- Project Report
ものづくり地域・中部地方の、共創的な連帯をデザインする 「Design Collective Tokai」
コレクティブなアプローチで、地域のものづくり産業が持続的に発展する基盤をつくる
世界でも有数のものづくり産業集積地域である、中部地域1。これまで自動車・航空機産業を中心に発展してきた同地域ですが、昨今の若手人材不足やデジタル化の潮流、消費者の嗜好・ライフスタイルの目まぐるしい変化への対応など、ものづくり事業者がこれからの時代を生き残るための課題が山積しています。
ロフトワークは経済産業省中部経済産業局が実施する「商標及び意匠の戦略的活用によるブランディング構築支援事業」に採択され、中部地域のものづくり事業者、クリエイティブ人材、生活者が交わり発展することを目指す「Design Collective Tokai」を展開。ワークショップを起点として、「デザイン経営」2や「デザイン思考」の手法、知財戦略を含むリブランディングのノウハウをインストール。さらに、FabCafe Nagoyaでの展示とカンファレンスを通して、多くの人が関わりあう「場」を設計しました。
これらの取り組みを「コレクティブ・インパクト」3へと昇華し、事業者やデザイナーの中長期視点での連携を促進した、プロジェクトの裏側に迫ります。
聞き手・編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)
執筆:石部 香織
写真:村上 大輔
1 本プロジェクトでは、愛知県、岐阜県、三重県、富山県、石川県が対象
2 経営に「デザイン」の力を効果的に活用し、ブランド構築やイノベーション創出につなげる考え方
3 単独組織ではない集団が、共通の課題解決のために活動するスキーム
登場する人
小岩井 陽介 /(写真中央) 経済産業省中部経済産業局 地域経済部 産業技術課 知的財産室 知的財産係長 (特許庁 商標審査官)
井田 幸希/(写真左)株式会社ロフトワーク FabCafe Nagoya CMO 。東海エリアに軸足をおきながら、ものづくり企業や技術特化型企業とともに「デザイン経営」を実践している。本プロジェクトではプロデューサーとして参画。
宮本 明里/(写真右)株式会社ロフトワーク Layout Unit ディレクター。本プロジェクトではプロジェクトマネジメント、クリエイティブディレクションを担当した。
1社ではクリアできない課題に立ち向かう
ーー 本プロジェクトが始まった背景について教えてください。
小岩井さん(以下、敬称略) 中部地域、中でも愛知・岐阜・三重の東海3県は、自動車・航空機関産業の集積地域です。これまでは大量生産・大量消費の時代の中で、それぞれの企業が売り上げや利益率を追い求めてきました。しかし、世界規模で社会が変化し続け、さらにコロナ禍も加わった今、従来どおりのやり方では成長や安定が見込めなくなっています。
また、これらの産業に特徴的な、親企業と下請け企業のピラミッド構造に起因する課題もあります。これまで、中小企業は親企業から指示された部品を企画書どおりに設計してればよかったのですが、今やグローバルな価格競争にさらされ、親企業の内製化も進み、いつ需要がストップするかわからない。多くの企業はここで一度立ち止まり、「自分たちが本当に提供できる価値や強み」を見直しつつ、生存戦略を模索している状況です。
ーー そこで、ものづくり企業に対して「デザイン経営」や「デザイン思考」の手法を含む、ブランディングのノウハウを伝えることが必要になったのですね。
小岩井 はい。私たち中部経済産業局の知的財産室の仕事は、地域の事業者のみなさんにビジネスにおけるデザインの意匠権やロゴ、ネーミングの商標権の重要性を伝えることです。過去にも、企業向けに勉強会を開催してきました。しかし、参加した事業者の方々が、そこで学んだノウハウをなかなか実践できない、という悩みがありました。
