企業・クリエイター・研究者 3つの視点で開拓するデジタル刺繍ミシンの新市場

プロジェクト事例 ― タジマ工業株式会社

プロジェクト概要

イベントと実機体験会をとおして、あたらしい市場を開拓

名古屋に本社を置くタジマ工業株式会社。1944年の創業以来、3,000機種を超える刺繍機を世界に送り出してきた、大手刺繍機メーカーです。タジマ工業が提供するデジタル刺繍ミシン「TAJIMA 彩- SAI-」は、プロフェッショナル品質かつ低価格のエントリーモデルとして、2017年に発売されました。

MTRLは、「TAJIMA 彩- SAI-」の新規購入層の開拓に際して、縫製工場など既存の業界以外へのプロモーションとして、ミートアップイベントの開催とFabCafe Kyotoでの6日間のハンズオン(機器体験イベント)を企画・実施。それまで接続し得なかった潜在顧客やパートナーとのタッチポイントを作り出しました。

MTRLの拠点であるFabCafeでは、様々な領域で活動するクリエイターや最新のトレンドに詳しいアーリーアダプター、世界を旅しながら働くノマドワーカーなど、各分野の最前線で活躍する多彩な人々が活動しています。彼らの生の声を集めることで、製品の検証や、新たな活用方法を見出すことに繋がりました。

プロジェクトの背景

刺繍をテーマに領域横断で新たな繋がりを生み出す

関西圏では主に大阪の顧客が多かったというタジマ工業。京都には刺繍業者が少ないため、今まで京都でのプロモーション活動をほとんど行っていませんでした。しかし、今回プロモーションを行った「TAJIMA 彩- SAI-」は、価格・サイズ・オペレーションなどの理由でこれまで導入できなかった層にも受け入れられるように、コンパクトに開発された新しいモデル。そこで、これまでアプローチしていなかった潜在顧客とのタッチポイントづくりや認知を拡大することが本プロジェクトの目的でした。

MTRLが提案したのは、「素材」を核に領域横断のコラボレーションやプロジェクトの種を生み出す場として企画しているシリーズイベント『Material Meetup Kyoto』を刺繍をテーマに開催すること。さらにイベント後の6日間、実際にカフェの店頭で刺繍ミシンのハンズオン(実機体験会)を行うことでした。ミートアップイベントでは、研究者やクリエイター、刺繍に関わる他の企業など、普段直接会ったり意見交換をする機会が少ない人との繋がりを作るとともに、ハンズオンでは実際の購入や活用に深く関わる潜在的な声を拾い上げることを目指しました。

Material Meetup Kyotoとは?

Material Meetup Kyotoは、毎回テーマとなる「素材」を中心に、ものづくりに携わるメーカー、職人、クリエイターが集まるシリーズイベント。たくさんのコラボレーションの種が生まれています。

アウトプット

「刺繍」を多面的に議論し、コラボレーションの種を見つけるイベント開催

2019年11月22日、FabCafe Kyotoにおいて「古くて新しい『刺繍』の可能性 – 糸によるサーフェスと質感のデザイン –」というテーマでミートアップイベントを開催しました。このイベントの目的は、「刺繍」を共通の切り口としながらも、異なる領域で活躍する専門家がそれぞれの立場から刺繍の可能性を語り合うことで、新たなコラボレーションの種や視点を得ること。そこで、企業、クリエイター、研究者の3つの視点からプレゼンテーションが行われることで、刺繍の可能性を多角的に議論する場を設計しました。

当日は、タジマ工業から最先端の技術についてインプットがあった後、元大手アパレルメーカーのインハウスデザイナーとしての経歴も持ち、テキスタイルの空間表現を実践するデザイナーの近藤 正嗣さんから、意匠性と機能性の2軸から刺繍を用いた表現の可能性が語られました。最後に、デザインリサーチャーであり京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab特任教授でもある水野 大二郎さんより、刺繍を巡る課題や社会的な展望を研究者の立場から問題提起され、様々なスケールや軸で議論が展開されました。

