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町工場の危機を救った「技術を物語る」名刺ケース:FABRICATE vol.1「精密板金」編 レポート

板金加工とは?

まずはこの「FABRICATE」をFabCafeと共に企画しているモデレーターの瀧原慧氏から、改めて板金加工という技術の説明がありました。「金属の折り紙」とも例えられる板金加工。ステンレスのシンクや扉のついたロッカー、エレベーターにも板金加工の技術が使われています。使われる材質はステンレスと鉄が多数を占めますが、用途に応じて他にもアルミ、真鍮、銅、チタンなどが用いられます。

CAD・CAMによる製図から、ブランクと呼ばれる抜き加工、必要に応じて曲げや溶接を行い、仕上げに表面処理を施すというのが板金加工の主な工程です。ブランク加工にも方法はいくつかあり、挟み込んで切り落とすシャーリング加工、グラフィックデータに沿ってレーザーを照射するレーザー加工、ターレットパンチプレス(タレパン)という、金型を使って抜く加工方法もあります。これらは加工部品の必要数量や加工特性によって使い分けられています。

自社の技術を物語る技術サンプル「FLIP」開発プロジェクト

ここからは、精密板金をよく知るプロフェッショナルを迎えます。一人目のゲストは、海内工業株式会社 代表取締役 海内美和氏です。海内氏が入社した2008年、当時の海内工業は主力1社グループの売上に支えられる完全下請け会社でした。しかし売上は2015年を境に右肩下がり。あらかじめ予測されていた事態ではありましたが、会社の存続危機には変わりありませんでした。

その状況に一矢報いるべく2012年に立ち上げられたのが、名刺入れ「FLIP」開発プロジェクトです。コンセプトは「海内工業の技術を物語る技術サンプル」。新規顧客を求めて売り込みに行く必要があったものの、受託100%の同社には売り込む商品がありませんでした。そこで、海内工業の技術の粋を集めた自社製品を持ち歩き、同社の技術の高さを文字通り「物に語って」もらおうと作られたのがFLIPです。

FLIPは、蓋がヒンジを支点に斜めにスライドする、スポーツカーのようなスタイリッシュな名刺入れです。蓋と本体の嵌め合いの隙間は約0.1mmに抑えられており、かばんやポケットの中で蓋が勝手に開くことはありません。本体には汎用の金型では実現できない深曲げ加工に加え、板材が元の形状に戻ろうとするスプリングバックを抑える加工も施されています。また、蓋と本体の曲げ角度がぴったり合っているため開閉はスムーズ。側面の見事なツライチなど、細部の美にもこだわりが窺えます。

これだけ高度な技術を盛り込んだ製品を世に送り出すことができるのは、高品質なものづくりを実現している現場の体制があればこそ。受託で製造しているのは機械の心臓部、駆動部に使われるメカ部品が中心で、高い加工精度が求められるものばかりです。そのため、海内工業では加工者にも検査者と同等のチェックスキルが課せられており、製造現場でも全員がノギスとハイトゲージの両方を使いながら部品を製造しています。

海内工業の例にもあるように、製造業界では今、大手メーカーの下請けに頼る構造が崩壊しています。「社会全体でものづくりの構造が変わっていく中で、ただ待っているだけではやっていけない。企業規模を問わず、今後どうしていくべきか考えていかなくてはならない」(海内氏)と警鐘を鳴らしプレゼンテーションをまとめました。

工場の強みを引き出す第三者の視点、デザイナーの重要性

もう一人のゲストは、海内工業と共にFLIPプロジェクトに携わったプロダクトデザイナー齋藤秀幸氏です。FLIPの事例を通じて、技術者とデザイナーがコラボレーションする際の注意点をお話しいただきました。

齋藤氏はデザイン事務所BRANCHのメンバーとしてFLIPプロジェクトに参加しました。デザインを考える上で重視したのは、技術サンプルとして機能する、精度の高く難しい構造の見せ方です。名刺交換など対話の場で話題にしやすいものという観点で、ガルウィングのように斜めに開く、インパクトのある名刺入れを考案しました。

まずはコンセプトを共有するため、紙で試作品を作成。その後にCGで実際の寸法や最終イメージを共有しました。スケッチや試作、CGはあくまでイメージ共有のための補助で、実際に作るには図面や3Dデータが必要です。板金加工では主に2D図面が用いられますが、樹脂成形や金型工場の場合はソリッドデータが重宝されます。「工場で生産したいけれど、3Dデータの作成が苦手」という方はまず工場に相談しては、と齋藤氏は提案します。「(vol.0に登壇した)安久工機のように、試作を得意とする業者に依頼すると間に入ってもらえることも」(齋藤氏)。