井田 企業が新しいことに取り組む際によく課題となるのが、人材や資金が不足していたり、社員のマインドセットが世の中の変化に追いついていないという状況です。つまりは、1つの企業の中だけでやれることには限界があるのですよね。
ものづくり企業の中で活躍する方達は、高い技術力を持つ一方で、企業外・業界外の人材に出会ったり、新しい視点を得る機会が少ないんです。そこで、今回の支援事業では、組織を超えて企業やクリエイターが入り混じりながら、共にものづくりに取り組めないかと考え、「コレクティブ・インパクト」というコンセプトにたどり着きました。
「コレクティブ・インパクト」というのは、今、世界的に注目を集めつつあるスキームで、様々なプレイヤーが集うコミュニティによって、物事をオープンに考え発展させていく枠組みです。今回のプロジェクトでは、参加したみなさんに知識をインストールするだけでなく、組織を超えた課題解決に向けた「大きな連携」を生むことを目指しました。
小岩井「コレクティブ・インパクト」は、素晴らしい提案でした。私たち行政機関においても、自組織の内部だけでは解決できない課題があります。企業や自治体、支援機関とのネットワークを作り、取り組みを地域に広げていくというコレクティブなアプローチこそが、今の私たちに必要なものだと感じました。
ワークショップを起点とした、知識の獲得にとどまらない実践的プログラム
プロジェクトのタイムライン
2つのワークショップを起点に、パッケージデザイン開発・展示へと進めていくステップ
ーー5ヶ月間でどんなことを行ったのか、プログラムの内容を教えてください。
宮本 起点となったのは、中部地域のものづくり企業とクリエイターを対象とした、2つのワークショップでした。一つは、これまでBtoBの技術力を強みとしてきた企業に、体験デザインの視点を取り入れながら、BtoCの商品開発力をインストールする「ブランディングワークショップ」。もう一つは、OJTとして企業とクリエイターが一緒に商品・サービス開発のプロセスを行う「デザイン思考ワークショップ」です。
続いて、「ブランディングワークショップ」に参加いただいた企業の中から2社を選定し、その先のプロセスに進みました。具体的には、クリエイターとの混合チームを結成し、既存プロダクトのパッケージのリデザインとその試作、そして成果展示や想定卸先へのヒアリングなどの販路開拓まで支援を実施しました。
井田 販路開拓に関しては当初のプロジェクト要件にはありませんでしたが、宮本が「ここまでやらなければプロジェクト以後の変化は起きない」と考えて設計に入れ込みました。
小岩井 より課題の本質にアプローチできるよう、仕様書の大枠から逸れない範囲で新しい提案をしてもらえたので、想像以上の成果が生まれたのだと思います。
ーー 要件にはなかった『Design Collective Tokai』のロゴも制作しました。なぜ、ロゴが必要だと思ったんですか?
根が養分を吸って花になるような「成長」を表すと同時に、点で表された「個」が集まることによって、花が咲いていくという意味が込められたロゴ。ロゴタイプ・VIデザイン:岡本昌太(TARROWS)
井田 「デザイン・コレクティブ」が今年度の我々のプロジェクトに限った活動ではなく、中部地域で今後起こっていく大きな動きだと示すには、シンボルが必要だったからです。旗印があることで、活動に心を寄せてくれる人が増えるといいなと。
宮本 実際、ロゴがあることで「コレクティブ」の概念を理解してもらいやすくなりましたし、活動がシェアされやすく、参加者の記憶に残りやすくなったと感じます。
小岩井 「デザイン経営の考え方を根付かせる」という私たちの活動は、まさに、花の種を播き、水をやるようなもの。その継続を後押ししてくれるような、120点のロゴだと思いました。
企業とクリエイターの相互理解を醸成する
ーー 企業とクリエイターという、普段接点のない人同士で共創するにあたり、両者がフラットな関係でいるためにどのような工夫をしましたか?
