- Project Report
ローカルで育まれてきた技術と歴史から、新たな可能性を生み出す。 『DESIGN WEEK TANGO 2021』&『Hacking the Known』 レポート
京都府の北部に位置する丹後は、海と山に囲まれた自然豊かなエリアです。アジアでも有数のシルク産地で、日本の着物の7割が丹後で生産された生地から生まれています。織物はもちろん機械金属や農業の分野でも、丹後には世界に誇れるモノづくりが古くから根付き、技術や知識を継承してきました。
そんな丹後を舞台に、2021年6月、「100年後につなげる丹後のモノづくり」をコンセプトにしたイベント『DESIGN WEEK TANGO 2021』が初開催されました。期間中は、各種モノづくりの現場をオープンにするOPEN HOUSEをはじめとする様々なプログラムをオンライン / オフライン連動で開催。新型コロナウィルス感染症の影響下で移動や会合に制限のあるなかにも関わらず、様々な仕掛けにより「リアルで熱のあるコミュニケーション」が実現される機会となりました。
本記事では、会期中の熱気の一端をお伝えするとともに、イベントを通してあらためて見えてきた「これからの文化産業においてハイポテンシャルな地域」という丹後エリアの新たな捉え方についてレポートします。(記事:木下浩佑 [FabCafe Kyoto / MTRL] )
DESIGN WEEK TANGO 2021 概要
◼︎ 開催期間:2021年6月24日(木) – 6月27日(日)
◼︎ 共催:一般社団法人 Design Week Kyoto 実行委員会、株式会社CADENA
◼︎ 会場:京丹後市・与謝野町の工房・工場・農場等 合計21ヶ所 *詳細はこちら
◼︎ プログラム:オープンハウス(オンライン / オフライン併催)、トークセミナー(オンライン)、ワークショップ(オンライン)、展示企画(オフライン)
▼公式WEBサイト
https://designweek-kyoto.com/tango2021/
トピック : オンラインを活用した、産地のテクノロジーの可能性の再発見と実験 – 丹後ちりめんを「ハック」する試み
MTRL / FabCafe Kyotoでは、『DESIGN WEEK TANGO 2021』公式プログラムとして、多様なバックグラウンドをもつクリエイターたちが、丹後エリアを代表するテクノロジーのひとつ「丹後ちりめん」を題材に、素材の新たな可能性の発見を試みるワークショップ『Hacking the Known』を完全オンラインにて実施しました。
全国各地から参加した7組10名のクリエイターへ、『DESIGN WEEK TANGO 2021』出展企業の協力のもと、普段は市場に流通することの少ない未精練の丹後ちりめんを素材として郵送。オンラインのコミュニケーションツールも併用しながら、
丹後ちりめんに関する基本情報のレクチャー → 生地を用いた実験 → 作品制作 → プレゼンテーション → 展示
…という流れで展開し、約1ヶ月の期間で、物理的距離や専門領域の垣根を超えた「知見の交換と議論」の機会を生み出しました。参加者それぞれに異なる視点/アプローチから実験は行われ、形状や質感が変化する工程に着目したテキスタイルデザイン、「光」や「音」の環境をつくる装置、「化学変化」に着目した茶道具、「精練工程の体験」自体をパッケージ化したプロダクトアイデア、はたまたAR(拡張現実)を用いたアニメーションなど、アウトプットは多種多様なものになりました。
(クリエイターおよびワークショップの詳細はこちらのページをご覧ください。)
▼作品例
ワークショップ参加クリエイターのうちの約半数が『DESIGN WEEK TANGO 2021』会期中に現地を訪問し、製品開発やアート制作についてのヒアリング・リサーチを行うなど、協業につながるアクションが実際に起こっています。
