- Event Report
Material Meetup TOKYO vol.05 「工芸と日本の美」レポート
2019年8月7日に開催されたMaterial Meetup TOKYO vol.05のテーマは「工芸と日本の美」。日本で代々受け継がれる伝統工芸は味わい深く魅力的ですが、活躍の場が年々減少しているのもまた事実です。時代に即した工芸のあり方を考え実践する方々に、日本が培ってきた工芸の魅力とその未来を語っていただきました。
https://mtrl.com/tokyo/event/material-meetup-tokyo-vol-5/
手仕事にしかできない仕事、機械にしかできない仕事
伝統工芸の町・金沢でseccaが挑む現代のものづくり
石川県金沢市にあるsecca inc.(株式会社 雪花)は、メンバーの半数がデザイナー、半数が工芸家の属性を持つクリエイター集団です。しかし彼らは自身のことをデザイナーや職人ではなく「Innovative Artisan (イノベイティヴアルティザン)」と位置づけ、ものづくりを通して体験を進化させ、価値を革新し続けることを目指して活動しています。
金沢という土地に根付く価値観は、「伝統は革新の連続なり」という言葉でしばしば表されます。さまざまな伝統工芸の技能の集積地でありながら、過去に固執することを良しとせず、現代の視座からのアップデートを日々試みているのです。「金沢の風土と、周りの支援があって我々は今ものづくりができている」と上町氏は語ります。
彼らの大きな特徴は、製品の開発にデジタルファブリケーションツールを採用していること。機械化はしばしば作業効率化の手法として語られがちですが、彼らがデジタルの技法を取り入れるのは、あくまでも先人が到達できなかったものづくりを実現するため。手仕事の良さとデジタルの良さをかけ合わせながら、現代だからこそできるものづくりを実践しています。
secca inc. 上町達也氏
「手仕事にしかできない仕事もあるし、機械にしかできない仕事もある。楽をするためにデジタルでやっていると見られているうちは僕らもまだまだですね(笑)」(上町氏)
seccaはものづくりを通して社会課題の解決にも眼差しを向けています。たとえば、海洋汚染が話題に上るプラスチック。今や悪者の代名詞のように語られますが、「プラスチックという素材が悪いのではなく、捨てる行為や捨てざるを得ない仕組みが悪い」と彼らは考えます。車で踏んでも壊れない新しい樹脂素材を採用し、使い捨てではなく長く使えるテーブルウェアの開発を始めています。
「一個のものをつくる責任は当然発生する。丁寧に検証して、つくる以上は長く使えるものにしていきたいと思っています」(上町氏)と補足してseccaのプレゼンテーションを締めくくりました。
木材加工技術と伝統工芸が生み出す新しい建築
大学のサマーキャンプが地域資源を再生する
日本の工芸を現代の視点で再解釈する試みは、FabCafe Tokyoでも行われています。ニューヨーク州立大学バッファロー校のサマーキャンププログラムを企画支援する中で生まれたプロジェクトをご紹介しましょう。
古来、日本に伝わる工芸のひとつ、竹かご編み。中でも六角形の集合で組み上がる「六ツ目編み」は、斜め編みを加えることで竹かごを頑丈にする、オーソドックスな編み方です。
竹かごの需要が年々低下する昨今ですが、この技術を応用した新しいものづくりはできないだろうか。岐阜県飛騨市にあるFabCafe Hidaからの問いが、今回のサマーキャンプのテーマとなりました。
総面積の9割以上を森林が占める飛騨市のもうひとつの課題は、その森林の大半が建材として需要の高い針葉樹ではなく直線的な材を切り出しにくい広葉樹が占めていること。「地域資源である広葉樹をどのように活用できるか」、これもまたFabCafe HIDAが長期的に取り組んでいる課題でした。
FabCafe Tokyo クリエイティブディレクター 金岡大輝
サマーキャンプのメンバーは飛騨市を訪れ、FabCafe Hidaの紹介で製材所や森を訪ねたり、木工職人の方々にその精巧な技術を学んだりとインプットを重ねました。その中で出会ったのが飛騨の木製家具メーカー・株式会社イバタインテリアでした。
イバタインテリアは、蒸した木材に圧力と高周波加熱を与え人工的な曲線を生み出す「圧縮曲げ木」の技術を保有しています。圧縮曲げ木は椅子の背もたれやアームレストに活用されていますが、生産効率やコストとの兼ね合いからより良い用途を模索している技術でもあります。
