- Interview
vol.03
うるし×ストリート!?縄文時代から愛される “漆” を次世代につなぐ堤浅吉漆店【Dive into Material #3】
未知の素材を求めるクリエイターのみなさんを対象に、MTRLがさまざまな素材(マテリアル)を取材しその魅力や「使い方のTips」をお伝えするインタビューシリーズです。
Information
2019年、本記事に登場する漆アライアプロジェクト「BEYOND TRADITION」日本ツアーが京都を皮切りにスタートします。FabCafe Kyoto / MTRL KYOTO では展示企画(2019.8.30-9.8)とトークイベント(2019.9.6)、ワークショップ(2019.9.1)を実施。詳しくはこちらからご覧ください。
Dive into Material #3
今回取り上げるのは、日本人には馴染み深い天然素材、漆です。漆といえば、「漆塗りの器」や「高級家具」など、日常ではあまり気軽に使えない高級品というイメージがあります。しかし京都には「漆塗りスケボー」や「漆塗り自転車」で京都の街を駆ける男がいるのを、ご存知でしょうか?
ストリートで使われ傷だらけになるスケボーと、高級品の代名詞である漆。一見真逆のように思えるこの組み合わせには、意外な理由が隠されていました。
漆の新たな可能性を追求する株式会社 堤淺吉漆店(京都市下京区)の専務取締役・堤卓也さんにMTRL KYOTOの木下がお話を聞きました。
10年以上の月日をかけて育まれる漆樹
ーー堤淺吉漆店では漆の精製と販売をされています。まずは、漆ができるまでのプロセスを教えていただけますか?
堤さん:漆の樹の原産地は、主にアジアです。東南アジアを中心に日本やベトナム、台湾で植樹されています。漆の樹は、産地・樹種によって含まれる成分は異なります。日本では岩手県や茨城県が産地として有名で、樹液が取れるようになるまで10〜15年ほどかかります。
ーー長い年月をかけて、木の中で樹液が作られるんですね。
堤さん:樹液の採取は、毎年6月中旬頃から10月末。これを「うるし掻き」と呼び、樹皮に傷をつけて、滲み出る樹液をヘラで掻き取って採集します。約5ヶ月集めて、1本の漆樹から採取できる樹液は200gとわずか。
堤さん : こうして産地から届けられた漆桶を元に、僕たちは漆を精製します。では工場へ行きましょう。
堤さん:まずは漆漉し。荒味漆(産地から送られてきた漆樹液)を湯せん鍋に投入し、漉し上げます。その後、荒味漆に漉し綿を投入し、荒味漆に含まれている木屑などを付着させる攪拌練りこみ作業をします。最後に遠心分離機にかけ、ろ過することで生漆の完成です。
堤さん:生漆はそのまま下地として使ったり、ハケやヘラを使って塗ったりして使用します。精製する場合は、生漆をかくはん機に入れて、「ナヤシ」と呼ばれるかくはん作業と「クロメ」と呼ばれる水分調整の作業を行います。「ナヤシ」の際のかくはんの回転速度や時間によって漆の艶や粘度を、「クロメ」で熱をかける時間によって漆の乾きを調整します。
ーーカラフルな色漆はどうやって作られているのでしょうか?
堤さん:色漆は、生漆をゆっくり熱し水分量を調整することで透明度を高くした透漆と、顔料を練って作ります。乾かし方や経時変化で、色が変わってくるところがおもしろいですね。
ーー漆ができるまでに、これほどの工程があるとは知りませんでした。
堤さん:同じ産地から仕入れた漆でも、精製する日の温度・湿度によって仕上がりの性質が異なるんですよ。僕たちは漆の乾き具合や艶をチェックするため、毎日データをとって蓄積しています。
漆の精製過程を詳しく知りたい方は、こちらの動画をご覧ください。
強さと優しさを兼ね備えた素材
ーーここからは、漆の機能性についてお伺いできればと思います。漆は「弱い」「禿げやすい」というイメージをもたれることもありますが、実際のところどうなのでしょうか?
堤さん:漆は天然の高分子で、意外と強いんですよ。漆の塗膜は、ウレタン塗料よりも硬く、酸やアルカリにかかっても影響を受けません。その一方で、「しっとりしている」、「赤ちゃんの肌みたい」という感想を持つ人も多いですね。通常、硬い塗膜を触ったら「硬い」「冷たい」と感じるはずなのに、漆には柔らかい印象を抱く人が多いのもおもしろいですよね。
ーー強い素材でありながら、人との相性もいいんですね!
