- Event Report
Material Meetup TOKYO vol.6「先端材料とデザイン」レポート
今回のオーガナイザーは株式会社ロフトワークのMTRLディレクター、栁原一也。ロフトワークが2016年から取り組んでいる触覚体験のデザイン「HAPTIC DESIGN PROJECT」にも携わっているメンバーです。またプライベートでは「GADARA」というものづくりのプロジェクトも行っています。
イベントでは先端材料がもつ可能性について、素材そのものだけでなく、3Dプリンターなどの加工技術の進化も含めた興味深い考察が展開されました。
『触感のある素材と全身性のあるHaptic Design』 Enhance 花光宣尚
まず触覚研究の「現在地」を示してくれたのは、Enhance, inc.の花光宣尚さん。手術支援ロボット「ダヴィンチ(da Vinci)」の事例に代表されるように、触覚の研究には実用性についての議論が先行しがちです。しかし花光さんは「もう少し表現性に言及してもよいのでは?」と提案します。「包み込まれるような触覚体験から身体的経験を呼び起こす」という、インタラクティブな作品へのチャレンジは、ここから始まりました。
今春のMedia Ambition Tokyoで発表されたのは、「シナスタジア X1 – 2.44」という、体験者の身体そのものが媒介となる新たな音楽体験。体験者は2つのスピーカーと44の振動素子が取り付けられた椅子に身を委ね、目をつぶってevala (See by Your Ears)による7〜8分のプログラムを体験します。音と光と振動に全身が包み込まれ、身体が音と一体化したような体験ができます。
今回の体験プログラムを発表するにあたり、花光さんらは心地良い触覚を再現する素子と、心地良い触覚を表現するライブラリを自作。音楽などサウンドアートの世界にサウンドライブラリが存在するのと同様に、触覚にもデザインライブラリが必要だという考えでした。彼らは「つるつる」「ざらざら」などのオノマトペを参考に、音のイコライザのように複数のパラメータを組み合わせて触覚のライブラリを作成しました。
また、素子は触覚を伝える、いわばスピーカーに当たる部分です。身体の動きと触覚は密に連動しています。「触れた瞬間に触覚が得られるものを目指した」と花光さんは語りました。
これらの取り組みの結果、プログラムの最中に「過去に覚えのある情景が思い浮かんだ」と語る体験者が多く、「触覚体験から身体的経験を呼び起こせるのではないか」という仮説を証明する結果にもなりました。
触覚の表現の世界には事例がまだまだ少なく、花光さんも「これが解だとは思っていない」と言います。しかしこの第一歩が、触覚の持ちうる可能性や未来を拡張する議論のきっかけになるのかもしれません。
『モノの機能を自在に設計可能な社会を実現する』 Nature Architects 大嶋泰介
一方、「つくる」というプロセスに変革をもたらそうとしているのは大嶋泰介さんが代表を務めるNature Architectsです。これからのものづくりを牽引する存在として注目を集めた3Dプリンタですが、大嶋さんいわく「個人向け、プロトタイプのためのツールという見方は古い」と断言。最新の3Dプリンタは品質、スピードともに精度が上がっており、量産に向けた進化が国内外で始まっているといいます。
それなのに企業のプロダクトに3Dプリンタが採用されないのはなぜでしょうか。それは複雑なプロダクトを簡単に設計できるソフトウェアがないから。そこで大嶋さん率いるNature Architectsが開発しているのが「Direct Functional Modeling (DFM) 」という設計技術です。柔らかさ、動き、変形など希望する機能要件を入力するだけで、ヒトの手腕のように複雑な機構でもダイレクトにモデリングや出力ができます。CADで設計してCAE(Computer Aided Engineering:コンピュータ上の試作品を用いてシミュレーションし分析する技術)でシミュレーションする試行錯誤のプロセスが省けるのです。
Direct Functional Modeling — Computational Design Method for Advanced Functional Products –(動画)
彼らがテーマとしているのは「Additive Manufacturing(付加価値製造技術)」。とても座り心地の良い自動車のシート、量産のために組み立ての工程をカットできる設計などを、材料のフェーズから開発支援しています。製造業の常識が覆されるような新技術に、今後ますます注目が集まりそうです。
3Dプリンターで出力された耐衝撃特性
『ロボット尻尾「Arque」にみる身体拡張の可能性』 鍋島純一
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に在籍する鍋島純一さんは猿の尻尾にヒントを得て、バランスをとるための補助ロボット「Arque」を開発しています。人類が進化の過程で失った器官、尻尾をテクノロジーを介して未来の人類へと還元できないか?というのがテーマです。
感情表現や第3の手としてなど、自然界ではさまざまな役割を担っている尻尾ですが、「Arque」は身体バランスを維持する機能にフォーカス。転倒や損傷から身を守るデバイスとして発表されました。
Arque: Artificial Biomimicry-Inspired Tail for Extending Innate Body Functions(動画)
脊椎を模したモデルの中心を通るチューブを空気で膨らませ、人工筋肉を伸縮させることで尻尾を動かします。身体の傾きをセンサーで検出することで、右に傾くと尻尾が左に振れ、前傾姿勢になると尻尾が上がりバランスを補います。骨格は、クッション性がありねじれにも強いタツノオトシゴの尾を参考に、より実用的なデザイン設計をしています。
このプロダクトは、発表とともに早くも国内だけでなく海外でも話題に。しかし鍋島さんは「ボディバランスを保つ手法の確立や身体との密着性など、まだまだ改善が必要」と研究に積極的です。次は全身への触覚のフィードバックが課題と語っていました。水中や宇宙などバランスを取りづらい空間での利活用など、デバイスとしての可能性にも期待が高まります。
最後には登壇者3名が揃ってのクロストークを展開。研究や事業に3Dプリンタを活用していること、身体の部位を研究する過程から気付きを得たことなど共通項も挙げながら、互いのプレゼンテーションに触れつつ意見の交換が行われました。
医療技術の進化や製造現場の効率化が求められる現代では、先端材料の開発や技術革新が欠かせません。今はまだ日常とはかけ離れたように聞こえる「身体の拡張」というキーワードも、そう遠くない未来に身近なものとなるでしょう。新しい技術を支える新しいマテリアルに今後も引き続き注目していきたいと思います。
Material Meetupは、FabCafe MTRL(東京)とFabCafe Kyoto(京都)でそれぞれ開催中。次回も日程が決まり次第MTRLのウェブサイトやSNSでお知らせしますので、ご興味ある方はぜひご参加ください。
過去の Material Meetup レポート:https://mtrl.com/projects/material-meetup/