- Project Report
中小企業の加工技術×大企業の素材技術の交流で 業界課題の解決に挑む。協創コミュニティ「AKXY Lab」
Outline
1922年創業の総合化学メーカー、旭化成株式会社(以下「旭化成」)は、「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3つの領域で事業を展開しています。特に「マテリアル」事業では、繊維や化学素材の開発・製造に注力し、多様な素材を世に送り出してきました。
しかし、素材メーカーはサプライチェーンの上流に位置しているため、製造された素材が最終的にどのような製品や用途に活用されているのか、また消費者や最終製品のニーズを十分に把握できていないという課題があります。これは他の素材メーカーにも共通する問題であり、急速に変化する社会の中で、さらなる価値創出やサステナブルなものづくりを実現するためには、領域を横断する議論や共創の仕組みが求められています。
こうした背景のもと、2023年5月に、旭化成はものづくり企業の協創コミュニティ「AKXY Lab」を立ち上げました。これは旭化成を中心に、金属、樹脂、繊維、木材などのさまざまな素材の開発や加工を手がける中小規模の事業者が参加する横断的なコミュニティです。異なる知識や技術を持つ事業者が、プロトタイピングを通じて新しいものづくりに挑戦しています。ロフトワークは、このコミュニティのコンセプト方針の策定から、運営や情報発信の一部までを支援しています。
Challenge
サプライチェーンの細分化が進むことで、製品開発の効率性は大きく向上しました。しかし、素材メーカー(川上)や加工企業(川中)は、それぞれが断片的な情報しか得られない状況が続いています。そのため、異なる技術を組み合わせた新たな価値創出や、エンドユーザーのニーズに即した製品開発が難しいという業界課題が浮き彫りになっています。
また、旭化成のような大企業では、探索的な取り組みを行う際、踏むべきステップが多いため、開発スピードが遅くなる傾向があります。従来の開発プロセスに加えて、「挑戦的な実験や活動を行える環境」を整備することにより、若手社員のモチベーションを高め、創造的な組織づくりに寄与することを目指していました。
このような背景を踏まえ、課題意識を持った旭化成のマーケティング担当者2名が立ち上がり、サプライチェーンを横断するプロジェクトをボトムアップで構想。さまざまな関係者と協業し、旭化成の素材を活用したコンセプトシューズを制作することで、加工技術の重要性を再認識しました。
今回、アプリケーションの拡大および共創活動のさらなる加速を図るため、旭化成が主導するのではなく、よりフラットで自律分散的なコミュニティ「AKXY Lab」の設立と運営を企画。それぞれの事業者が持つ素材技術や加工技術を掛け合わせ、社会課題と接続したテーマのもと、スピード感のあるプロトタイプ開発を行うことで、自由なものづくりと新たな価値創出に挑戦できる場を提供しています。
Approarch
“自由なものづくりコミュニティ”のブレない土台を築く方針策定
「AKXY Lab」の立ち上げに際し、目指すべきコミュニティの構造を導き出すため、複数回のワークショップを行い、その内容をまとめた「コンセプト方針策定書」を作成しました。コミュニティの理想形や役割を明らかにし、「何を行うコミュニティか」「ターゲットはどのような人か」「どんな活動を行うべきか」を言語化・ビジュアル化することで、コミュニティの基盤を整えました。
ボトムアップの活動をうむ、仲間集めと交流促進
コミュニティに参加し、制作に挑む事業者との関係性をつくるべく、オープンなイベントや、Webサイト・YouTubeを通じた情報発信、現場に足を運んでの面談など、さまざまな手段でコミュニティの仲間集めを実施しています。
なかでも、AKXY Lab の認知拡大を兼ねたオープニングイベントでは、社会課題と接続したテーマのもと、東京と大阪でそれぞれワークショップを開催し、総勢50名以上の素材メーカー、ものづくり企業、クリエイターなどが参加しました。
こうして集まったメンバーは、SNSコミュニティをはじめとしたオンラインでの交流、顔を合わせてのワークショップを通じて関係醸成を行いつつ、制作テーマを検討。普段の業務では行うことのない「作りたいものは何か」という問いに苦労しながらも、ボトムアップでの共創が生まれていきました。
