら糸の特性を最大限に発揮できるか、またいかに普通の布に見せるかという事を考え製作いたしました。実際に織り上がった布の今後の可能性が非常に楽しみです。通常の業務の布作りとは違い、可能性、意外性を求め新たなものづくりをする事はすごく新鮮で、今後も積極的に参加していきたいです。”

光織物有限会社 加々美 琢也さん

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