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[Event Report] Material Meetup TOKYO vol.16「床材の可能性の拡張を考える」

本記事は、2023年10月23日に開催されたMaterial Meetup TOKYO vol.16「床材の可能性の拡張を考える」のレポートです。(text : 吉澤 瑠美)

デザイン、そして機能性。床材が変われば心地良さが変わる


床材は、長きにわたり人々の文化や暮らしとともに変化してきた、私たちの身体感覚に直接訴えかける建材です。デザインや機能性だけでなく、近年ではサステナビリティやウェルビーイングという視点からもその可能性が注目されています。2023年10月23日に開催したMTRL Meetup TOKYO vol.16では「床材の可能性の拡張」に目を向け、4名のゲストとともに議論を深めました。

今回のゲスト
信州大学 繊維学部先進繊維・感性工学科 木村 裕和さん
MMA Inc. 工藤 桃子さん
堀田カーペット株式会社 堀田 将矢さん
株式会社国枝 國枝 幹生さん

▼開催概要:Material Meetup TOKYO vol.16「床材の可能性の拡張を考える」
https://mtrl.com/tokyo/event/231023_material-meetup-tokyo-vol-16

床材の可能性の拡張を考えてみる

床材は、人々の文化や暮らしの変化を共にしてきた建材であり、木材、石材、樹脂、テキスタイルベースのものなど、様々な床材が存在します。現在、人々の暮らす社会が求める価値はデザインや機能性からサスティナビリティやウェルビーイングなどの観点、さらにはメタバースなどを用いた空間体験の拡張の可能性など、新たな概念が日々更新され続け、私たちの生活に定着しようとしています。近い未来に、現実に踏みしめている床材とバーチャルの中で感じている床材が異なるという時間も発生しうるかもしれません。

長らく住宅における素足文化を守ってきた我々にとって、今後床材の心地良さはどのように暮らしに影響していくのでしょうか。

私たちの暮らしの中のベースを支える「床材の可能性の拡張」という観点から、床材を中心とした素材の可能性を議論しました。ゲストには、科学的視点、データでみる繊維製床敷物の歩行性や快適性について研究されている信州大学の木村裕和さんと、建築家で、素材への関心・視点をビジュアライズしたメディアも刊行されている工藤桃子さん、そして国内での普及率が全盛期から大きく縮小した床材であるカーペットと畳、それぞれの素材で床材の価値の更新を模索し、製品作りを行う床材メーカーの代表をお招きして、トークセッションを行いました。

オーガナイザー:株式会社ロフトワーク MTRL 村元 壮

専門家と消費者の「良いカーペット」は同義だろうか?

信州大学で繊維工学について研究し教鞭をとる木村 裕和さんは、「良いカーペット(繊維製床敷物)」の定義に対して問題提起をしました。

信州大学 繊維学部先進繊維・感性工学科 木村 裕和さん

カーペットの快適性評価についてはヨーロッパで国際規格が定められており、パイルの長さと質量、パイルの本数から評価が数式化されています。ただ、往々にして日本の家庭では靴を脱ぎ素足でカーペットの上を歩くのに対し、ヨーロッパでは自宅でも靴を履いて生活する人が大半です。カーペットの使い方が異なる場合、同じ基準で快適性を評価できるのでしょうか。

日本カーペット工業組合では7名の組合員が快適性についてSD評価を行い、ヨーロッパの国際規格による評価と比較しました。その結果、非常に高い相関関係が表れ、おおむね同じ評価であることが分かりました。

木村さんはもう一点、「消費者、特に女性消費者も同じ基準を持つのか」という問いを掲げました。多くの家庭の場合、インテリア製品の購入には女性の意見が多く取り入れられるためです。そこで木村さんは、大学の女子生徒を対象にSD評価を実施しました。

すると、女子生徒たちの評価と国際規格による評価の相関係数はほぼゼロに等しく、まるで相関関係が表れませんでした。専門家の評価と一般消費者の評価はまったく異なる可能性が出てきました。

では、業界内の女性であればどうでしょうか。日本を代表するカーペットメーカーの女性事務社員を対象に同様の試験を行ったところ、女子生徒よりは国際規格との相関が見られたものの「相関がある」とは言いがたい結果に。むしろ女子生徒と女性社員の評価の間に、非常に高い相関関係が見られました。

木村さんは「専門家と一般消費者では評価が異なると考えられる」と結論づけ、加えて、「専門家の評価と消費者のニーズが一致しているかどうかは疑問が残る。この機会に皆さんと議論したい」と呼びかけました。

