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イベントレポート:MTRL FUTURE SESSION vol.04 ウェルビーイングのためのテクノロジーを「環世界」から考える

材料や技術の意味のイノベーション「MATERIAL DRIVEN INNOVATION」を探求する「MTRL」がお送りする未来洞察イベント「MTRL FUTURE SESSION」。第4弾では「#Well-being 〜ウェルビーイングのためのテクノロジーを「環世界」から考える〜」をテーマに据え、2021年11月25日にオンラインで開催しました。

MTRLは、2020年8月よりパナソニック株式会社 Aug Labのパートナーとして共同研究に取り組んできました。人にとって便利で効率的なだけでなく、心を豊かにするような、ウェルビーイングのためのテクノロジーに関して考える中、「環世界」にその可能性を見出しました。その研究成果である「環世界インタフェース」を紹介し、人を含めた生き物のためのテクノロジーについて議論したイベントの様子をレポートします。

 Aug Labのダイレクターである安藤健さん、環世界の専門家で本プロジェクト内で環世界に関するインプットを行っていただいた釜屋憲彦さん、プロジェクトにおけるプロトタイプをともに作り上げたGADARAのデザイナー竹腰 美夏さんにご登壇いただきました。

参考:
【MTRL × Panasonic Aug Lab】
生物のもつ環世界から拡張可能性を探求した「環世界インタフェース」を公開しました
https://mtrl.com/magazine/auglab_mtrl_news


セッション1:Aug Labの活動とWell-beingに寄与する次世代のロボティクス

今回のキーワードである「ウェルビーイング」とは、どのような状態を指すのでしょうか。ウェルビーイングな社会を目指して活動するAug Labの活動を参照しながら紐解いていきましょう。

WHOの定義によれば、「ウェルビーイング」とは身体的、精神的、社会的に良好・健康な状態にあることを指します。身体的に快適な状態を構築するため、パナソニックはさまざまな機械やロボットの開発に取り組んできました。では、精神的、社会的に健全な状態を築くために、ロボティクス技術には何ができるのでしょうか。

2019年4月、人の心を豊かにするための研究開発をミッションにAug Labが開設されました。Augはaugmentation(拡張)の略で、ここではautomation(自動化)と対をなす概念とされています。機械によって人間がモノやコトを手放すのがautomationなら、augmentationは人間がモノやコトを抱える喜びを機械によってアシストする試みと言えるでしょう。

Aug Labはこの新たな研究開発にあたり、クリエイターやアーティストとのオープンコラボレーションを開始。公募パートナーとのワークショップやプロトタイピングにより、700のアイデアから20のプロダクトが生まれています。

Aug Labダイレクターの安藤健さんは「ウェルビーイングの対象は『私』から『私たち』へと変わってきている」と指摘します。「『私たち』が指すものは人だけではありません。人間と自然、地球上のすべてがともに良好な状態を保ちながら生きていく、それが今求められるウェルビーイングなのではないでしょうか」とコメントし、プレゼンテーションを結びました。


セッション2:自然はいかにBeingしているか 〜ユクスキュルの環世界論を通じて〜

今回のもう一つのキーワードである「環世界」は約100年前、ドイツの生物学者・ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した概念で、すべての生物はそれぞれ、自身の身体を中心とした世界の見方を持ち、それぞれが解釈した世界に浸って生きているというものです。

たとえばマダニは、人間や動物から見ればわざわざ血を吸いに寄って来る憎たらしい存在です。しかし、彼らは悪意あってそのような行動を取るわけではありません。マダニは、太陽の光を知覚して行き止まりまで歩き(多くの場合、葉や枝の先)、動物の匂いを知覚すると脚を離して落下します。うまく動物の体表に落下した場合、体温を手がかりに皮膚に頭を突っ込み、血を吸って腹を満たすのです。つまり、マダニはただ機械的に行動しているのではなく、状況に応じた彼らなりの解釈(=マダニの環世界)によって周囲の環境にピッタリと適合していると言えます。

自然界には、実に多様な環世界が存在します。人間以外の生物はどのような世界を体験しているのでしょうか。環世界を探究する釜屋憲彦さんは、「他者を真似る」、「他者になりきる」という人間ならではの手法で、他の生物の環世界に迫る試みに取り組んでいます。

ヤドカリを真似る一人称研究では、舞台俳優の方に、ある部屋でじっくりヤドカリを観察した後ヤドカリになりきって同じ部屋で過ごしてもらいました。すると俳優たちは「部屋の印象が変わった」「狭いところが好きになっていった」と証言したといいます。

参考:
[Event Report] Material Meetup TOKYO vol.10「バイオミメティクス」レポート
『環世界のとびら 〜新しい自然の見方をさがして〜』人間・環境学 キュレーター 釜屋 憲彦氏
https://mtrl.com/magazine/material-meetup-tokyo-vol-10_report/

また、ピンホールカメラの集合体のようなかぶりものを作り、昆虫の複眼を疑似体験した際は、昆虫は捕捉されないよう、周囲の動きを敏感に察知するために、複数の目から異なる情報を得ていることが体感できました。

