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[Event Report] Material Meetup TOKYO vol.13「Thinking of Human Hair」

本記事は、2023年4月14日に開催されたMaterial Meetup TOKYO vol.13「Thinking of Human Hair」のレポートです。(text : 吉澤 瑠美)


2023年4月14日(金)、MTRLが企画・運営を行う素材に着目したミートアップ「Material Meetup TOKYO」が開催されました。

vol.13のテーマは「Thinking of Human Hair」。倫理的な観点から動物の毛皮などを用いた衣服が敬遠・非難の対象となっている昨今。ファッション業界ではファーフリー、アニマルフリーの活動からさらに飛躍して、素材として人間の髪を用いたプロダクトも誕生しています。また、近年は技術の進歩に加え社会の多様化も相まって、アイドルやアーティストのみならず街ゆく人々も自由な髪色を楽しむことができるようになりました。ファッションにおいて本当の意味で「最も身近な」素材の一つである髪を、文化的・歴史的背景、未来への可能性の両面から捉え直します。

今回は、ヘア&ヘッドプロップ・アーティスト、ウィッグメーカーとして国際的に活躍している河野富広さんと、化粧史や結髪史をメインに研究する化粧文化研究家の山村博美さんを迎え、クロストークを開催。オーガナイザーはロフトワーク/MTRLのクリエイティブディレクター片平 圭、加藤あんが務めました。


今回のゲスト
Hair Stylist, Head Prop Artist & Wig Maker 河野 富広さん
化粧文化研究家 山村 博美さん

▼開催概要:Material Meetup TOKYO vol.13「Thinking of Human Hair」
https://mtrl.com/tokyo/event/230414_material-meetup-tokyo-vol-13

髪に「取り憑かれて」20余年、時代が教えてくれたウィッグの魅力

18歳でヘア業界の道に足を踏み入れ、国内外で数々の実績を積み重ねてきた河野さん。
しかし彼をもってしても「どんな素材よりも扱いが難しい」と言わしめるのが髪です。髪は肉体の一部でありながら、肉体から離れてもなお残り続けます。水で濡らすとシルクのようなしなやかさが生まれる一方、ヘアカットによる造形はまるで彫刻のよう。そこに「魔術のような神秘性」を感じ、「神様が人体に残してくれた余地をデザインしている」感覚で制作に取り組んでいるという河野さん。まさにクリエイターの気持ちを奮い立たせる魅力的なマテリアルです。

ウィッグは新しい流行のように捉えられがちですが、デザイン、テクニックに関しては19世紀にはすでに確立され、現在に至るまで時代を反映させながら着々と更新されています。

河野さんの作品が世界的に注目されるようになったのは、コロナ禍がきっかけでした。河野さんが手掛けた111体のウィッグを紹介する作品集『Personas 111』の出版直前にロックダウンが発令。書籍を販売する機会を失ったことから、河野さんは作品の画像と制作時のインスピレーションを日記のように毎日Instagramへ投稿しはじめました。

また、コロナ禍で活動できない時期を利用して、バーチャル感覚でウイッグが試着できる AR フィルターを発表し、外出できないフラストレーションが溜まる時期でも自宅でファッションとしてウイッグを楽しめると話題になり、SNS 上で拡散されていきました。自宅でもスマートフォン一つでスタイリングを楽しめると話題になり、試着画像をSNS上でシェアし合う現象が起きました。

独創的な空間のインスタレーションとしてウィッグを展示することで知られる河野さん。きっかけはアクシデントから始まりました。
ギャラリーからの突然のオファーによって企画されたパリでの展示。河野さんがすでにパリへと移動した後で現地にマネキンの用意がないことが発覚し、やむを得ずウィッグを天井から吊るして展示したところ、鑑賞者は浮遊する作品に触れ試着をしはじめました。

通常、作品はショーケースの中にあり手を触れてはいけないものですが、河野さんは「意図的ではなく偶然に起きた観客との一体感は自分の想像を超えて良かった」と振り返ります。こうして、ウィッグを空間の中で浮遊させるインスタレーションは生まれました。

  パリでの展示と同様の展示方法で行ったExhibition「PLACE BY METHOD IN TOKYO」

文化・身分の象徴として人々の視線は「髪」に集まっていた

山村さんが専門とする化粧文化の研究では、市井の人々の日常的な化粧行為をベースに、メイクアップアーティストや特殊メイクなどの専門家の作品まで幅広く対象とされています。最近はヘアメイクアップアーティストなどの作品が美術館でも展示されるようになりましたが、こうした展覧会が一般的になったのはここ10〜20年ほどのことで、それ以前にはありえなかったことです。「化粧、ヘアスタイルがカルチャーとして世の中に認められるようになった証」と山村さんは言います。

人類の歴史において、ヘアスタイルは文化的な意味を持つ反面、人を縛る制約ともなってきました。

例えば、1770年代のヨーロッパでは高く結い上げられたヘアスタイルが流行していました。当時のフランスのファッション誌を参照すると、18世紀後半の貴族階級ではドレスより髪のほうが注目を集めていたようです。その最先端を担っていたのは他ならぬフランス王妃マリー・アントワネットでした。贅沢王妃と呼ばれたマリー・アントワネットには専属のヘアスタイリストと服飾小間物商がついていたそうで、彼女を真似たドレスやヘアスタイルが大流行。1775年にフランスで食料用の小麦粉を求めて民衆が暴動を起こした時も、その暴動すらモードに取り入れていました。

