- Project Report
外部視点で、先入観の壁を壊せ! “銀の民主化”を目指す、バンドー化学の挑戦
新領域を開拓すべく、開発方針にサーキュラーエコノミーの概念を取り入れ事業開発を推進するバンドー化学。社内の「当たり前の壁」を取り除くため、社外クリエーターとの共同開発に挑戦しました。コロナ渦の中、共同開発はどのように進められたのか?「銀ナノ粒子」を題材に実施した共創の舞台裏をご紹介します。
◎ 本プロジェクトは、MTRLを運営する株式会社ロフトワークがプロデュース・ディレクションを手掛けています。
「共創」により先入観の壁は突破できたのか?
「共創」とは、多様な立場の人たちと対話しながら、新しい価値を「共」に「創」り上げていくこと。イノベーション創出のきっかけとして、ビジネス戦略において一つの重要な概念として認知されていますが、実際に「共創」はどのように行われ、「共創」を通じてどんな変化が起こせるのでしょうか?
大手ゴム・エラストマー産業材メーカーのバンドー化学は、主力商品の自動車用ベルトに次ぐ新規市場を開拓すべく、「医療機器・ヘルスケア機器」、「電子資材」への投資を加速させています。別の事業探索の手法として外部パートナーとの「共創」にも取り組みました。
これまでの技術ドリブンの開発だけではない、社会的ニーズに基づく新規事業開発はどのように進められ、そこから生まれた新たな価値とは?
「銀ナノ粒子」を題材に実施した共創の舞台裏を、バンドー化学新規事業企画担当リーダーの及川征大さん、リサーチパートナーのSTUDIO BYCOLOR 代表 秋山かおりさん、パートナーとして併走したプロジェクトマネージャー、ロフトワーク 上ノ薗正人がお話しします。
テキスト:狩野哲也
企画・編集・写真:loftwork.com 編集部
登場する人
前列右から
バンドー化学株式会社 新規事業企画担当 リーダー 及川征大さん
STUDIO BYCOLOR 代表 秋山かおりさん
バンドー化学株式会社 新規事業企画担当 主事 田浦歳和さん
バンドー化学株式会社 新規事業企画担当 参事 宮田博文さん
後列右から
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 上ノ薗正人
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 服部木綿子
(※記事中の社名、所属、担当、その他情報はすべて記事作成当時のものです。)
先入観を取り除くために、ストーリーを描く力を強化する
株式会社ロフトワーク服部(以下、LW服部): 座談会進行役の服部です。まずはリサーチプロジェクトが発足した経緯について振り返ります。本プロジェクトはバンドー化学の及川さんがロフトワークにご連絡くださったところからスタートしましたね。当時の課題感について教えてください。
バンドー化学株式会社 及川征大さん(以下、BANDO及川さん): 2019年に神戸本社に異動し、新規事業の企画部署に配属されました。クローズドに新しい事業を模索する中、いろんな人が集まっている部署であるんですけど、アイデア出しにあたって経験を色々積んでいる我々だけでは色々とバイアスがかかってしまい本当は良いアイデアなのに見落としてしまっているのでは?と考えて、外を知りながら自由な発想で実験を進めさせて貰おうと現在「出島ラボ」と呼んでいる市内のレンタル工場を借りました。
外知を取り入れながら事業アイデア探索する中で、展示会でいただいたロフトワークさんのチラシを見て、今までにないアプローチができるのではと考え、ご連絡しました。
小島さん(ロフトワーク・プロデューサー)の提案書で一番しっくりときたのは、ストーリーを描く力が大事だという部分でした。
バンドー化学株式会社 田浦さん: 私たちはどうしても技術者目線で、技術が優位かどうかで考えてしまいがちなので先入観の壁を突破するために、ストーリーを描く力を取り入れてみたいと考えました。
