• Interview

“素材化”から始まる新しいデザイン。 「固定観念に疑問を投げかけ、意味を更新する」態度とは?

クリエーターの視点から学ぶ、「素材」起点のデザイン

デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)が主催するトークイベントシリーズ「Designers」は、毎回デザインに関わるゲストを招き、そのゲストと馴染みの深いインタビュアーとの対話を通してデザインについて紐解いていく試みです。その第23弾となる「Designers23 素材と技術から導く、デザインのシグナル『素材が伝える造形のエッセンス』」では、デザイナーの秋山 かおりさんと、新工芸家の三田地 博史さんをゲストに迎え、ロフトワーク / MTRL・FabCafe Kyoto の木下 浩佑がインタビュアーを務めました。

「素材」を起点に、デザインを考える今回。色や素材の持つ魅力を引き出すアプローチでデザインを手掛けるSTUDIO BYCOLORの秋山かおりさんと、 京都を拠点にデジタル技術による工芸の再考に取り組む新工芸舎の三田地博史さん。そして、素材をつくる人と使う人を結ぶ仕事に携わる木下。この3名からどんな対話が生まれたのでしょうか? 当日の様子をレポートします。

執筆:新原 なりか

登壇者

SPEAKERS

STUDIO BYCOLOR / デザイナー
秋山 かおり

色や素材の持つ力を効果的に活用するデザイン事務所STUDIO BYCOLORを主宰。2002年千葉大学工学部デザイン工学科卒業、オフィス家具メーカー勤務を経て現在に至る。iF design Award、German Design Award、DFAアジアデザイン賞、DIA Top100、グッドデザイン賞受賞、LEXUS NEW TAKUMI PROJECT2016選出等。グッドデザイン賞審査員他、千葉大学、法政大学にて非常勤講師を務める。
https://studiobycolor.com

新工芸舎 主宰 / 新工芸家
三田地 博史

デジタルとアナログを融合した新時代の工芸を標榜し活動する新工芸舎を主宰する。株式会社キーエンスでデザイナーとして働いたのち、株式会社YOKOITOに加入後、2020年に新工芸舎を立ち上げる。デジタルファブリケーションが生み出す、コンピュータとアナログ世界の境界面に現代におけるモノの在り方を模索する。平成元年生まれ。
https://www.shinkogeisha.com/

株式会社ロフトワーク FabCafe Kyoto ブランドマネージャー
木下 浩佑

京都府立大学福祉社会学部福祉社会学科卒業後、カフェ「neutron」およびアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャー職、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」の企画職を経て、2015年ロフトワーク入社。素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードにクリエイター・研究者・企業など多様な人々が集うコミュニティハブ「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画。ワークショップ運営やトークのモデレーション、展示企画のプロデュースなどを通じて「化学反応が起きる場づくり」「異分野の物事を接続させるコンテクスト設計」を実践中。社会福祉士。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。

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素材の挙動がアイデアとして蓄えられていく喜び

「2020年頃から特に、『素材』というものについて改めて考える必要性が出てきているなという感覚があります」という、インタビュアーの木下の投げかけからトークはスタートしました。「2010年頃から徐々にデジタルやバーチャルな手法がものづくりの現場に普及してきて、10年でかなり浸透しました。その次のフェーズとして、デジタル / バーチャルで完結できない部分、つまり現実空間において物質を扱うことについて改めて捉えなおしたいという人が最近増えてきていて、それに伴って素材に関する話題も多くなっている気がしています。」


木下 浩佑(ロフトワーク MTRL/FabCafe Kyoto)

素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードに多様なクリエイター・研究者・企業が集うコミュニティ拠点「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画する木下。「素材をつくるメーカーと、それを使う企業やクリエイターとが出会い、コミュニケーションする機会をつくる仕事が最近増えています。そのいっぽうで、私がいち生活者として物を手に取る時にも素材のことを考えることが最近多くなりました。今日は、みなさんになにかの答えを教えるというよりは、ゲストのお話を起点にみなさんと一緒に考える機会になればと思っています。」


秋山 かおりさん(STUDIO BYCOLOR / デザイナー)