製造業にもさまざまな工場が存在し、それぞれ精度の高さや得意とする技術に個性が出ます。それを活かしてFLIPのような独自の製品を作ることで、他社からの発注に左右されないメーカーとしての売上が見込めると同時に、技術サンプルとして新しい仕事を呼び込むことが期待できます。この2つの方向性は必ずしも一つに絞る必要はありませんが、どちらに重きを置くか方針がぶれるとコスト計算が破綻することがあります。最初からある程度の方針を定めておくことは必要でしょう。

デザイナーのような外部の視点は、自社の強みがどこにあるのかを見出すのに有効です。工場では当たり前の作業でも、大きな価値を持つ技術はたくさんあります。それをどの方向に活かすかは、デザイナーの個性や相性が表れるところです。

もちろん、デザイナーに依頼するにはコストがかかります。技術サンプルとして作る場合、商品ではないため直接的な売上にはならず、かかるデザイン費はすべて初期コストに計上されます。商品化しメーカーとして製造販売する場合は、デザイン費を抑えて、売上の数%をロイヤリティにするという契約方法も考えられます。プロジェクトの内容や規模によって状況は異なるので一概には言えませんが、初期投資を抑える必要がある際には検討したいところです。

メーカーとして販売品を製造する際は安全面にも気を配る必要があります。PL法(製造物責任法)という法律が制定されており、製造物の欠陥により人に損害、障害が生じた場合には製造者に責任が生じます。不慣れな分野で商品開発をする際はこうした制約やルールについても事前によく調べ、専門家などその道に精通する人と一緒にプロジェクトを進めるのがよいでしょう。

「デザイナーと工場による取り組みにはどちらか一方だけでは生まれない醍醐味もある」と語る齋藤氏。デザイナー側の視点が語られる貴重なプレゼンテーションとなりました。

協働の鍵は「自分たちの理想像を描き、覚悟をもって臨むこと」

後半にはゲストのお二方に揃っていただき、モデレーターの瀧原氏、FabCafe Tokyoの金岡と共にクロストークを行いました。

今回のFLIPプロジェクトにも代表されるように、他社や異業種とのコラボレーションにも積極的な海内工業。ネットワークを広げるための具体的な方針や施策について尋ねたところ、海内氏からは意外にも「施策はない」との回答でした。今の積極的なアクションは1社グループの下請け体制の崩壊が起点になっている、と海内氏。「目に見えて誰もが危機を感じた。事業体制が変わっていなければFLIPもなく、外に目を向けることもなかったと思う」と振り返りました。

折しも当時はメイカームーブメント。週末を利用してさまざまなワークショップに参加し、ネットワークを広げていったそうです。「8年前からやってきたことが今に繋がっている。今の繋がりや口コミは足で稼いだ賜物です」(海内氏)。

近年はものづくりの世界に限らず、さまざまなジャンルでコラボレーションが盛んですが、必ずしも成果や利益に結びつくとは言えず、最初の一歩を踏み出せない事業者も少なくありません。協業やコラボレーションについて、どのように考えているのでしょうか。

海内さんは「現状に満足していないのであれば、自分たちがどうなりたいかを描くのが大事。そこがすべての始まり」と言います。コラボレーションはあくまで選択肢の一つと語り、ビジョンに繋がりそうなアクションについては実践を勧めました。一方で覚悟を持って取り組むことも強調。自社での取り組みが結実するまでに10年近くかかった経験を踏まえ、長期的な視点と体力の重要性を説きました。

一方、プレゼンテーションの中で精密板金の他にもさまざまな素材や加工技術の事例を紹介した齋藤氏。自身はデザイナーでありながら、どのように知識を蓄積したのでしょうか。実績を作る前に知識をインプットするにはどうすればよいのでしょうか。

齋藤氏は今でこそ豊富な実績や経験を元にさまざまなプロジェクトを手がけられていますが、「初めは全然詳しくなかった」と振り返ります。氏の推奨するインプットのコツは「実際の技術を現場でたくさん見ること」と至ってシンプル。家具メーカーに勤めていた頃から工場と繋がる機会が多く、さまざまな加工技術に触れることができたことが今の仕事に活きているのだそうです。「たくさん見て、特徴や良い点を分析しながら自分なりに他の工場と比較してみる」(齋藤氏)ことを提案しました。

板金加工の基礎知識という点では、海内工業が「BANKIN GUIDE」という自社メディアを展開しています。板金加工の特徴から素材の選定、コストカットや納期短縮のポイントまでわかりやすく解説しているので、関心のある方はぜひご覧ください。

デザイナー側が知識を持つことや工場側がノウハウを提供することも大切ですが、「クリエイターと町工場を繋ぐ相談の場があるとコラボレーションもスムーズになるのでは」という議論で終盤は盛り上がりました。FabCafeがコーディネーターのような役割を今後担えれば、と本イベントの展望にも繋がる形でイベントは終演しました。

引き続き、加工技術を幅広く取り上げ学べるイベントとして「FABRICATE」を開催していく予定です。今後の活動にもご期待ください。

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