一方、江戸時代の日本では女性の髪型や化粧を見れば身分や階級、結婚しているかどうかまで一目でわかったといいます。未婚の女性は島田髷、結婚すると丸髷にお歯黒、子どもができると眉を剃る……これらの決まり事が江戸中期から明治初頭まで当たり前のように社会に浸透していました。他にも、お雛様などに見られる「すべらかし」は公家の女性やそれに仕える官女、高位の武家の女性や御殿女中が結った髪型ですし、身分が高い武家の女性が未亡人になった時に結う「切髪」、最高位の遊女しか結えなかった「横兵庫」なども、髪型が身分や職業を表す代表的な例と言えます。

日本では江戸時代に、ボリュームを出すため「かもじ」と呼ばれるつけ毛が小間物屋などで売られていたそうです。市中には、抜け落ちた髪を回収する職業の女性もいて、「おちゃない(落ち買い)」と呼ばれていました。頭の上に髪の毛を入れた風呂敷包みを載せて、家々から髪を回収していました。
最も髪を手に入れやすいのはお寺で、死体から取れた髪をかもじにしていた、と山村さんは解説しました。

「美の概念はファッション以上に変わるもの」これまでの髪、これからの髪とは?

ヘアスタイリングの最前線、そして歴史的背景を知り、これまで何気なく接してきた髪にますます興味が湧く中、河野さんと山村さんによるクロストークを行いました。

古くはかもじから、ウィッグやエクステンションなど、「身体に付ける髪」というトピックがお二人のセッションでも度々話題に上りましたが、これからの「付ける髪」はどうなっていくのでしょうか。

「これまでのウィッグは舞台上のもの、もしくは医療的用途のものが主だったことから、特別な人だけのもの。または何かを隠すためのものでした。一方で現代のファッションシーンにおけるウィッグは、着脱可能という機能性に着目し「アクセサリー感覚で楽しむためのファッションアイテム」というポジティブなものとして扱われ始めています。

昨今は長らく染み付いてきた髪に対する固定観念は薄れ、表現方法としてのウィッグが浸透しつつあります。河野さんは「美の概念はファッション以上に大きく変わるもの」と示唆しました。

山村さんのお話に新鮮に頷いていた参加者たちは髪の歴史にも興味津々。江戸時代に髪型と身分が紐づけられるようになった理由も気になるところです。しかし山村さんいわく、残念ながら「いつ、誰がはじめた」という起源は明らかになっていないとのこと。化粧やヘアスタイルのように日常的なものは記録や文献が残っていない場合も多く、歴史をたどることは難しいのだそうです。

しかし「髪を結う人が増えた、化粧をする人が増えたことでルールが成立していったのだろう」とコメントし、残されている記録から「全国的に(ルールが)行き届いたのは江戸中期頃と考えられる」と山村さんは補足しました。

会場では参加者からも続々と質問が寄せられます。ファッション業界の最前線で髪を扱う河野さんには、「髪」という素材に対してどのように向き合っているのか、という質問がありました。

河野さんは自身のセッションでも触れた神秘性に関連し、技術者でありつつもスピリチュアルな側面に言及。日本各地に髪を祀る神社があることや、藁人形などの呪術にも髪が使われることを挙げ、「人毛を扱う作業をした後は、清めの意味でも徹底的に掃除をしてから次の作業に取り掛かるようにしている」と自身のこだわりを紹介しました。

また、死体から髪を取りかもじを作るという山村さんのお話から連想するのは芥川龍之介の小説「羅生門」。参加者からの質問に対して、「平安時代にもすでにかつらはあった」と答えます。ボリュームのある髪型が好まれていたのは当時も同じだったようで、かつらの描写は紫式部「源氏物語」にも登場します。「平安時代の貴族は大抵つけ毛だった、という説もあります」と驚きのエピソードも紹介されました。

話題は髪だけでなく体毛にも及び、議論はますます深まるところでしたが、あっという間にMeetupは終演の時間。本編が終わった後もクロストークの感想を参加者同士で語り合ったり、会場に並べられた河野さんの書籍やヘッドプロップを閲覧したり、遅くまで髪にまつわる交流が行われました。


Material Meetup は、「素材」をテーマに、ものづくりに携わるメーカー、職人、クリエイターが集まるミートアップ。

  • 新しい領域でのニーズや可能性を探している、「素材を開発する」人
  • オンリーワンの加工技術をもつ、「素材を加工する」人
  • 持続可能な社会を目指して、「素材を研究する」人
  • 機能や質感、意匠性など、複合的なデザインを行ううえで様々なマテリアルを求めている、「素材からデザインする」人

…そんな人々が「デザインとテクノロジー」そして「社会とマテリアル」の観点から、業界の垣根を超えてオープンに交流し、新たなプロジェクトの発火点をつくりだす機会を継続的に開催しています。

カタログスペックだけではわからない素材の特性や魅力を知り、その素材が活用されうる新たな場面(シーン)を皆で考える。「素材」を核に、領域横断のコラボレーションやプロジェクトの種が同時多発する場。それが Material Meetup です。

2018年のスタート以降、東京・京都の各拠点ごとに、それぞれ異なるテーマを設け継続開催しています。

■ Material Meetup 過去開催情報:https://mtrl.com/projects/material-meetup/

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