たとえば、水野さんのプレゼンテーションでは、「デジタル刺繍のテクノロジーにはイノベーションの可能性はあるが、現状ではいくつもの課題がある。ソフトウェアを解放し、ユーザーコミュニティを強化させることや、ソフトウェア自体のUX/UIを改善させる必要があるのでは?」という問いかけがありました。これは、「短期的には既得権益を侵害するように見えるかもしれないけれど、デジタル技術を用いた作る手段のオープン化は業界の既存の枠組みを取り払い、顧客層を増やし、結果的に市場を拡げることにつながるのでは」という、刺繍ミシン業界に止まらず、あらゆる日本のメーカーに対するメッセージでもありました。

当日はファッション / デザイン / 繊維素材に携わる実践者を中心に約80名が参加する熱気に溢れた時間となりました。また、ミートアップイベントをきっかけに、その後予定されていたハンズオンにも参加して実際に機器の使い方を学んだ方もいました。

 

イベントについては、ユニークな取組みとしてグローバルの業界紙「日本ミシン新聞社」が記事化。競合メーカーと機器スペック以外の話題で差別化が図れ、B2BのPR効果も得られました。

体験会で実際に触れながら議論することで、新たな活用方法を見出す

Material Meetup Kyoto開催後、6日間にわたってFabCafe Kyotoにおいてハンズオン(機器体験会)を開催しました。ここでは、実際に「TAJIMA 彩- SAI-」に触れ、操作方法を体験することで、運用するにあたって必要となる生きた知識が得られます。

イベントでさまざまなインスピレーションを得たり議論した後に体験会を実施することで、刺繍機の具体的な活用イメージを持ったユーザーとの接触機会をつくり、「TAJIMA 彩- SAI-」の販売につなげることを目指しました。また、担当者が常駐し、参加者が持ち込んだ素材への試作などをしながら、具体的な相談をじっくりと気が済むまでできる機会をつくることで、展示会や購入の場面だけでは分からなかった「TAJIMA 彩- SAI-」の性能やオペレーションの容易さを体験し、価格に対する納得感を得て貰うこともねらいのひとつでした。

6日間のハンズオンには学生やクリエイター、伝統工芸の職人など、29組の方が参加。1人あたりの所要時間が平均2時間程度と、どのハンズオン参加者も具体的な活用法を検討するとともに、和装関連の企業など、それまで何らかの理由で刺繍を加工の手段や研究領域の選択肢の中に入れられなかった方々がデジタル刺繍ミシンの取り入れ方や可能性を試しました。なかには、参加者から刺繍ミシンの新しい使い方が提案されることもありました。

Open Innovation Programについて

素材を核に、想いやビジョンに共感する仲間を探す

素材メーカーとクリエイターの共創を支援するプラットフォーム「MTRL(マテリアル)」は、素材メーカーのイノベーションを促進するプログラム「オープンイノベーションプログラム」を提供しています。今回支援したミートアップとハンズオンの企画も本プログラムのメニューのひとつ。短期間かつ予算の柔軟性のある施策をご活用いただくことが可能です。

これまでに培ってきた30,000人を超えるクリエイターネットワークと、数多くの共創プロジェクトの経験を活かし、素材業界のイノベーション創出をサポート。たとえば下記のような、さまざま素材や加工技術に関わる企業のご要望にお答えします。

  • 素材の新たな用途や販売方法の可能性を開拓したい
  • 従来の取引業界外の幅広い人たちに素材をアピールしてみたい
  • ユーザの声を直接知り、マーケット視点を取り入れたい
  • 顧客候補になりうる他社と気軽に繋がりたい
  • 「共創」に興味があるが、どうやって始めればいいかわからない

