魔法ではない共創のリアル AGC『SILICA』プロジェクトの現場から
プロジェクト事例 ― AGC株式会社
Outline
研究員チームに「協創」の遺伝子をインストールする
硬直化したビジネスモデルや国際的な価格競争から脱するひとつの活路として、共創に取り組む企業が増えています。外部からアイデアを取り入れ、ともに新しい価値を発見し、いちはやく形にして世に問う――やるべきことはシンプルにみえます。
しかし、いざ共創プロジェクトに挑もうとするとき、担当者が困惑の表情を浮かべたり、現場が混乱したりする場面を、わたしたちはしばしば目の当たりにしてきました。
2018年、ロフトワークは世界最大手のガラス・素材メーカーであるAGC株式会社(旧 旭硝子株式会社。以下、AGC)による、社内の研究員とクリエイターとの「協創」プロジェクトを支援。AGCとクリエイターとのコラボレーション展『AGC Cllaboration Exhibition 2018 “ANIMATED”』の実施と、AGCがさまざまなクリエイターと「協創」に取り組むためのプロジェクト『SILICA』の立ち上げを行いました。
4か月間のプロジェクトの現場では、研究員とクリエイター双方にとって多くの成果と学びがありました。同時に、新たな取り組みゆえに発生した「壁」も、プロジェクトメンバーを悩ませました。彼らが直面した「協創」プロジェクトの壁とは何だったのか、そして、AGCがこれからも「協創」に取り組み続ける意義とは。プロジェクトメンバーそれぞれの視点から振り返ります。
テキスト:吉澤 瑠美
写真:加藤 甫
企画・編集:loftwork.com 編集部
Story
登場する人
なぜ、協創が必要だったのか
ロフトワーク 井田(以下、井田): まず、プロジェクトが発足した経緯について振り返ります。本プロジェクトはAGC広報の伊東さんが起点となってスタートしましたね。当時の課題感について、教えてください。AGC株式会社 伊東様(以下、社名・敬称略): AGCでは、2020年に研究所が移転・新設されますが、ここでは「協創」が重要なテーマとして掲げられています。しかし、技術の中核を担う研究所では、まだ多くのメンバーが協創によって新しい価値提案をするためのプロセスを描けていませんでした。
AGC株式会社 河合様(以下、社名・敬称略): 通常のプロジェクトでは、クライアント企業から「こういうものを作ってください」というスペックが提示され、各研究チームがそのオーダーの達成を目指します。このやりかたは着実に目標達成するうえで有効でしたが、研究員側から新しい発想が生まれづらかったのも事実です。
他方、これから取り組む協創のプロセスでは、技術のスペシャリストであるAGCがマーケット視点からも新しいアイデアを積極的に提案をしていく、クライアントのパートナーとしての役割を担う必要があります。そのような背景から、常々、研究員自身から主体的に「こういうものを作ってみたら、おもしろいのでは?」と価値を提示できるような開発プロジェクトがあってもいいのではないかという思いがありました。
伊東: 広報としては、AGCには優れた素材や技術がたくさんあるのに、それを世の中に知ってもらう術がないことを歯がゆく思っていました。そんなとき、井田さんと出会ってMTRL(マテリアル)のオープンイノベーションの取り組みについて知りました。そこで、クリエイターの創造力とつながることで技術や素材をより魅力的に見せることができれば、より多くの方々にその価値を届けられるのではないかと考えたのです。
井田: そこで、広報部を事務局に据え、研究員とクリエイターの協創による作品制作と展示会を行うプロジェクトが立ち上がりました。プロジェクトには、参加する研究所のみなさんだけでなく、社内の事業部の方たちや社外のクライアントにも、AGCが目指す協創に対する前向きなイメージを提示したいという狙いがありました。さらに、取り組みの中からビジネスに繋がるようなきっかけを創出したいというお話もしましたね。
協創プロジェクトの狙い
・協創プロセスを通して、R&D起点の製品開発へチャレンジできる組織へ
・AGCの技術・素材をあえて製品ではない形で見せ、その活用の「可能性」を広くアピールする
展示会の反響とつかんだ実感
素材や技術についてAGCからレクチャーいただき、素材の価値をどう表現すればよいか、アイデア発散と作品のプロトタイプ制作を繰り返しました。時間的にも内容的にも、かなり密に進めていきましたよね。
河合: AGCの技術に触れたクリエイターと私たち研究員が盛り上がり、魅力的なアイデアがたくさん出てきました。クリエイターのみなさんから、ガラスを「生きているように」見せるという発想が出てきたことには、すごく驚きました。
井田: 展示は「ANIMATED(生き物のような)」をテーマにしました。AGCが得意とするガラスの成形・加工技術そのものが作品の個性として表現されており、観る方に新鮮な驚きを与えていましたね。