サマーキャンプチームは広葉樹の木材に圧縮曲げ木の技術を取り入れ、かご編みの技術を建築に応用することを提案。これまで竹にしかできなかったことが木材でも実現できること、針葉樹ではなく広葉樹が使えることが明らかになれば、可能性は大きく広がります。
実験を重ねるうち、雨に濡れると固まっていた曲げ木の加工が緩んでしまうという特性も発見することができました。今後も引き続き、防水性も含めた研究を重ねていきます。
工芸はこれから何を表現する?作家・職人が語る工芸の現在地
製品を作る取り組みのほかに、工芸を活かして作品を作る作家・職人の方々も登壇。違った視点から工芸の魅力を語っていただきました。
東京芸術大学で漆芸の研究を重ねる佐野圭亮氏は、生活環境が安定し必要な物品がひととおり揃っている現代を「Post『物』の時代」と位置づけ、形のないものに価値を求める時代だと分析しました。
大量生産の時代に一時収束を迎えた工芸ですが、「ストーリーや共感に価値を見出す現代こそ工芸の価値が見直されるタイミングではないか」と佐野氏は提案します。長い時間をかけ、鍛錬を重ねて習得された技術が生み出す感動こそ、現代社会にリーチする形のない付加価値なのかもしれません。
とはいえ、工芸に触れる機会は現代においてぐんと減りました。習慣的に日常生活に取り入れることが工芸の魅力を知る第一歩とし、「ぜひ漆塗りの箸を使ってみてほしい」とアピールしました。
東京藝術大学 佐野圭亮氏
また、鋳金と着色による金属作品を手掛ける上田剛氏も登壇。
複雑な化学反応によって色が発生する金属の着色は、作り手が確実に作品を操れるような技法が存在しません。非常に再現性が低く、同じような作品を作ろうとしても決して容易ではありません。
そもそも、鉄や銅といった純金属は自然界において非常に不自然な状態で、酸化鉄や硫化銅といった自然界に存在する状態に戻ろうとします。「戻ろう」とするとはまるで素材が意識を持つかのような表現ですが、上田氏はこの素材の意識を楽しみながら作品づくりに取り組んでいます。作家が「無意識」的に生んでしまう作品の歪みや穴を失敗と捉えるか、味と捉えるか。味と捉えたとき、素材の「意識」との対話が生まれます。
上田氏は、デジタル技術を持つ人とともに新しい工芸を作る試みとして2017年に富山県で開催された国際北陸工芸サミットによる「工芸ハッカソン」に参加しました。金属の偶発的な着色(つまり作家の無意識)をデータとして取り込み線画化、それをロボットアームに彫金させてデザインに取り込むなど、工芸とデジタルを行き来する興味深い取り組みにも挑戦しています。今後の作品にも期待が高まるプレゼンテーションでした。
上田剛氏
最後は、本日の登壇者が一堂に会するクロストークです。4名のプレゼンテーションに一貫して登場したキーワード、「デジタル」と「アナログ」。その違いはどこにあるのか、という問いに対して佐野氏は、デジタルとはコンピュータに一連の仕事をさせることであると定義した上で、「そのプログラムを組むのは人間なので、アナログとデジタルは同一線上にあるのかもしれない」と答えました。上町氏もそれに同調する形で、「CADを利用していると言うと手仕事から遠くなるような印象を与えるが、作り手のセンスや個人の熟練した技術でしか作れないものがある」と自身の活動を振り返りました。
また、工芸は今後どうあるべきかという問いに対して、上田氏は「日常生活に工芸が普及していない現状を受け止め、魅力をいかに伝えるか考えるべき」と現状に警鐘を鳴らします。一方、上町氏は「今はテクノロジーの使い方にセンスが求められている。価値を求める人と提供する人のマッチング精度を高めるためにテクノロジーを使えばいいし、工芸は価値やストーリーを有形化しながら丁寧に渡していけばいい。それが本来の姿」とテクノロジーと工芸の共存と棲み分けに対して提案を行いました。
工芸とはあくまで伝統的なものであり、コンピュータの力を使ってはならない。私たちはそう思い込んでいた節があるように思います。「伝統は革新の連続なり」という言葉が示すように、目の前にある有効な技術を適宜取り入れ、品質や価値をアップデートしていくことで、工芸は土地に根付き受け継がれていくのだと再認識するミートアップになりました。
Material Meetupは、FabCafe MTRL(東京)とFabCafe Kyoto(京都)でそれぞれ開催中。東京ではおよそ隔月で開催しています。次回も日程が決まり次第MTRL TOKYOのウェブサイトやSNSでお知らせしますので、ご興味ある方はぜひご参加ください。