堤さん:僕は、漆を使うことで心のあり方をも変えてしまうことも、一つの機能だと考えています。漆器のお椀を使っている幼稚園がありますが、子どもたちは両手で包みこむように大切に扱っています。初めは漆器を食洗機にかけて洗っていた先生も、今では手洗いするようになって。だから漆器を使ううちに心が変わることや、所作を美しくすることも漆の機能なのかなと思いますね。
ーーサイエンスに分解しきれないものや数値化できないものも、素材の機能だと思います。そう考えると、自分で直しながら長く使い続けられることも一つの機能ですよね。
ーー漆の性質は産地や精製日によって異なるとのこと。どのようにオーダーを受け付けているのでしょうか?
堤さん:僕たちは、職人さんに合わせてオーダーメイドで作り上げています。使う人によって基準がまるで違う世界なので、職人さんがどういう漆を求めているかによって、乾きや粘度をコントロールしています。
ーー漆は扱いづらいものだと思いこんでいたのですが、そこまでコントロールできるんですね。
堤さん:そうですね。もちろん僕らもある程度はコントロールしますが、使い手の職人さんもコントロールするという前提があって成り立つことです。「漆は得体の知れないものだ」と思われる方もいますが、乾くスピードなどを把握できていれば、使いこなせる素材です。
ーーーー近年、プロダクトの制作やマテリアルの選定において、 COLOR(色)MATERIAL(素材)FINISH(仕上げ)のデザインを意味する「CMFデザイン」の重要性がますます注目されています。例えば、素材の「柔らかさ」について伝えたい時に、「求肥のような柔らかさで」と喩えてみたり「ふにゃっとした」とオノマトペを使って表現してみたりしても、人ごとにイメージするものは異なってしまいます。しかし漆の世界は「色合い」や「質感」に加えて、「加工特性(伸びやすさ、乾きやすさ)」など、素材を使いこなすにあたっての共通認識をつくるための言葉がとても豊かだと思いました。堤さんのように、職人さんからの抽象的な注文に対してオーダーメイドで用意するのが当たり前というスタンスは、大量生産・工業化が進む現代において、むしろ新鮮でさまざまなシーンで求められているのではないでしょうか。
使い繋ぐために新たな可能性を切り拓く
ーー「工芸」と呼ばれるものは、伝統があるほど「こうあるべき」に縛られてしまいがちです。そのために用途が広がらず、残念ながら消えていってしまうものもあります。
堤さん:たしかに、漆の世界には、昔から受け継がれた技法や使い方がたくさんあります。すばらしい技術ですが、残念ながら、百貨店で工芸展が開かれても、ほとんどの若者は見に行きませんよね。
ーーおもしろいものやかっこいいものを使っている人を見ると、自分も使いたいと思うはず。人の美意識や価値観をも変えていく漆を機能素材として捉え直したら、必要だと思う人が増え、研究開発も進み、安定して供給する体制をつくれるかもしれません。
堤さん:その通りです。だから僕は漆の新しい可能性を切り拓いていきたいなって。
ーー堤さんは自転車やスケートボードの塗装に、漆を使われていますよね!初めて見た時、あまりのかっこよさに衝撃を受けました。まさに若者が真似したくなるプロダクトです。
堤さん:ありがとうございます。デニムや革製品のように使い込むことで味が出て、自分の道具になっていくことにおもしろさを感じています。漆は実は丈夫で、色々なものに使えるんですよ。
ーーそれは意外です。漆器のイメージが強いので、木以外には使えないのかなと思っていました。
堤さん:ガラスに塗れる漆もありますし、縮みにくく垂れにくい吹き付け漆もある。漆はどんな素材とも相性が良いんです。漆屋として、用途拡大できるためのものづくりをすることも大切。今も、大学の研究機関や民間企業と連携しながら、新商品を開発中です。
ーー堤さんのように、漆の常識を超えた用途やポテンシャルを引き出そうとする人が増えると、漆業界は今よりもおもしろくなりそうです!
堤さん:漆をはじめとした伝統工芸を、職人だけの特別なものにはしたくないんです。異分野とコラボすることで、僕たちが思いつきもしなかった漆の用途や製品が生まれるんじゃないかと考えています。
生活に寄り添い、循環する漆
ーー堤さんのお話を聞いて、漆にはさまざまな機能と魅力があることがわかりました。最後に、これから取り組んでいきたいことについてお伺いできればと思います。
堤さん:経年変化をかっこいいと思う価値観が広がったら、世の中はちょっといい方向にいく気がしていて。「漆ってなんかかっこいいよね」と思ってもらえたら、例えば海を愛するサーファーがビーチクリーンをするように、「漆の木を植樹することって大切だよね」と思ってもらえるかもしれません。だから生活に身近なものを通じて、漆を自分ごとに捉えてもらえるよう取り組んでいきたいです。
ーーそれで自転車やスケートボードなど、生活の身近なものに漆を掛け合わせているんですね。
堤さん:僕は漆に対して、「満遍なく丸い」というイメージを持っていて。縄文のころから、人々は自生する力の弱い漆の木を自分たちの生活の周りで育ててきました。木を育て使いつなぐ。漆の技術を磨きながらつなぐ。漆の道具や器を修理して使いつなぐ。木の命や物を大切にする気持ちをつなぐ……。漆には昔から続く、そんな「営みをつなぎ、めぐっていく」大きな環のようなものがあるような気がしています。そんな漆が、自分たちから遠い存在だと認識され、なくなってしまうのは悲しい。だから世の中のおもしろい人たちと漆のある生活について考えていけたらなと。
ーー最近はどのようなプロジェクトを展開されていますか?