また、展示企画は多拠点にネットワークをもつFabCafeの特性を活かし、京都から名古屋へ巡回を行いました。様々なクリエイション / テクノロジーに関心をもつ人々が訪れるFabCafeにおいて、「伝統素材」として以上に、「未来において新しい可能性をもつ技術」としての丹後ちりめんの姿をプレゼンテーションすることで、より広く、産地に対する印象や認識がアップデートされる機会にもなりました。
▼ 展示風景(FabCafe Kyoto)
▼ 展示風景(FabCafe Nagoya)
▼ ワークショップの基本プロセス
▼ オンラインホワイトボード「Miro」を用いた記録と共有
「丹後ちりめん」の新たな可能性 – 参加クリエイターの声
『Hacking the Known』では、作品を完成させること以上に、実験や試作を通して得た「気づき」を産地の企業や研究者へフィードバックすることで、新しい表現や技法、製品についての議論や取り組みのきっかけを生み出すことを目的としていました。自ら手を動かしながらクリエイターたちが「発見」した素材への可能性を、以下にご紹介します。
着物の素材で高級感のあるもの、という先入観がなくなり一つの素材として捉えることができたので、それ自身の性質や面白みにしっかりと向き合える機会でした。
素材がオープンになることで、他領域と掛け合わせることが可能になり、新たな化学反応が生まれいろんなアイディアが生まれると思いました。
一般に流通している肌触りが至高なちりめんまでの精錬は非常に手間と時間が掛かるもので、これを体験と共に流通させるのは不可能だと感じました。ですが、この素材は、ただ「お湯を掛けるだけ」でも「しぼ」と呼ばれるシワが表面テクスチャとして現れながら、素材自体が収縮します。この表面テクスチャと収縮を利用した造形の製品を想定することで、精錬前のちりめんに大きな価値が表れる可能性を感じました。
ちりめんの独特な絞りが、絹糸のミクロな構造から生まれていると言うことを、今回初めて知ることが出来ました。イマジナリーな領域が多様な価値をもつ現代において、情報と共に、ちりめん生地に触れたり、身に纏ったりすることは、非常に付加価値のある体験になると思います。
ちりめんを構成する技術概念についても、刃物などの金属加工、セラミックとして陶芸技術に相通じるものを感じました。これらの技術における要素を概念のレベルで交差させることで新たな技法や用途の開拓が出来ると考えました。
オンラインの工場見学で独特の製造技術について知りました。また、実際手に取って自宅で実験をすることや、メンターのみなさんやほかの参加者の皆さんの作品を知ることで、セリシンの特性を生かして染めや精練を工夫すれば、いろいろな見た目やテクスチャを表現できることが分かりました。ミクロな視点で見るマテリアルの構造や化合物に焦点を当てれば、着物を作るという伝統的な使い道だけでなく、表現したいことに合わせて造形できるという丹後ちりめんのフレキシビリティを感じました。
ちりめんという特殊な日本特有の布が持つ「シボ」・「透け感」この2つのコントロールに多くの可能性が残されていると感じました。歴史あるマテリアルであるからこそ重みのある学びと発見に繋がると感じました。
丹後ちりめん独特の工程「精練」と、「強撚糸」に大きな可能性を感じました。この2つによって特徴的なテクスチャーと機能性が生まれる、積み重ねられたその歴史の深さと謎に心トキメキました。肌に触れる気持ち良さ(特に絹は、肌の成分と98%同じだそう)と、空間で見せる多彩な表情とその機能(防菌防臭効果など)は、もっと幅広いプロダクトや用途に活用できると考えています。
丹後ちりめんに使用されている強撚糸を用い刺繍を施し、熱湯につけることで、スモッキングを施したような立体を生み出すことができました。今回は色に対してアプローチをすることがかないませんでしたが、手法を発展させることで、刺繍を施すことで色と形を同時に作ることができる未来が生まれるかもしれません。
生地を織る際に残糸というものが発生することがあります。もう一度生地を織るのには足りないほどの残った糸。この残糸を使って刺繍を施すことで、糸としての再利用、現代におけるサスティナブルな活用を行うことができるのではないだろうか。
仮説 : 丹後エリアの新しい価値とは?