すべての産業の基盤となる素材産業。今、日本国内では製品サイクルの短期化や新興国メーカーの参入、積極的な投資などにより、コモディティ化が加速しており、競争力強化とイノベーション創出が急務です。そのためには、新たな市場の開拓や外部のクリエイターとの共創など、ともに活動する仲間を広げていく取り組みをしていくことが大切だと、ロフトワークは考えています。

ミートアップ、ハンズオン、ハッカソンやアワードなどを通して、想いに共感できる仲間を世界中に作っていくことができたら、従来のクライアントや競合相手などの関係とは異なる、共創パートナーを見つけていくことができるはずです。それはきっと、流行に流されない本質的な価値創造を目指すことができると、私たちは考えています。

プロジェクトメンバー

タジマ工業株式会社, マーケティング部 販促広報グループ
馬島 拓也

株式会社ロフトワーク FabCafe Kyoto ブランドマネージャー
木下 浩佑

京都府立大学福祉社会学部福祉社会学科卒業後、カフェ「neutron」およびアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャー職、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」の企画職を経て、2015年ロフトワーク入社。素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードにクリエイター・研究者・企業など多様な人々が集うコミュニティハブ「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画。ワークショップ運営やトークのモデレーション、展示企画のプロデュースなどを通じて「化学反応が起きる場づくり」「異分野の物事を接続させるコンテクスト設計」を実践中。社会福祉士。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。

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株式会社ロフトワーク, プロデューサー
新澤 梨緒

メンバーズボイス

“イベントには地元の企業、クリエイター、大学、素材メーカなど、多くの方々にお越し頂き誠に有難うございました。「刺繍」が従来の刺繍業以外の方(企業様やクリエイター、研究者の方)にどのように映るのか、またどのような活用方法を導き出せるのか、非常に楽しみにしておりました。実際イベントでは皆様から様々な質問や課題を投げかけ頂き、皆様が熱心に取組んで下さる事を感じたのと同時に、それに対するヒントやソリューションを提供できる絶好の機会になったかと存じます。

今後も京都も含め、様々な地域で同様の取組みを計画しております。「私たちの街でも刺繍イベントをやってほしい」との声もお待ちしております。コンパクト刺繍機「TAJIMA彩」は皆様のビジネスに付加価値をプラスできる様、日々ハード・ソフト共に磨きをかけておりますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。”

タジマ工業株式会社 マーケティング部 販促広報グループ 馬島 拓也

“はじめは『FabCafe Kyotoに「TAJIMA 彩- SAI-」を設置してみよう』という、タジマ工業さんとFabCafe Kyotoの緩やかなコラボレーションが、本プロジェクト実施のきっかけでした。その後、自分自身でも刺繍の試作や実験を繰り返し、FabCafe Kyotoに訪れるつくり手のフィードバックも受けるなかで、「小型ながらプロユースの製品クオリティ」と「初心者でも簡単に扱えるソフトウェア」という「TAJIMA 彩- SAI-」の独自性に強く魅力を感じることになりました。

本プロジェクトでは、そんな「TAJIMA 彩- SAI-」からインスピレーションを受けて、既存の工業用刺繍ミシン市場の “外” における刺繍テクノロジーのニーズを探すことを試みています。ミートアップとハンズオンは、当初の予想を超えて、具体的なビジネスの要望や期待の声が多数集まる機会に。イベントでの「熱量をもった生の声」が、刺繍ミシンのイノベーションの発火点になることを期待しています。”

株式会社ロフトワーク MTRL ディレクター 木下 浩佑

“ミートアップとハンズオンの期間で、マーケティング部のみなさまがハツラツとした表情で参加者との会話を楽しまれていたことが印象的です。「TAJIMA 彩- SAI-」をわたしたちでも使ってみることで見えた訴求ポイントを、いかに、誰に向けて、伝えていくのか、設計段階での検討を重ねていきました。今回の取り組みがタジマ工業さまの中での良い成功事例となって、今後の新たな展開につながっていくことを、今からとても楽しみにしています。”

株式会社ロフトワーク プロデューサー 新澤 梨緒

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