堤さん:海外で活躍するサーフボードシェイパーやプロライダーとコラボし、漆を使ったサーフボードやBMX映像を制作して、漆の魅力を発信しようとしています。古代ハワイアンが使っていたアライアという木のサーフボードがあって。そのアライアを作る世界的なシェイパー トム・ウェグナー氏の自然と人の関わり方に触れ、人と自然の関係を考えるアイコンとして漆のアライアを製作したいと思いました。
漆のアライアと、実際にライドしている様子。[*写真4点、すべて堤さん撮影]
堤さん:現代のサーフボードは、樹脂と発泡スチロールでできているので地球に還らないゴミになってしまいます。循環可能な素材でできている漆塗りアライア。オーストラリアの撮影では、人種をこえて漆の美しさとともに素材としての素晴らしさに多くの人に共感してもらえました。
ーーすごくおもしろいです。国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)がありますが、漆は昔から資源を循環させながら使い継がれてきたんですね。
堤さん:2020年の東京オリンピックに、サーフィンと自転車競技は新たな種目として選ばれました。漆を次世代に繋げていくためにも、今注目されているものと掛け合わせながら、新しい漆の使い方や表現の可能性を探っていきたいです。
ーー堤さんがどのように漆の魅力を発信していくのか、これからも注目しています!今日はありがとうございました。
(記事 : 北川 由依 / Photo : 木村 華子 *注:[堤さん撮影]表記の写真除く)
話し手:株式会社堤淺吉漆店 専務取締役
堤 卓也
京都出身。北海道大学農学部を卒業後、他業種を経て2004年、家業を継ぐためにUターン。2016年からは日本産漆を守るために「うるしのいっぽ」をスタート。小冊子を制作し、幼稚園や小学校漆器店などの配布するほか、工場見学なども行う。現在は、海外で活躍するアーティストとコラボし、エクストリームスポーツと漆を掛け合わせた新たな文化創出にも取り組んでいる。
堤淺吉漆店
インタビュアー:MTRL KYOTO・FabCafe Kyoto マネージャー
木下 浩佑
京都のカフェ「neutron」・東京のアートギャラリー「neutron tokyo」にマネージャーとして勤務したのち、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」ではクリエイターのワークショップや展示、企業や学校・自治体とのコラボレーション、Fabスペースの立ち上げなど館内企画を担当。2015年より株式会社ロフトワークにジョインし、クリエイティブラウンジ「MTRL KYOTO」では立ち上げフェーズから継続して店舗サービスのマネジメントと企画に携わる。2017年6月には、MTRL KYOTO 1階に「FabCafe Kyoto」をオープン。地域や専門領域を超えて交流や創発を促す”媒介”であることをモットーに活動中。
https://mtrl.com/kyoto/
https://fabcafe.com/kyoto/
編集後記(MTRL KYOTO 木下)
不定期連載『Dive into Material』、第3回は、MTRL KYOTO / FabCafe Kyotoからもほど近くの堤淺吉漆店さんにお邪魔して、工場見学をさせていただきながらお話をうかがってきました。
堤さんの自転車やスケボーは以前から普段使いされている(近所なので普通に乗って来てくださるのです)様子を目にしていてそれがとにかく素敵で、「漆かっこいい!自分のものも何か漆仕上げにしてみたい!」とかねがね思っていたところ。インタビュー後に、20年近く使ってきてぼろぼろになっていた自宅の包丁の持ち手に、漆を施してみました。はじめは、小さな頃から皮膚が弱いので「かぶれ」がちょっと心配でしたが、ゴム手袋をして作業すればなんのトラブルもなく作業完了。堤さんからのお話の通り、いちど知ってしまえばとても気軽な素材でした。また、身近になると同時に、美しく仕上げることの難しさや職人さんの細かな手仕事の凄さ、奥深さに、自ら手を動かしてみることで気づかされました。
スケートやサーフィン、あるいは音楽などのコミュニティでは、「かっこいい人、もの、スタイルへの憧れが、その人自身の暮らし、美意識の全体に行き渡っていく」という熱と共感から、シーンそして文化が醸成されていきます。自分自身が欲しいものを楽しみながらつくり、それがシーンのなかで魅力的なものとして仲間や他の人も巻き込んでいく。そんな堤さんと漆のあり方に、人間の根源的な「欲しい!」を生み出す力の原点を感じました。