未来の社会ニーズを起点とした開発に発想を転換
株式会社ロフトワーク上ノ薗(以下、LW上ノ薗): 大きく二つあります。
一つ目は、チームの熱量を高めながら、未来の社会ニーズを起点とした発想に転換するために、バックキャスティング法でバンドー化学の未来像を一緒に描くこと。
経営トップにお会いした際に「熱量やプロセスが大事」とお話を伺ったこともあり、それが見せられるようなプロセスを残していくことを大事にしました。このプロジェクトはそもそもバンドー化学社内でも行ったことのないプロセスで進めるもの。その過程を共にすることでプロジェクトに対する自分ごと化が深まり、社内共有やその後の活動に役立てられるはず、という思いが強くありました。
そこで、プロジェクト序盤で数十年先の未来を見据えたロードマップをつくったんです。この過程で、未来の環境配慮を考える上でのキーワードとして、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の概念を取り入れました。
BANDO及川さん: 秘密保持の範囲内ですが色々とお話しさせてもらいました。
LW上ノ薗: そうですね。事情を聞いてただプロダクトをつくるだけでは逆にもったいないと感じたんです。いっしょに汗をかく体験以上に、実践をいっしょにやりたいという気持ちが強くなって、壁に貼っているサーキュラー・エコノミーマップもいっしょにつくりました。
LW上ノ薗: 互いに60、合計約120のサーキュラーエコノミーの事例を数週間かけて集めて分類していき、カード化して統合。サーキュラーエコノミーの全体像をつくりなおす作業をお三方と丸1日かけて実施しました。時間と労力はかかったけれど、そのプロセスややり方を知ってもらえました。私たちとのプロジェクトが終わった後も、バンドー化学のチームのみなさんが、そのスキルを活用できるようになることが重要だと思います。
BANDO及川さん: その時に教えていただいたオンラインホワイトボードのmiroも今もずっと活用し、ロードマップも更新しています。
ボックスの往復により、コロナ禍でも全国のクリエイターとのプロトタイピングが可能に
LW上ノ薗: 二つ目は、銀ナノ粒子の新技術を活用するアイデアをクリエイターとプロトタイピングすることです。新技術の使い道の可能性を広げるためのリサーチと位置づけ、様々な業界で活躍する6名のクリエイターと共に用途開発を行いました。
コロナ禍の状況を踏まえ、ボックスを使ってクリエイターとのプロトタイプと材料、そしてオンラインによるコミュニケーションのやりとりに挑戦しました。
ボックスの中にはクリエイターからの指示書を同封し、それに応じる形で技術を付与し、アイデアを形にしてもらう仕組みです。同じ箱を使い続けることで思考の痕跡や自分のモノ感を感じてもらうようにしました。
コロナ禍で対面でのコミュニケーションが制限される中、オフラインとオンラインのハイブリッドで距離を超えた共創を可能にしました。
このリサーチには、プロダクトデザイナーの秋山さんをはじめ、建築家やリサーチャーなど様々な専門性をもつクリエイター6名をリサーチパートナーに迎えました。
LW服部: ボックスを介したプロトタイピングの手法についてクリエイターの方の感想をお聞きしたいです。秋山さんは最初この話を聞いた際、どう思われましたか?
STUDIO BYCOLOR 秋山さん(以下、秋山さん): 面白い素材や技術でワクワクしかなかったです。いま取り組んでいる別のプロジェクトのヒントにもなりました。バンドー化学さんの「銀ナノ粒子という特殊な技術シーズ」をいろいろなプロダクトに展開することでモノの価値が変容することが想像できます。早く使ってみたいですね。
BANDO及川さん: ありがとうございます!
LW服部: 及川さんはクリエイターから届いたボックスの中身をみてどう感じましたか?