ワークショップ『Hacking the Known』を通して再発見 / 再解釈された丹後ちりめんの可能性。素材としての機能特性はもちろんながら、この特別なテキスタイルを、品質や数量を担保した製品として製造できる技術力や開発力、対応力、体制を備えていることこそが丹後の「産地」としてのポテンシャルです。テキスタイル産業においてはちりめん以外にも様々な生地や技術に対応し、また、それ以外にも金属加工業や樹脂加工、木工にいたるまで、高付加価値製品の製造や特殊加工が可能。そんな技術と人、経験値の集積地として丹後エリアを捉え直してみると、どんな見え方になるでしょうか。
かつては「東京からいちばん遠い」とも言われた場所でしたが、今回の『DESIGN WEEK TANGO 2021』での各種試みでも明らかになったように、オンラインツールを活用することで、距離と時間のバリアが解消され、離れた地域にいる人の間でもコラボレーションを始めることが容易になりました。
同時に、「無茶振り」に応えられる独自技術と経験値に触れるためは、やはり「現地に訪れ直接対話する」ことが欠かせません。豊かな自然に囲まれ、農業、漁業も盛んな丹後は、「ワーケーション」的な価値観においても非常に魅力的な地域です。オンラインでつながりをつくったのち実際に現地に訪れ、風土が育んできた文化と産業の有機的な連なりをフィジカルに体験しながら、新たな価値創出に取り組む。そんな「滞在型のモノづくり」の拠点として、モノづくり企業だけでなくデザイナーやアーティスト、リサーチャー、スタートアップなど、職種領域を超えたプレイヤーが活動する… 丹後の未来の姿、そのひとつのプロトタイプともなるような時間が『DESIGN WEEK TANGO 2021』において実現されていたように思います。
DESIGN WEEK TANGO 今後の展開
出展企業各社の技術やストーリーを知ることのできる OPEN HOUSE の情報は、引き続き 『DESIGN WEEK TANGO 2021』公式ウェブサイトにてご覧いただけます。丹後エリアに集まるモノづくり企業情報のデータベースとしても活用できますので、ぜひアクセスしてみてください。
>>> DESIGN WEEK TANGO 2021 | OPEN HOUSE
イベントや参加企業に関するお問い合わせ、今後の展開についての相談などはこちらから。
Organizers’ Voices
◼︎ DESIGN WEEK TANGO 2021を振り返った所感
口から心臓が出るかもと繰り返し準備し、終了と同時に思わずでた安堵や感謝の声、わが社の原点につながる史料の発見、工房が進む方向性の再確認、自社SNSにもアップしたオープンハウス風景への高い反響、海外からの突然の来訪など参加事業者にとってたくさんの出会いや驚きがあったように感じます。来訪者にとっても織物、機械金属、家具、農産物などのモノづくりの背景に触れることで、作り手の存在に改めて気づき私たちが日々何気なく消費しているモノを慈しむ時間につながったのではないでしょうか。
業種を超えた21事業者が集うことで、1社だけでは伝えがたい丹後に根づくモノづくりの技術や地域としての魅力が紡がれ、新たな交流が生まれる機会になればと取り組みましたが、わが社の成り立ちやモノづくり技術の特長を掘り下げたワークショップやオープンハウスに関わった、ひとり一人に変化がもたらされた事は非常に嬉しいです。◼︎ DESIGN WEEK TANGO 2021を通して見えた丹後エリアのポテンシャル
丹後で出会った方々の多くから出てくる言葉は、わが社のことだけに留まらず、丹後の産業や子供たちの未来が念頭に置かれ地域の観点で語られる姿がすごく素敵だなと感じています。自らが手掛けるモノづくりに誇りを感じ、自分たちが住むこの丹後が大好きだという想いが染み出ていると感じる場面に何回も出くわし、やはり地域への愛情は地域のポテンシャルを語る上ですごく重要な要素と改めて気づきました。