釜屋さんの試みとは、、科学的アプローチ、つまり記号的、言語的な思考方法ではピンとこない他種の環世界を、実際に身体的に溶け入るほど疑似体験してみることによって他種の環世界へと移動してみる、というものです。このように、「科学的・客観的自然」と「感覚的・主観的な自然」を行ったり来たりすることで、自然界は客観的な環境と生物がそれぞれに創り出す主観的な環世界が合わさって存在していると気付かされるでしょう。


セッション3:多様な価値観をデザインとテクノロジーから拾い上げ、Well-beingにつなげるためのプロトタイピング

一人一人異なるウェルビーイングに対し、テクノロジーはどのように貢献することができるのでしょうか。デザイナー/プロトタイプエンジニアとして活動する竹腰美夏さんは、いくつかのプロトタイピング事例を紹介しました。

手足の代わりに身体機能、心理的負担を補償する義肢。しかし、当事者が望む身体のあり方は人によって異なります。たとえば、先天性前腕欠損のある人にとって、一般的な義手は「長すぎる」と感じられることがあります。どのような義手があるとより便利になるのか、長年その状態で暮らしてきた当人にも課題が見出せないことは珍しくありません。

そこで活用されるのが、プロトタイピングです。アイデアの方向性を定めるため、たたき台としてのプロトタイプが有効になります。ちょっとしたヒントからアイデアを具現化し、試しに装着してみます。一度は必要ないと思われたものも、プロトタイプを装着することで潜在的ニーズを引き出すきっかけになりました。

彼女が参加するインタラクションデザインユニットGADARAでは、「感情に訴えかけるためのテクノロジーの探求」に取り組んでいます。一般的なスイッチは、誰でも操作方法が分かるように設計されていますが、もし川辺の石や流木にスイッチの機能を付与したら、その有機的な形状や持ち心地といった受け手の感覚に操作の仕方が左右されることになります。個々の感覚は統一できるものではないため、「特定の誰かにしか使えないインタフェース」というユニークなものが生まれるかもしれません。

他にも、AIによって風景画からスペクトログラムを生成し音を奏でるというアプリの事例を紹介。竹腰さんは、人の感覚とテクノロジーのインタラクションに「便利さだけでは説明できないような価値がたしかにある」と語りました。プロトタイピングを行ってアイデアを具現化し、実際に使っていくことで、そのような見えにくい価値を発見することができると考えています。


クロストーク:「私たちは分かり合えない」だからこそ求められる環世界の調和と、ウェルビーイングの実現

後半のクロストークでは、Aug LabとMTRLの共同研究によって生まれた「環世界インタフェース」について振り返りました。釜屋さんは、動物の機能環のみを対象としたユクスキュルの環世界論を前提とし、「植物に『動く』という作用を付与するのは斬新で面白かった。テクノロジーと協同することでしか得られない環世界を創出したと思う」とコメントしました。

 

コケの振る舞いからその生命がもつ環世界を想像するきっかけをつくる 「UMOZ(ウモズ)」

インタフェースを「制御」から「共生」の対象へ「MOSS Interface」


これまでにさまざまなプロトタイピングやプロダクト開発に取り組んできた安藤さんも「プロダクトが成長するというレベルで、マテリアルとして生物を取り入れるのは初の試み」と挑戦を好意的に捉える一方、柳原は「環世界に関して考えれば考えるほど、『UMOZ』で実現できたことはまだまだ一部であることがわかりました。」と、捉えどころのない環世界を表現する難しさを課題としました。

竹腰さんは、さまざまなプロトタイピングの経験から「本当のウェルビーイングが得られるサービス・プロダクト開発には、ユーザーとの間に忌憚のない関係性が必要」と指摘。それに続いて安藤さんが、「人と人、人と動植物の間にはそれぞれ違う環世界が存在している。お互い分かり合えないものだという前提で、いかに双方の間に調和を見出していくか。それが持続的なウェルビーイングにつながるのでは」と提案しました。

環境保全の議論において、日本では「人間は地球環境に不要な存在」「人間と動物の住処は分けられるべき」という言説がしばしば取り沙汰されます。一方、欧米圏では、人間と他の生物が都市でともに良い状態で暮らすためのデザイン「マルチスピーシーズデザイン」が注目されている、と釜屋さん。

それを受けて柳原は、一見植物が生存するには適さないような交通量が多い道路脇にでさえ鉄を養分の一つとするコケが排気ガスなどに含まれる鉄分を栄養として自生している例を挙げ、「関係性を構築できると、人間にも種にも良い関係が実現するのでは」と身近なマルチスピーシーズの可能性を示唆しました。

 

渋谷の道路脇で自生するギンゴケ

 


最後に、参加者から投げかけられた「UMOZのようなテクノロジーは、今後人間同士のコミュニケーションを変容するか?」という質問に対し、安藤さんは「世界や人と人のコミュニケーションにはまだ大きな変化は見られないが、テクノロジーに触れた人たちは、ものの見方が変わりつつある」と答えました。

自分の求める快適さと植物の求める快適さは必ずしも同じではないこと、自分以外の人や動植物にはそれぞれ違った世界があると知ること。環世界を前提としたものの捉え方には、他者を尊重し合いながら良いバランスを追求する、持続的なウェルビーイングに結びつく可能性が感じられます。今回ご登壇いただいた方々の取り組みが、プロジェクトやプロトタイピングの枠を超えて社会に実装される日も遠くないかもしれません。

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