• Event Report

Material Meetup TOKYO vol.19

社会・文化モデルの理解によってイノベーションは生み出せるのか? Material Meetup TOKYO vol.19「よりよいものづくりに向けて -ものづくりの現場は社会・文化モデルにどう向き合うか-」イベントレポート

 

素材をテーマに、ものづくりに携わるメーカー・職人・クリエイターが集まるミートアップ「Material Meetup TOKYO」。第19回となる今回は、「よりよいものづくりに向けて -ものづくりの現場は社会・文化モデルにどう向き合うか-」をテーマに、2024年9月5日FabCafe Tokyoにて実施しました。

近年、「イノベーションに再現性を持たせたい」という想いで、多くの企業や研究者からさまざまな手法やツール、考え方が提案されてきましたが、これらのアプローチが期待通りの進展をもたらしたケースはさほど多くないことに、みなさんお気付きではないかと思います。

そのような状況で、本イベントの企画者である株式会社ロフトワークMTRLのクリエイティブディレクター川口がご提案したいのが「社会・文化モデルの理解」です。社会・文化モデルとは、人々の価値観、信念、行動パターン、社会的規範などを含む社会的文脈のこと。ものが生み出される社会的文脈と向き合い、視点を変えることができれば、既存技術や製品の新たな意味や価値を見出すことができるのではないか。ひいては、それらが新しいものとして人々に受け入れられることで、価値観の変容や、社会の変革を起こすことにつながるのではないかと考えています。

そこで今回お招きしたゲストは、インクジェット技術による電子基板製造のブレイクスルーを、旧来のめっき加工との組み合わせで実現しつつあるエレファンテック株式会社の杉本雅明さん、同様に「枯れた技術の水平思考的アプローチ」を実践し、紙や印刷の新しい可能性を探る取組を通じ、価値観の変革を起こすデザインを提案している株式会社ペーパーパレードの守田 篤史さん、そして、イノベーションを起こすための社会・文化モデルのリサーチ手法を研究しながら、自らもイノベーション創出に向けたものづくりの実践をしている立命館大学の後藤智さんの御三方です。本イベントでは、ものづくりにおいて見落とされがちな社会的な文脈と向き合いながら、イノベーションを創出する可能性について、議論しました。

▼開催概要:【東京・渋谷開催】Material Meetup TOKYO vol.19「よりよいものづくりに向けて -ものづくりの現場は社会・文化モデルにどう向き合うか-」

イノベーションの民主化を目指して

まずは後藤さんのプレゼンテーションです。

もともと技術者として金属内の物質を測定する装置の研究開発を行なっていたという後藤さん。その後、10数年前から人間の解釈に興味を持ち、デザイン領域でイノベーションの研究をされています。

そんな後藤さんがまず投げかけたのは、“意味”とは何かという問いです。たとえば、パソコンの意味を考えてみましょう。エンジニアになりたい人にとってのパソコンは、「プログラムを記述するもの」。他方、一流のゲーマーになりたい人にとってのパソコンは、「ゲームをするもの」になりますよね。このように、同じものであっても、意味が変われば使われ方が変わりますし、そのものを使う人の行動も変わってきます。

別の視点で言えば、人の存在によって意味は変わるため、新しい意味をつくりたいのであれば、未来の人々がどうなるかを考えなければなりません。だから企業はビジョンとして、人々の存在あり方(「私たちは将来どうあるべきか」「私たちは未来に向けてどうありたいか」)を提示して、共感してくれる人々に訴えかける必要があるんですね。

では、それを誰が考えているのか。

「デザイナーにはビジョンをつくる人が多いですが、何も思いつきで言っているわけではありません。みんな、ちゃんと調査結果に基づいて、ひらめいているのです」

と後藤さんは強調します。

超一流の天才デザイナーの頭の中では、ミラノサローネのような社交場で情報交換をしながら、文化の動向・ファッション&風俗といった「社会・文化トレンド」と、かたち(スタイル)・新たなテクノロジー・現在の技術の課題といった「技術トレンド」を、自由・平等・人権などの「人文学領域における人間にとっての普遍的価値」と対照しているのだそう。けれども、私たちは超一流デザイナーではありませんから、実際、何をすれば同様のことができるのか、わかりませんよね。