社会実装を見据えた、プロトタイプ制作の伴走
AKXY Lab コミュニティで発案されたアイデアのなかから、2023年度は4つのプロトタイプ制作のプロジェクトが実施されました。
基本的には、事業者同士のボトムアップでの制作を軸としつつも、運営メンバーによるメンタリングとして「社会にどのように必要とされるアイデアなのか」「どうすれば社会に実装されるのか」といった視点で議論。プロトタイプのコンセプトや想定ターゲットを明確にすることで、社会課題やエンドユーザーのニーズに接続した開発となることをサポートしました。
複数のものづくり事業者が参加・共創する今回のコミュニティでは、自由かつ公正なものづくりの推進のため、知的財産の扱い方に関して配慮しつつ進行しました。
プロジェクトを通じて生まれたアイデアは、コミュニティの参加者と、参加者が所属する組織のものとしています。権利については参加者間での取り決め事項とし、実用化や製品化に対してAKXY Lab が制約を設けない形で、共創における知財の扱いを規定しました。
Output
プロトタイプ
巡回展「AKXY Lab Exhibition」
制作されたプロトタイプを展示する巡回展を、全国3箇所のFabCafe(東京、大阪、名古屋)で開催。エリア毎に異なるターゲットにリーチし、制作したプロトタイプを消費者の目に触れさせ、仮説検証を行っています。また、業界や社会全体におけるコミュニティのプレゼンスを高めることにもつながりました。
Webサイト制作・運用
コミュニティの活動を伝える情報発信のチャネルとして、WEBサイトの制作と運用の一部をロフトワークが支援。ノーコードツール「STUDIO」を採用して制作されたWebサイトには、プロトタイプの情報やコラムコンテンツが掲載され、具体的な活動内容や関連技術、関わったメンバーの声を発信しています。
Outcome
フラットで自律分散的な協創コミュニティを通じて、より自由なものづくりのあり方を目指した「AKXY Lab」。
実際に、コミュニティとして支援したプロトタイプを起点に製品化への動きが始まっていたり、プロトタイプ以外にも新しい取り組みが行われたりするなど、業界の中で、バリューチェーンを越えた新しいものづくりへの挑戦が生まれています。
◾️コミュニティ参加者の声
- 業種が違うから距離を置くのではなく、業種が違う中に入って、発想自体が全然違う人たちと話をするというのがすごく勉強になりました。いろいろな方と会うことで、今までできなかったこと、やってみたかったことに一つの光が見えたり、新しく一緒に挑戦したいものも出てきました。
- 今までの仕事のなかでは、制約上できないために諦めてしまうことも多かったのですが、今回パートナーさんと「どう作るか」と話し合う動きがたくさんあったことが、とても刺激になりました。社内で話をする時にも「じゃあ、方法変えてみない?」みたいな提案を極力持ち込むようにしています。
- 今回、石のおちょこを作りましたが、これまでは石という素材で食器を作ることは、無意味で無駄なことだと思っていました。ただ、人の評価は違っていて「こんなものができるんだ」「いいね」という感想が聞けて。石しか知らない僕は、逆に石の価値を過小評価していたのかもしれないな、と。もっと生活に入れるようなものが作れるんだな、という気づきがありました。
また、旭化成としても、加工技術を持つ企業をはじめとする「外側の視点」を取り入れた交流や開発によって、対外的には業界や社会全体に対する企業認知度の向上に寄与。対内的にも素材の新たな用途開発、部門横断・実験的な開発の促進による社員のモチベーション向上など、組織におけるポジティブな変化につながっています。
「AKXY Lab」の共同発起人である、栗林祐介さん・吉武勇人さんのインタビュー記事がForbes Japanにて取り上げられています。
◾️プロジェクト概要
- クライアント:旭化成株式会社
- プロジェクト名:AKXY Lab プロジェクト 2023年度
- 体制
- プロジェクトマネジメント/クリエイティブディレクション:松本 遼
- コミュニティ運営:木下 浩佑
- プロトタイプ制作ディレクション: 片平 圭
- コンセプト策定ディレクション:加藤 あん
- プロデュース:藤原 里美
- サポート:小原 和也
Member
株式会社ロフトワーク, MTRL リードディレクター
松本 遼