1人目のゲスト、秋山 かおりさんは、元々はオフィス家具メーカーで勤務し、金属や樹脂などの不変性が求められる素材を扱っていました。その後フリーランスになってから、木材が持つ固有の魅力に引き込まれ、その可能性を追求するためいろいろな実験を重ねたそう。その中で、薬剤に浸けたまま放置していた木材の思わぬ変化に驚いたと言います。「これを見た時、木ってやっぱり呼吸してるんだなと感じました。木が生きている素材であるということを可視化するテクスチャーだなと思って、「INHERENT:PATTERN」(固有のパターン)と名付け、アクセサリーや時計などさまざまな製品に落とし込んでいきました。」


[INHERENT:PATTERN] (秋山さんスライドより)

秋山さんは、素材見本のデザインも手がけています。従来、着色するには表面に塗装することが多かったポリカーボネートという素材。その中に顔料を混ぜ込んで色を出すことに世界で初めて成功した企業がクライアントでした。「素材の魅力を伝えるためにデザインの力が必要だということで、メーカーさんからお声がけいただきました。見る角度によって変わる偏光パールの色味が一目でわかるように、また、一般的な素材の展示に見られるように整然と並べるのではなく、様々な角度から見せることを意識し、バラバラと置いても様になるよう葉の造形をベースとして製作しました。」


秋山さんがデザインしたマテリアルサンプル「KONOHA」 (秋山さんスライドより [Photo : Takumi Ota])

2人目のゲスト、三田地 博史さんは、「新工芸舎」を立ち上げ3Dプリンタを使ったプロダクトの制作を行っています。デザイナーなのに「工芸」と称する活動を始めた出発点として、「3Dプリンタを使ってグッドデザインは作れるか?」という問いがあったとのこと。「3Dプリンタって『なんでもつくれる機械』と謳われたりするんですが、最初に使ってみた時、僕は『実はこれって何も作れていないんじゃないか』と思ったんです。3Dプリンタで普通につくったものを商品として考えた時に、売れるようには見えなかったんですね。」


三田地 博史さん(新工芸舎 主宰 / 新工芸家)


その後、畳の質感からヒントを得て、樹脂を繊維のように捉える3Dプリンタの使い方にたどり着いた三田地さん。しかし、プロダクトを生み出すまでには数多くの失敗がありました。「これまではデザインをしたら業者に試作品を発注していましたが、3Dプリンタを使うことでその流れが自分で完結できるようになった。失敗と修正の繰り返しのスピードがすごく高速になったんです。この営みはもはや工芸家と変わらないんじゃないかと思ったところから、新しい工芸のあり方について考えるようになりました。」


新工芸舎「三色混平編重パンデミック型花生」(三田地さんスライドより)

新工芸舎のプロダクトには秋山さんも興味津々。ペンのクリップや携帯ラジオの持ち手に強度を出すための工夫や、三田地さんが「新しい郷土玩具だと思っている」と言う豚の置物の繊細でかわいい尻尾のつくり方など、デザイナーならではの視点でマニアックな質問が次々と飛び出しました。「自分しか知らないようなおもしろい素材の挙動が、自分の中にアイデアとして蓄えられていく、そういう喜びが素材と戯れると生まれてきます。」(三田地さん)

新工芸舎「~Pig」
三田地さんに豚のしっぽの作り方を尋ねる秋山さん

固定観念を外して、あらゆるものを「素材化」する

「僕にとって、プラスチックは長らく謎の物質でした」と三田地さんは言います。「生まれた時から身の回りに溢れていて、でもそれを使って工作するということは難しい。それが3Dプリンタの出現によって、プラスチックが自分にとっての素材になったんです。すごく自由を手に入れた感覚があって、この素材に対しては自分の責任でなんでもやれるという、技術面だけではなく心理的な変化がありました。」

これを受けて「三田地さんが『素材になった』ということをおっしゃっていましたが、この『素材化』というのはとても大きなキーワードだと思います」と木下。「“これを作る時にはこの素材を使う” という固定観念だったりとか、すでに用意された正解を踏襲するこようなことはものづくりにおいてとても多く、それは大量生産大量消費の経済システムの中ではうまく機能してきました。しかし、世の中が大きく変化しつつある今、異なる視座に基づく素材の選び方も必要になってきています。観察し、手で触れ、向き合うことで、モノの素材としての新しい側面を引き出すようなプロセスを経てものづくりを行っている点が、お二人に共通しているなと思いました。それが『素材化』なのかなと。」