 

そこで実践的な再現性のあるモデルにするために、後藤さんが生み出したのが、「アーキオロジカル・プロトタイピング」です。22個の調査項目が設定されており、その結果を「考古学の研究方法論」と「現代数学の圏論」を用いて論理的に結びつけることで、未来を推測できるようになるというものです。

「アーキオロジカル・プロトタイピングは、超一流の天才デザイナーや日本のすごい起業家が頭の中でやっていることを、ロジカルに可視化したものです。ここで定義した項目を調査して埋めていくと、意思決定のサポートや未来社会の創造、新しい製品/サービスのデザインに役立てられると考えています」

と語り、後藤さんは締め括りました。

イノベーションは最先端技術だけで生み出すものではない

次に、守田さんによるプレゼンテーションです。

守田さんが所属する株式会社ペーパーパレードは、「ATTRACTIVE(魅力的なデザイン)」「SUSTAINABLE(持続可能性のためのデザイン)」「BORDERLESS(領域を越境するデザイン)」の3つのキーワードをもとに、「幸せなサステナブルデザイン」を志向しているデザインファームです。「紙や印刷の可能性を探ること」を原点としながら、領域を越えてイノベーションを起こし、クライアントの課題を解決している守田さん。今回は、ペーパーパレード式クリエイティブ術「枯れた技術の水平思考的クリエイティブ」をテーマにお話しいただきました。

「枯れた技術の水平思考」とは、任天堂の伝説の技術者だった横井軍平氏による哲学理論であり、「ありふれた材料や技術を、誰も思いつかなかったような画期的な使い方や組み合わせで使うことで、まったく新しいものを生み出す」ことであると言う守田さん。

枯れた技術と言っても、決して古臭い旧技術という意味ではなく、「すでに完成されていて、信頼性の高い技術」であり、メリット・デメリットが明らかになっていることから“コストの低い技術”であると言います。他方、水平思考とは、現在利用されている領域から離れ、まったく別のものに置き換えて使うことにより、新しいものを生み出す考え方のこと。

「本当の先端技術を使ったら売れるものはできません。娯楽の世界ではそんな高い商品は、誰も買ってくれない。私は世の中を見て『枯れた技術』を使えと言っている」という横井軍平氏の言葉を紹介した守田さん。この思想をクリエイティブに転用したのが「枯れた技術の水平思考的クリエイティブ」なのです。

「ある分野では当たり前の技術や考え方が、他の分野ではまったく思いもよらなかった新しい技術や考え方である例は多い。使えるものなら古いものだけでなく最新の技術や製品だって遠慮なく使い、領域も自由に横断しながらイノベーションを起こすクリエイティブをつくっていきたい」

(守田さん)

この枯れた技術の水平思考的クリエイティブを実践した例として、ペーパーパレードが手がけた2つの事例を紹介しました。

<丸の内発のアップサイクルファッションブランド「Ligaretta」の、廃棄されるエリアマネジメント広告にかかる知的財産権の解決:シークレット地紋>

エリアマネジメント広告には著作権・肖像権・商標権といった知的財産権がかかるため、広告物をアップサイクルするのは業界ではタブー視されていました。しかし、「知的財産権を認知できなくさせれば良い」と発想を切り替え、掲出期間が終わった広告物を回収して、広告に掲載されている情報が見えなくなるよう、パターン模様を印刷することに。グラフィック分野では当たり前のオーバープリント(重畳印刷)の技術を使って課題を解決したのです。これにより、新しい設備投資が不要で、初期投資コストを引き下げ、スピード感のある展開が可能となりました。(動画リンクこちら

<洗える和紙、折りたためる漆の開発:折り紙漆器>

「水に弱く耐久性が低い」という紙の弱点を克服するために、漆を塗って耐水性と耐久性を上げようと発案。それに数理折り紙の技術で、立体的な折り加工を施そうと考えたものの、漆は硬化後に力が加わると塗膜が割れてしまうという難点がありました。そこで紙の表面に漆を塗るのではなく、紙に漆を染み込ませて、紙と漆を一体化させるという技法を用いることに。2つの既存の技術を掛け合わせることで、新しいイノベーションが生まれました。

 