伊東: たとえば、板硝子に金属の網を挟み込む、挟み込み成形技術を使った「網入りガラス」は、そもそもは建築用の防火ガラスとして作られたものです。機能がそのまま見た目に現れているものですが、網の代わりに微生物のような形をしたチップを入れてみたら、途端にインテリアとしての魅力を持ち始めました。
井田: 網入りガラス自体は見慣れた存在ですが、それを重ねた作品には、重なったガラスを透過する光と陰による驚くような美しさが隠されていて、はっとさせられましたね。
河合: 挟み込み成形技術の機能的価値が情緒的価値へと変化していました。既存の素材からこのような価値を再発見できたのは、クリエイターの視点があってこそでした。
井田: うれしいことに、展示に対して社外からたくさんの反響をいただいたそうですね。
伊東: はい、各方面からありました。これまでお付き合いのなかった企業から「これを◯◯に使えないか」という具体的なお話もいただきました。また、「プロジェクトの進め方について話を聞かせてください」「こういう研究に使いたい」という問い合わせもありました。
井田: 伊東さんは作品作りに直接関わってはいませんが、広報として、この取り組みをどう世に伝えればよいか、奔走されていましたよね。
伊東: ロフトワークと相談しながら「こういうメディアにアプローチできないか」「どんな記事が出るとインパクトがあるのか」などの広報施策を一緒に打てたのは、よかったです。「作って終わり」ではなく、展示という「場」をつくり、外部に発信されるところまでやりきったことで、多くの反響を得られました。
チャレンジが生まれる土壌ができた
井田: 今回のプロジェクトの目的の中に、「社内からチャレンジが生まれる土壌を作りたい」というものもありました。プロジェクトをきっかけにいい流れは生まれましたか?
伊東: プロジェクトの話を知った年配の研究員が、自分から「こんなのを作ってみた」と試作品を持ってきてくれたことがありました。
河合: クリエイターと協創する様子を、楽しそうだと思ってもらえたんですね。2020年に新設される研究所には、他企業や研究機関とコラボレーションできる「協創空間」を構築する予定です。社外の方と、ワイワイやっている姿を見せることで、徐々に社内からも仲間を増やしていきたいです。
井田: 協創空間をきっかけに、部署を横断したフラットなコミュニケーションが生まれやすい空気ができるといいですね。
河合: 僕自身も、展示作品を見た事業部から「こういう商品に使えないか」と声がかかり、商品化の道筋ができました。普段、自分が作ったものを社内に向けて発表する機会はないのですが、こうしたオープンな取り組みがいい形で作用しました。協創の結果生まれる事業の種は、次に事業部が形にするフェーズに入ります。これからは早い段階で事業部をプロジェクト巻き込むことで、スムーズに成果につなげたいです。
井田: 個々のプロジェクトでいかにインナーコミュニケーションを仕掛けるか、その設計も重要になりそうです。
協創の ”リアル” な事情とは
井田: さて、ここまでは成果を振り返りましたが、実際には困難もありましたよね。これから協創にチャレンジする方達への参考にしていただければと思っています。
たとえば、参加された研究員のかたの中には、途中で「プロジェクトについて行くのが難しい」と感じた方もいたと伺っています。
伊東: 通常業務と並行での実施だったため、上司から理解を得られずに苦しんだ人もいたようです。私たち事務局から、彼らの上司に対してもっと丁寧な説明やフォローがあればよかったと思います。
井田: 社内ステークホルダーとのコミュニケーションは課題になりやすいですね。
業務時間の使い方以外にも、短期間でスピーディにプロトタイピングを繰り返しゴールまで詰めていくというプロセスに不慣れな組織だと、期限までに本当にできあがるのか不安が広がり、コンフリクトが起きてしまうケースはよく聞きます。
プロジェクトへの理解を得て、社内の味方をつくっていくためにも、プロジェクトマネジメントは大切ですね。
河合: 自分の中で「何のためにプロジェクトに参加しているのか」をポジティブに消化しきれなかったメンバーもいたかもしれません。
伊東: そうですね、中にはクリエイターからの要望に応えることに注力してしまい、アイデアの交換がうまくできなかった研究員もいたように見えました。
井田: 部署や立場を超えてメンバー全員がプロジェクトのミッションを理解することはもちろんですが、新たな取り組みなだけに、プロジェクトでどう振る舞えばよいか、参加メンバーのフォローも大切だと感じました。
河合: ただ、僕と同じ部署から参加した若手研究員は、かなり積極的に楽しんでいましたよ。彼女はクリエイターとの協創を経験したことで、社内にない技術やクリエイティビティが加わり「こういう新しいこと、おもしろいことはできないかな」という視点を持てるようになったと思います。
クリエイターと共に進化できる。SILICAが掲げた旗印