ラスコー洞窟に学ぶ空間体験と、素材がもたらす機能や表現

MMA Inc. 代表 工藤 桃子さん

設計事務所を主宰する工藤 桃子さんは、「床ってそもそも何だっけ」と切り出し、ラスコー洞窟を例に挙げました。ラスコー洞窟は知られる限り人類最古の生活空間ですが、当時は床・壁・天井すべてが同じ素材でした。工藤さんは人類が感じた快適さのルーツに倣って、「床・壁・天井を同じ素材で揃えた設計をしばしば提案している」と紹介します。

床材にフォーカスして考えたとき、第一に選定基準として挙がるのは機能面です。ガラス製の商品を多く扱うジュエリーショップの設計では「落としても不安を感じない床にしてほしい」というオーダーを受け、クッション性のあるエポキシ樹脂塗装の床材を提案しました。元の床の凹凸が透けて見えるのも味わいが出て良い、と高い評価を得たとのこと。

スキンケアブランドの体験型ショップを提案した際には、床が濡れても違和感のない素材としてタイルを敷くことを提案。ただ、一般的なタイルは形状が統一されており無機質な空間になりやすいため、タイル職人に一枚ずつ割ってもらい、不揃いなタイルを敷き詰めました。

ウイスキー蒸留所のテイスティングラウンジでは、椅子を引いたりグラスを持ち歩いたりという動きが付き物です。そこで工藤さんは、音を立てにくくメンテナンス性にも優れているという観点から、床と壁にオーク材のフローリングを採用。一方、インスタレーションを展示する空間には現地で採れる白い石を敷き、表現の場としてデザイン性の高いものになりました。

工藤さんの主宰するMMA Inc.は10年、20年と長く使われる建築を目指しており、その一環としてジャーナル『MMA fragments』を発行しています。「素材をより深く知れば愛着も湧くはず」という考えのもと、全国の産地で工藤さんが実際に見たもの、聞いたことをフラットに伝えることを意識しているそうです。産地で感じたことは設計にも反映されているとのこと。ジャーナルと実際の建築を照らし合わせながら空間を味わうのも楽しそうです。

MMA fragments

ウィルトンカーペットを起点に発信する空間体験

日本で生産されるカーペットの80%を占める一大生産地、大阪府。和泉市でウール素材にこだわったものづくりに取り組む堀田カーペットは、日本でウィルトンカーペットを製造する数少ないメーカーです。

HOTTA CARPET / CONCEPT MOVIE on Vimeo 

市場に流通するカーペットの99%は、布の上に針で糸を刺していく、いわば刺繍のような製法で作られています。代表格がタフテッドカーペットと呼ばれるもので、パイルカーペットはほぼこの製法です。

ウィルトンカーペットと同じく織物で有名なのはペルシャ絨毯です。1960年代までは織物が主流でしたが、70年代には産業技術の進化により一気にタフテッドが市場を席巻。今や織物カーペットは日本のカーペット生産量の1%未満と言われています。

堀田カーペット株式会社 代表取締役 堀田 将矢さん

しかし、羊はご存じの通り屋外で暮らす生き物。ウールの強みは汚れが付きにくく落ちやすい点にあります。堀田さんは良いカーペットを「長く美しく使えるもの」と定義し、耐久性に優れたウィルトンカーペット作りを追求しているのだそうです。

堀田さんは新たな切り口でカーペットを伝える挑戦をしています。たとえば「WOOLTILE(ウールタイル)」は自由に広さを変えられるタイル型のウールカーペット。特別な工具を必要とせず、敷き詰めるのもDIYでできます。また、住むことそのものが自社の提供価値であると捉え、Webサイトでは手入れのノウハウなどカーペットにまつわる情報を発信しています。

現在は「カーペットによって得られるものは体感しないと分からない」として、宿泊施設を建設中。カーペットだけでなく、タイルや手漉き和紙、漆塗りなど、素材や工芸にこだわった総合的な空間体験の提供を企画しています。

加えて、踏み心地の良し悪しを科学的に解明する産学連携プロジェクト「CrafTouch(クラフタッチ)」では、踏み心地を疑似体験できる装置の開発に挑戦。堀田さんは「これをどのように社会実装できるかが今後の課題」と展望を語りました。

踏み心地を考える最先端の事例に対しては懸念も。モデレーターを務める村元は「疑似体験できるようになると、実際の床材が売れなくなってしまうのでは?」と尋ねます。堀田さんは「新しい技術の獲得は、市場を失う以上に大きな可能性を秘めていると思う」と回答。未来への期待を感じるとともに、現状への危機感の強さもうかがえました。