BANDO及川さん: 秋山さんは、われわれの技術と相性がいいものを選んでいただいた印象ですね。クリエイターの方々からはメーカーの我々では予期していなかった様々な素材が送られてきて、「これはどうなるんだろう?」と感じていました。
秋山さん: こうしたアイデア出しのフェーズでは、社内のよく知る間柄同士だとアイデアの主旨を表層だけで読み取ろうとしてしまい本質の部分が見えないまま議論の中で埋没してしまうことがあります。また相手の反応を探りながらアイデアが偏るケースも多く見受けられるので、そういうときは社外からあえちょっと変わったパスを投げさせてもらうことで、社内の方々に「こういうアイデアを出していいんだ」と思ってもらう状況をつくることは、すごく大事なことだと思っています。
BANDO及川さん: 現業から若干遠いことをやっているので、実際に見てもらえば「なるほど面白い」と言ってくれる社員もいるのですが、そういう意味では「もっと広げていかなければ」と感じます。
秋山さん: そうですね。目的を持たずに広げるのもちょっと違いますが、その技術の強さをダイレクトに伝えるアイデアだけではなく、知らない人や興味のない人へもわかりやすく伝えるための別の角度からのアイデアはこの銀ナノに今まさに必要だと思います。技術をよくご存じの皆様からしてみたら初めは理解が難しいことも多々あるかと思います。橋渡しの役目の及川さん達には社内の方へ 「変なのが来たよ」とお話してくださっていいので(笑)。私たちクリエイターが悪役で入るとかもありです。
BANDO及川さん: 悪役ですか!?
秋山さん: 悪役は言い過ぎかもしれませんが、空気を読まない立場としてうまく使ってもらうのがいいと思っています。
熱量を高め、実験とコミュニケーションを加速させる場づくり
秋山さん: ロフトワークさんは「出島ラボ」に頻繁に来られているんですか?
LW上ノ薗: 何かと理由をつけては来ていました(笑)
BANDO及川さん: この中二階のアジトのような設備もいっしょにつくってもらいましたから。
LW上ノ薗: 昔から同じ釜の飯を食うという言葉があるとおり、やっぱり同じ時間をともにすることが積み上がるほど阿吽の呼吸ができるようになる、すなわちコミュニケーションコストが下がります。過去のプロジェクトでは1ヶ月で1往復のやりとりしかできないこともあったりコミュニケーションで苦労した経験があります。そういう部分ではチャットツールでやりとりできたのも良かった。メールで「お世話になります」からはじまるようなやりとりが続いていたら、こんなチーム感は生まれなかったかもしれない、と思います。
LW服部: 秋山さんご自身は共創する経験がたくさんある中で、今回のプロジェクトでは新たな気づきはありましたか?
秋山さん: 素材メーカーや加工技術メーカーなどとおつきあいするんですけども、社内にこういったアジト的な場があり、部署を横断して共通の意識を持った仲間が物理的に同じ空間に共存できるのは 珍しいですね。だいたい通常業務の合間に打ち合わせベースで進めるところが多いので。会社の気概も強く感じますし、良いスタイルを取られているなぁと思います。
BANDO及川さん: 会社側はよく許してくれたなと思います。会社側としても「ほなやってみなはれ」という感覚は少しありまして、その分、結果を出さなければという気持ちですが、まわりを巻き込んで、人を増やしていかねばと思います。
秋山さん: ロフトワークさん達が実際にそうであるように、私たちのような社外のクリエイターもここにまた来たいと思える求心力がありますよね。おそらくそれは社内に向けても同じことだと思います。若い社員が一時期だけでも「出島ラボ」に来るローテーションの場とかになってもいいですね。
BANDO及川さん: 確かに、若い社員も見にきたり、ぜんぜん関係ない人に打合せに来てもらったりということが少しずつはじまっています。現業があるから私たちが自由にやらせてもらっているという立場なので、現場に還元していかないとなあ。
人々のマインドを変える、魅せるコミュニケーションツールとしてのクリエイティブ
LW服部: 出島ラボが生まれたことで、社内のマインドが変わったりしていますか?
BANDO及川さん: これまでは完成してから外に出すことがほとんどでしたが、未完成でも壁打ちするために部署外に出していくというマインドに変わってきました。
LW服部: 会社の方はどういうところを面白がっている印象ですか?
BANDO及川さん: 「ここにも活用できない?」とか「うちの製品にも使えないか?」といった話が少しずつ出てきているので、徐々にですが興味をもってもらっているかと思いますね。
LW服部: 今回のクリエイターさんとのやりとりで、「こんなものもできるよ」「こんなことしたよ」という話は結構社内でもシェアされているのでしょうか?
BANDO及川さん: あんまりしていないかな…
秋山さん: シェアしてください!(笑)
BANDO及川さん: そうですね(汗)
LW上ノ薗: プロトタイプのかっこいい写真が撮れていますので、ぜひ!