井田: 今回のプロジェクトに伴い、これまで社内で個々に行われていたクリエイターとのコラボレーションを、『SILICA』という協創プロジェクトに統合しましたね。AGCとしては、今後もクリエイターを協創パートナーとした取り組みを継続していくのでしょうか。
伊東: 冒頭で申し上げたように、2020年には新たに協創空間を立ち上げ、AGCとして協創の取り組みを本格的に推進します。広報としては、SILICAという枠組みを使いクリエイターの力を借りながら、AGCの取り組みの発信につなげていければと考えています。
河合: クリエイターと協創した作品をクライアントのところに持っていき、「こんな活動をしているんです」「こんなものも作りました」というお話をすると、すごく共感してもらえて、話が盛り上がります。アートやデザイン領域の方との協創活動の多くは、すぐに商品化を目指すものではないけれど、それらの取り組みによって、今までにない素材の価値を生み出せるのだと思います。
井田: クリエイターと共にイノベーションの着火剤となりうるものを一緒に作り、クライアントとともに具体的なものづくりをする。「協創」をAGCの強みとして打ち出すためにも、これからユニークな取り組みがたくさん生まれていくといいですね。私たちにも、ぜひまたお手伝いさせてください。今日はありがとうございました。
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Member
メンバーズボイス
AGCさんの工場でプロジェクトの最初のオリエンテーションを受けた直後は、まさかガラスがバネ状になってクネクネ踊る姿を見ることになるとは全く予想していませんでした。
たくさんの専門家の方々と打ち合わせをして試作品を作るたび、想像をしなかった反応や結果が返ってきて、いつもワクワクしていました。
誰かと何かを作るとき、一人で作るときとは違って、そこには必ず誤解や曲解、勘違いが起こります。そのぶれやゆらぎを最大限楽しむことで、誰かものではなく、誰のものでもあるような協創作品ができたのではないかと思います。この度は、とても刺激的なプロジェクトに関わることができてとても光栄でした。ありがとうございました。
DOMINO ARCHITECTS 代表 大野 友資
ANIMATEDというテーマを掲げて、AGCさん、ロフトワークさん、そして大野さんと古市さんと協働できたのは非常に貴重な体験でした。
「生きているかのようなガラスを表現する」ミッションに向かって、各々の立場からアイデアを出し合い、スタディを重ねていくのは、ものづくりの健康的なプロセスだったように思います。プロジェクトの舵取りや調整をロフトワークさんに行っていただけたので、制作に集中でき有り難かったです。
ふしぎデザイン プロダクトデザイナー 秋山 慶太
ANIMATEDは、その名の通り、生き生きとしたガラスたちをアウトプットとして目指してまいりました。
この展示タイトル及びコンセプトは、AGCさんの想いやクリエイターのアイデアが積み重なって、辿り着けた一つの答えです。みなさまお忙しい中毎週のように集まっていただき、いろいろなガラスのサンプルやプロトタイプと、しっかりじっくり向き合えた時間は難しい部分もありましたが、貴重なプロセスであったと思います。
その価値を私たちも、おそらくAGCさんもクリエイターのお三方も感じとれたプロジェクトであったと思います。さまざまな制約がありながらも、プロジェクトチームが一つの「展示」というアウトプットに対して、泥くさく、でも着実に走りきれたのは、皆さまの「突き動かす熱意」がそこに存在していたからだと感じています。
普段の業務とはまた異なる形で、ご参加いただいたAGCの研究者の方々、広報部の皆さまに、心より感謝申し上げます。
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 長島 絵未
「ANIMATED展」は、使用できる技術と展示の日程のみが決まっており、他はすべて自由な状態でスタートしたユニークなプロジェクトでした。そのため、「展示テーマを考えるためのテーマづくり」からはじめるなど、僕たちにとっても新しい挑戦の連続でした。
広報部の方々とは初期フェーズで展示のターゲットや社内外に向けた企画の見せ方を設定しましたが、これが広報ツール制作や展示会期中のイベント企画をするうえで、大きな価値となりました。また、SILICAという枠組みを設けることで、拡張性や継続性をも考慮したプロジェクト設計ができました。
制作フェーズでは、大人数でコミュニケーションすることに困難を感じる局面もありましたが、AGCの研究員のみなさんからもアイデアが創発され、つくり手の熱意を感じる現場となりました。
手探りな部分も多くありましたが、AGCの研究員の方々、広報部、クリエイター、ロフトワークが組み合わさり、「協創」のプロトタイプを作ることができたと思います。
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 松本 遼