「考え方のスイッチを切り替えて常識の垣根さえ外せれば、イノベーションは『誰にでも』起こせる可能性がある」

と守田さんは語り、プレゼンテーションを終えました。

10年かけてイノベーションの光が見えた

最後に、杉本さんのプレゼンテーションです。

杉本さんが共同創業したエレファンテックは、「新しいものづくりの力で、持続可能な世界を作る」というミッションのもと、エレクトロニクス産業の革新に取り組んでいます。そんな同社が製造するのは、スマートフォンやタブレットなど、あらゆる電子機器で使用されているプリント基板です。

既存の製法では、基材の一面に銅を貼り合わせたところから、不要な部分を溶かして取り除いていきます。この製法では、多くの銅資源が無駄になるだけでなく、環境汚染の原因となる酸性廃液や温室効果ガスが大量に排出されてしまいます。しかし、エレファンテックが開発した独自のプリント基板製法「ピュアアクティブ®︎法」であれば、ナノ化した金属をインクジェット方式で印刷して、無電解銅めっきで仕上げることで、既存の製法より短い製造工程で、環境負荷の大幅削減を実現できるのです。

その効果はCO2排出量3/4削減、酸性廃液排出量95%削減にもなるのだそう。また、昨今では銅の価格が高騰していることも相まって、この新しい技術の価値が上がってきたと言います。

 

「2014年からやってきて、ここまで来るのに10年かかりました。当初は産業的に意味がない技術でしたが、僕らは『これをビジネスにしないのは、もったいない』という強烈なインスピレーションを感じたんです。これをどうにか社会実装しようと始めたプロジェクトがだんだん育って大きくなり、ようやくもうすぐみなさんの手元に届くところまでたどり着いた。

僕が思うに、社会実装が実現して初めてイノベーション(革命)だと言える。ほんとうに人々の生活を変容するところまでできていなければインベンション(発明)止まりだと思うんですね。僕らのアイデアは素晴らしいものだけど、実際に多くの電子機器が僕らの新しい技術で作られるようになって初めてイノベーションを起こせたと言えると思うので、そこまでやり切りたいと考えています」

と杉本さんは語りました。

イノベーションは結果論?

続いて、クロストークで挙がった話題の中から、「イノベーションを起こすために必要なこと」について語られた場面を抜粋してご紹介します。

杉本さん:厳しいときでも辞めずに続けること。成功したと言える結果が出るまで、狂ったまま立ち続けられるかどうかだけの話だと思います。あとからカッコよく解説することはできるけれど、現場はもっと泥臭くて、できることなら手当たり次第、何でもやっていますよ。必死に調べるし、必死にやっている。何がお客さんのニーズにマッチするかは、時代の流れで変わりますから。

守田さん:デザイナーってスマートだと思われがちですが、実は一番泥水をすすっていますよね。クライアントの前で「できませんでした」なんて言えないから、どうやったらできるかを必死で考えます。できないならできないで「できないことこそ正義」という概念まで生み出しちゃうことだってあるし。僕も「なんでこのプロジェクトがうまくいったんですか」と聞かれたら、「諦めない心」と答えています。傷だらけになっても、うまくいくまでやり続けるしかない。

後藤さん:絶対に成功するとは誰も言えませんから、いかに成功確率を上げるかを考えるしかないんですよね。だからこそ、我々も現場に出て、現場で得た知見を言語化や理論化することで、少しでも企業で働く技術者に成功確率を上げてもらいたいと考えています。なぜ企業で働く技術者を相手にするかというと、起業家やデザイナーのような人たちは、放っておいても自分で調べるし考えるし動くから。僕も企業の技術者出身ですが、外に出て初めて「エンジニアって、こんなに世の中の物事を知らないのか」と驚いたんですよ。ずっと会社にこもりっきりですからね。そんな人たちがイノベーションを起こせないのは、構造的に仕方がない。暗黙的な知識が増える環境にいないんですから。起業家やデザイナーじゃない人たちにも成功確率を上げてもらうために、アーキオロジカル・プロトタイピングを使ってもらいたいと考えています。

 

今回も大いに盛り上がった「Material Meetup TOKYO」。次回の開催もどうぞお楽しみに!

最新の記事一覧