秋山さん: 写真がきれいに撮れているというのも案外コミュニケーションツールとして大事なんですね。適当に撮った暗くて見えにくい写真を共有しても伝わらないところを、魅力的なグラフィックになっていると、見た人は可能性を感じたりするものなので。大学の授業で課題の製作プロセスを重視して写真を残させているのですが、本人が失敗だと思うゴミのようなものでも、きちんと写真を撮ると「ん?」と立ち止まるきっかけになったりするんですよね。
LW上ノ薗: クリエイティブなものに触れた瞬間にマインドが変わることもあると思うんですよ。良い画は自身の思惑以上に、見る相手にいろいろなストーリーを想起させてくれる力があります。
BANDO及川さん: なるほど、私たちの取り組みは既存事業に携わる社員を巻き込んで影響を与えていくことが大事だと思うので、すいません、写真も使わせていただきます!
秋山さん: 今後の展開はどうなるんですか?
BANDO及川さん: 現在のところ出島ラボでは技術的な改善を継続したり、簡易なプロトタイプを作る程度の設備しかありません。来年度以降は実際つくったプロトタイプを売ってみたりして社内外の人の反応を見ていきたいです!
秋山さん: 銀はメッキにしてもキャストにしてもそれなりの設備が必要でなかなか一般には加工しにくく 、手が届きにくかった素材だったのが、ちょっと身近に感じられるようになるのはワクワクしますね。
BANDO及川さん: そうですね。我々は銀の民主化と呼んでいます。
秋山さん: いい表現ですね。
BANDO及川さん: より身近になってくると、銀を機能素材として再定義できる機会だと考えています。もちろん未来志向で環境・人の配慮しながらのプロセスは今後訴求ポイントになってくるだろうと思います。
秋山さん: 産業革命以降、人々が使う製品は劣化していくことは良くないとされ、長期的に使える製品にするために多くの技術者が様々な努力を積み重ねてこられたわけですが、この世の中において変わらないものは逆に廃棄しにくいものになり、もっと言ってしまうと地球上のゴミとなってしまうという認識に変わってきています。
今、まさにこのコロナ禍の中でサスティナビリティに対して意識が高まり、環境負荷の低い製品・素材への寛容度が高まっていますが、日本人においてはもともと四季を愛で自然と共に生き、植物が朽ちる姿に美徳を感じられる人種だったはずで、現代生活の中で手軽さを享受し続けたことで残念なことにこの感覚が失われつつあると感じています。
BANDO及川さん: なるほど。
秋山さん: 銀を知ると、くすんできたら磨けばいいし、変色すればそれを受け入れればいいし。そういう考えが世界の中で一番できる人種だと思っているので、極端なことを言ってしまえば均一は目指さなくていいと思うんです。
BANDO及川さん: 確かに。銀も生き物で天然鉱物ですし、我々はなるべく変色しないように、と追求しているんですけども、使っているうちに愛着が出てくるという話もあるかもしれないですね。
LW服部: 技術者の方は今の秋山さんの「均一は目指さなくてよい」という話をどう受け止めますか?
バンドー化学株式会社 宮田さん: アリだと思います。一応、これまでにも話していたことがあります。
秋山さん: あとは変色など、銀の変化をむしろ美しいと思ってもらいたいので、説得力のあるものをみせるためにクリエイティブの力が必要ですね。
LW上ノ薗: もしかしたら安価かつ手軽なかたちで一般のユーザーさんにプロダクトを披露してみることで、その反応の中に思いも寄らないヒントがいっぱい出てくる可能性がありますね。
BANDO及川さん: まさにそう思います。
LW服部: 秋山さんは具体的にどんなことに使えるとお考えですか?
秋山さん: ぜひ具現化してみたいのはインテリア関係ですね。住宅はまだまだ進化すべき点が多いので可能性が多分にありますね。
LW上ノ薗: 絶対いけると思います! 住宅のサブスクとか。
BANDO及川さん: いけますかね!
LW服部: この話題は話出すと止まりませんね。まずは社内にプロジェクトを伝え広げるお手伝いがしたいです。今日はありがとうございました。