三田地さんは、建築家の大野宏さん(Studio on_site)らとともに、竹を使ったものづくりを手軽に行えるようにするジョイント器具「OKINA」を開発・商品化するプロジェクトにも関わっています。これもまさに竹の「素材化」。「三田地さんのこのプロジェクトは、 “机はパイプでつくらないといけない” みたいな固定観念に対して、 “竹でもいいんだよ” と伝えてあげるような取り組みですよね。私は、デザインの職能として一番大事なのは、物がそもそもなぜこの形なのか、この素材なのかということを今一度見直すことだと思っています。時代や環境の変化を察知して、『当たり前』に対して疑問を投げかけることが、今デザインに求められているんだと思います。」(秋山さん)


竹をもっと使いやすくし、使い方を広めるためのチーム「竹取のOKINA」には、建築家の大野宏さん、デジタルデザイナーの三田地さんのほか、竹伝統工芸店や地域団体も参加している。




秋山さんの「『当たり前』に対して疑問を投げかける」というスタンスが特に際立つのが、老舗の仏具メーカーと協働して行った仏壇のデザイン。威厳があって、なんとなく暗いイメージもある仏壇。住環境や家族形態などの変化もあり、最近では仏壇を置かない家が増えています。「クライアントからは、『少しでも手を合わせる場所を一緒につくってほしい』というご依頼を頂きました。そこでまず私が思ったのは、現代のインテリアに合う、置きたくなるようなものにしないといけないということでした。」


京都の仏壇仏具専門店 若林佛具製作所との新作「COYUI」 (秋山さんスライドより)




さまざまな現場に出向き、従来の仏壇にはなぜこの素材が使われているのか、どのようにつくられているのか、どんな意味が込められているのかなど、とにかく聞き倒したという秋山さん。「タブーになるのはどのあたりかという線引きがだんだんわかってきたので、ここまでは大丈夫かなというところをデザインに落とし込んでいって。仏壇本体にはインテリアに相性の良い素材として明るい木材を、お位牌には故人の個性が反映できるようにアクリルや人工大理石など今まで使用することがなかった素材も積極的に提案し、寄り添ってほしい存在を素材から考えました。仏壇の慣習が始まった江戸時代には、寺院の本堂のイメージが尊重されていたため紫檀や白檀などの堅木を用い漆で丈夫にし金箔を施していましたが、現代のライフスタイルで用いるものとしては造形も含めてギャップが生じていると感じ、仏壇や仏具の存在に求められている「芯」を大切にしながら、新たな存在へと提案させていただきました。」

変わっていく「物のあり方」を考える

秋山さんと三田地さんのお話から、会場のみなさんもいろいろな考えを巡らせることができた様子で、最後の質問コーナーでは多くの手が挙がりました。その中で出てきた質問のひとつがこちら。「物を長く使うことや、長く使えるようにデザインすることはもちろん必要だと思うのですが、物を捨てるということはどうしても出てきます。その時に捨てやすい素材やデザインというものに関して、なにか考えていらっしゃることはありますか?」

この質問に対して、三田地さんは、要らなくなった物を捨てるのではなく、素材に戻してつくり替えるという構想を話してくれました。「新工芸舎の製品については、我々は粉砕してフィラメントに戻す技術も手に入れつつあります。売りっぱなしにするのではなく、壊れたり色を変えたいなと思ったりした時には、造形しなおせるようにしたいと思っています。樹脂が循環していくしくみを描けるんじゃないかと今準備しているところです。」

秋山さんからは、短期間だけ使われて捨てられてしまう展示の什器についてのお話が。「ミラノデザインウィークでの展示で、ギャラリーに大きな木の幹の形のオブジェを作ることになりました。その時に、天井と床の間に糸を張って、メッシュを巻き付けて幹に見せたんです。そうしたら、展示期間が終わった後のゴミが両手に収まるくらいのサイズで済みました。物を捨てるのって、環境への負荷はもちろんですが、罪悪感みたいなものも生まれますよね。短期間しか使わなかったものだとなおさら。デザインを行う上で「どのくらいの期間使うことを想定しているものか」が素材を選定する際に重要な時代になったと強く感じていて、短期間しか使用しないものは上手にダウングレードしていくことも価値と捉えられると思います。

お二人の回答を聞いて、「このテーマだけでもう1本イベントができるんじゃないか」と木下。「物を捨てなくていいようにするにはどうするのかも含めて、今、必要とされる物のあり方が変わっていく最中にあるというのは事実だと思っています。今回はデザイナーのお二人とお話ししましたが、例えば素材をつくっている方、分解して捨てる仕事をされている方など、さまざまなプレイヤーの方と今後もお話ししていけたらなと思っています。」


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