採寸・加工技術の向上で畳の可能性を拡張する

株式会社国枝 國枝 幹生さん

最後に登壇した、岐阜県揖斐郡で畳製品製造・販売を行う株式会社国枝の國枝さんは畳の伝統を守り続けながらも、最新の技術を取り入れた、新しい畳文化の創造を行っています

和室と言えば畳。同じ間取りの部屋でも寸法が異なることがあり、畳はその部屋だけの一点ものです。畳は現場で加工することができないため、事前の精密な採寸が求められます。

部屋の採寸技術、畳の加工技術を高めてきた株式会社国枝の主な顧客は、全国の畳店やハウスメーカーです。加工に関しては、サンプルカッターやNC旋盤などを導入することで特殊な寸法や複雑な形状の切り出しを行っています。これまでにも色の違う畳を嵌め込んで畳にイルカ型の絵をあしらったり、段差のある空間で模様を揃えたり、畳の個性的なデザインを実現してきました。

技術はデザインだけでなく機能面でも活かされています。東京の建築設計事務所noiz arcitectsと開発したヴォロノイ畳《TESSE》は、ヴォロノイという自然界に存在する幾何学模様で組まれた畳です。この形状・配列で組むと畳同士が干渉し合い、強度も高まります。

ユニークな施工例として、国枝さんは旅館の大浴場に畳を敷き込んだ事例を紹介。また、芸術家とのコラボレーションで部屋中のものを畳で作り込むという挑戦にも積極的に取り組んでいます。

それでも畳の需要は減少する一方で、い草の作付面積はピークの5%以下まで落ち込んでいます。国枝の技術は畳店へ惜しみなく提供されているものの、業界への浸透には課題が山積しているとのこと。「まずは畳の利用機会を増やすのが大切。みなさんにも畳のある暮らしを検討してほしい」と訴えかけました。

大浴場への施工事例には登壇者も興味津々で、木村さんは浴場で畳が採用された理由を「転んでも怪我しにくい点が評価されたのでは」と推察します。国枝さんも「具体的な理由は分からない」としつつ、「滑って転ぶようなケースが背景にあったのかも」と答えました。浴場全体の床材を張り替えるには一定期間の休業が必要ですが、畳なら短期間で実装できます。また、「今回の施工で採寸が完了しているため、CADデータがある。新しい畳への差し替えが簡単なのはフルオーダーの長所」と補足しました

「畳の快適さに最近気づいたばかり」と言う工藤さんは、「い草の間に髪が絡まるのではないか」と浴場でのメンテナンスについて尋ねました。ゴミが入り込まないよう裏面を全面接着するなど可能な限り工夫はしているものの、「衛生面は日々の清掃に尽きる」と国枝さん。最終的には廃棄、もしくは入れ替えになるという点も含め、「長所と短所、どこを取るかという考えで商品開発をした」と解説しました。

次回に繋がるアジェンダを残してタイムアップ

思わず会場全体が聞き入ってしまうほど各登壇者のプレゼンが白熱するあまり、登壇者と参加者とのディスカッションを残して、イベント自体は終了を迎えました。しかしその後も会場には多くの参加者が残り、登壇者や参加者同士で熱心に意見を交換が行われ、中には畳の購入を検討する人の姿も見られました。

参加者からの頂いたイベント後のアンケートでは、「素材や業界の垣根を超えて見聞を広める必要性を感じた」、「想像していなかった様々な視点での床材を考えるアプローチが刺激になった」などの声があり、本イベントの企画者であり、当日のモデレーターも務めた村元は、「今回は床材がテーマだったが、今後もいろいろな切り口で、他業種、他素材を絡めて、様々な建材の可能性を考えていくきっかけになった」とイベントを振り返りました。

Material Meetup は、「素材」をテーマに、ものづくりに携わるメーカー、職人、クリエイターが集まるミートアップ。

新しい領域でのニーズや可能性を探している、「素材を開発する」人
オンリーワンの加工技術をもつ、「素材を加工する」人
持続可能な社会を目指して、「素材を研究する」人
機能や質感、意匠性など、複合的なデザインを行ううえで様々なマテリアルを求めている、「素材からデザインする」人
…そんな人々が「デザインとテクノロジー」そして「社会とマテリアル」の観点から、業界の垣根を超えてオープンに交流し、新たなプロジェクトの発火点をつくりだす機会を継続的に開催しています。

カタログスペックだけではわからない素材の特性や魅力を知り、その素材が活用されうる新たな場面(シーン)を皆で考える。「素材」を核に、領域横断のコラボレーションやプロジェクトの種が同時多発する場。それが Material Meetup です。

2018年のスタート以降、東京・京都の各拠点ごとに、それぞれ異なるテーマを設け継続開催しています。

■ Material Meetup 過去開催情報:https://mtrl.com/projects/material-meetup/

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