宮本 色々あります。例えば、くじ引きでワークショップのチーム編成を決めたこともその一つ。当初は、クリエイターの強みと企業の課題をマッチングさせることも検討しましたが、それではいつもの仕事の延長上の発想しか生まれない。型にはまらない発想を生み出すために、あえてランダムなやり方でチームを組みました。
また、参加者どうしが「クライアントと請け先」ではないフラットな関係を作れるよう、プログラムに様々な仕掛けを入れました。例えば、ワークショップ前のアイスブレイクとして、参加者全員で紙飛行機を作って会場前の芝生で飛ばしたり。これは結構、盛り上がりましたね。
小岩井 とにかく、最初から最後まで和やかな雰囲気でした。参加者が意欲的だったことはもちろんですが、会場がFabCafe Nagoyaというオープンな雰囲気の空間だったのが良かったのではないかと思います。堅い印象の会議室では、なかなかそういう空気にはならないですから。
宮本 参加した皆さんに柔軟な気持ちで臨んでいただけたこともあり、満足度はすごく高かったようです。皆さん、プログラムが終わった後になかなか帰ろうとしないんです(笑)。会場に長く残って、話し込んだりしていました。
小岩井 私たちも、企業の方たちから「参加できてよかった」という連絡を多く受け、「デザイン」の意義が伝わったことに喜びを感じました。
宮本 企業がクリエイターから受け取ったのは、制約条件に縛られない、全く新しい発想。クリエイターが企業から受け取ったのは、今まであまり触れることがなかった「企業のリアルな課題」です。デザイン思考の知識を得ること以上に、クリエイターと企業担当者が出会い、お互いの立場を理解し合えたところこそが価値だったのかもしれません。
「作って終わり」にしない。販路獲得まで支援し商品化につなげる
井田 こうしたデザイン思考を取り入れた勉強会やOJTといった取り組みは、往々にして「プロトタイプして展示会して、おしまい」になりがちですよね。でも今回は、プログラムで開発したパッケージを実際の売り先までつなげて、商談まで後押ししました。
宮本 プログラムを設計した際に、開発したパッケージのプロトタイプに対して、想定している売り先から何かしらの反応を得るところまでを実施したいと考えていました。検討が進んでいたチームは、想定していた卸先に直接ヒアリングする機会を設けることで、生の声を聞くことができたことに手応えを感じています。まだ商品化には至っていませんが、今後もヒアリング先との積極的なやりとりを通して実現できればと考えています。
ーー 約半年間という限られた期間の中で、売り先まで考えられた秘訣はどこにあるのでしょうか。
宮本 商品・パッケージ開発プログラムにおいて、ゼロからブランディングに取り組むのではなく、今あるパッケージのリデザインに焦点を置いたことが功を奏しました。取り組む課題を絞ったからこそ、ターゲットや販売方法などまでじっくり議論でき、具体的な販売戦略にまで話を持っていくことができたのだと思います。
ーー 『Design Collective Tokai』の、一番の成果を教えてください。
小岩井 どれが一番かと言うのは難しいですね(笑)。ただ、2社のパッケージ開発を成功させ、活動継続への道標ができたことは大きいと思います。中部地域の企業には、「隣がやっていると、自分もやりたがる」性質があるので、今回の成功事例が「うちもやってみようか」とアクションを起こすきっかけになるかもしれません。
私たち行政機関としても、企業やクリエイターとのネットワークを広げられたのは大きな一歩でした。この取り組みはこれからも推し進めていきたいですね。
井田 中部地域におけるコレクティブの仕掛けをこの1年で作ることができたので、2・3年目は、関わってくれる人が増えて、コンテンツが充実すると良いですね。ロフトワークが介入せずとも、自発的に人々がつながり物事が生まれていくエコシステムを構築できることが理想です。
小岩井 中部地域には、そのポテンシャルが十分にあると思います。Design Collective Tokaiのロゴに表現されたように、数年後にはこの取り組みが根付いて、花を咲かせてくれるといいですね。
井田 他地域からも注目され、「中部地域って、面白いことがどんどん生まれているよね」「自分たちも、何かできるかも」と、ムーブメントになることを期待しています。
ーー 本日はお話しいただき、ありがとうございました。
プロジェクト概要
- クライアント: 経済産業省中部経済産業局
- 支援内容: 商標及び意匠の戦略的活用によるブランディング構築支援事業
- プロジェクト期間: 2020年11月〜2021年3月
- 体制:
プロデュース: 井田 幸希(株式会社ロフトワーク, 株式会社FabCafe Nagoya)
プロジェクトマネージャー: 宮本 明里(株式会社ロフトワーク)
クリエイティブディレクション: 宮本 明里、近藤 理恵(株式会社ロフトワーク)
デザイン思考ワークショップ設計・講師: 伊藤 望(株式会社ロフトワーク)
ブランディングワークショップ講師: 安藤 竜二(株式会社DDR)
知財講師: 松井 宏記(レクシア特許法律事務所)
パッケージデザイン開発: 林 弘之(株式会社 岐阜県商品開発研究所)、安藤 竜二(株式会社DDR)
ロゴデザイン: 岡本 昌太(TARROWS)