京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科卒。在学中からデザイナーとして活動し、2007年にはUNIQLO CREATIVE AWARD 佐藤可士和賞を受賞。卒業後デザイン事務所勤務を経てフリーランスとなり、京都福寿園の広告制作や、10万筆の署名を集めたLet’s Dance署名推進委員会の広報戦略に参画する。
2017年ロフトワーク入社。意匠としてのデザインだけでなく、プロジェクトの上流からより深くクリエイティブプロジェクトに関わることを目指す。
株式会社ロフトワーク FabCafe Kyoto ブランドマネージャー
木下 浩佑
京都府立大学福祉社会学部福祉社会学科卒業後、カフェ「neutron」およびアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャー職、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」の企画職を経て、2015年ロフトワーク入社。素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードにクリエイター・研究者・企業など多様な人々が集うコミュニティハブ「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画。ワークショップ運営やトークのモデレーション、展示企画のプロデュースなどを通じて「化学反応が起きる場づくり」「異分野の物事を接続させるコンテクスト設計」を実践中。社会福祉士。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。
株式会社ロフトワーク, MTRL クリエイティブディレクター
片平 圭
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒。大学ではインスタレーションを表現手法にしたファッションデザインを学ぶ。卒業後、アパレルのコレクションブランドで企画生産管理、店舗運営に従事。その後、素材やものづくりの新たな可能性を探求するためロフトワーク/MTRLに入社。趣味は日光浴。
株式会社ロフトワーク, クリエイティブディレクター
加藤 あん
愛知県出身。名古屋芸術大学芸術教養領域卒業。大学では「身体と衣服」をテーマに研究。また、展覧会の企画やキャンパスの改装計画にも携わる。2021年FabCafe Nagoyaでインターンを経験し、クリエイティブの力を体感。様々な分野とクリエイティブによって生み出される新たな価値の遭遇を求め、ロフトワークに入社。
株式会社ロフトワーク, シニアプロデューサー
藤原 里美
2008年にプロデューサーとして入社、産休、育休を機にマーケティング部門に転属。イベントの企画運営、CRMの設計、既存クライアントへのサポートサービス構築などに携わる。2018年から京都オフィスにて再びプロデューサーとして、大学、病院、BtoB企業などの組織のブランディング、専門領域の情報発信のデザイン、Webサイトを活用したセールス設計やコミュニケーション設計に重きを置いて提案活動中。教育機関とのプロジェクトが多かったことと、娘二人の育児の中でPBL(Project Based Learning)に興味を持ち、「新たな学びの形」を模索中。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。
株式会社ロフトワーク, MTRL事業責任者 / 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任研究員
小原和也(弁慶)
2015年ロフトワークに入社。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了(デザイン)。素材/材料の新たな価値更新を目指したプラットフォーム「MTRL」の立上げメンバーとして運営に関わる。現在は事業責任者兼プロデューサーとして、素材/材料基軸の企業向け企画、プロジェクト、新規事業の創出に携わる。モットーは 「人生はミスマッチ」。編著に『ファッションは更新できるのか?会議 人と服と社会のプロセス・イノベーションを夢想する』(フィルムアート社,2015)がある。あだ名は弁慶。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任研究員。