加えて、丹後は豊かな自然に囲まれる地域としての魅力を備え、丹後ちりめんなどの代表的な産業をはじめ世界でも有数の「モノづくり産地」であります。今回現場をオープンにし、国内外の方々との交流が新たに生まれたことで、丹後の地域、モノづくりの技術やそれらを支える人の魅力を発信したい想いが芽生えたという声をたくさん聴くので可能性はさらに広がっていくのではと感じています。◼︎ DESIGN WEEK TANGO の今後の展望
「丹後のものづくりを100年先へつなぐ」を掲げ、バックグラウンドの異なる人たちが丹後に集い交流するDESIGN WEEK TANGO 2021は、「地域版オープンイノベーション」といえる取り組みであると考えています。実際に事業者同士の工房見学、海外企業との交流、教育機関からの登壇依頼、存在しない技術と伝えられていたものが今回発見できたと喜ぶ企業からの問合せなど新たな交流が生まれ始めているように感じます。さらにテクノロジーによって距離的ハンディを超えられる環境が整ってきました。これまで接点がなかった方々から「すごい!」と感嘆の声を直接聞けることが自信となり、自社の魅力への気づきにつながり新たなチャレンジが生まれると考えています。それらを周囲に伝え、新たな魅力的な事業者を募り、より多くの方々に国内外からご参加いただけるようにすることで、さらに丹後の魅力、モノづくり、人に触れていただきたいと思います。川那辺 保伸(株式会社CADENA)
◼︎ DESIGN WEEK TANGO 2021を振り返った所感
ワークショップでの深堀りやストーリー設計、準備、そして何よりも参加事業者の方々の取り組み姿勢が高く、初回とは思えない内容のオープンハウスとなりました。丹後での取り組みはこれまで丹後から他の地域へ営業等に「出ていく」ことが中心でしたが、国内外の多様な人が丹後のモノづくり現場に「来る」と機会にできたことが大きかったようにも思います。また今回の参加を通じて交流を深めた参加事業者の方々も多く、これからの丹後の盛り上がりに繋がるきっかけを作ることができたのではないかと思います。◼︎ DESIGN WEEK TANGO 2021を通して見えた丹後エリアのポテンシャル
丹後では機械金属・織物・食の分野で世界有数のモノづくりが行われていますが、下請けやOEMの形式が多く、地元の方々も含めて一般にはあまり知られていませんでした。海や森・川の自然も豊かで景観および育まれてきた里山・里海の文化や叡智も素晴らしいものがありますが、これまでは距離の遠さもあって、こちらもあまり知られてきていません。今回、来場者は一様に丹後の素晴らしさに感動していました。
だからこそ、今回のような現場を訪問して丹後の素晴らしさを直接感じる機会を継続的に設けていくことによって、丹後がその可能性に見合った世界有数の地域として知られていくことにつながっていくと確信しています。◼︎ DESIGN WEEK TANGO の今後の展望
丹後の素晴らしさとポテンシャルを、丹後の現役世代が交流を深めていく中でもっと自覚し、さらに発信していくことで新たな可能性を切り開く関係性が生まれていくようにしたいと考えています。そして、そうやって輝いている現役世代を見て、次世代が自分たちも丹後のモノづくり、丹後の素晴らしさを受け継いでいきたいと自然と思ってくれるような状態にしていきたいです。そのためには、DESIGN WEEK TANGOの運営面についても丹後の地元の方々にお願いしていき、3−5年以内には地域に運営を移行できるように目指します。北林 功(一般社団法人 Design Week Kyoto 実行委員会)
Writer
株式会社ロフトワーク FabCafe Kyoto ブランドマネージャー
木下 浩佑
京都府立大学福祉社会学部福祉社会学科卒業後、カフェ「neutron」およびアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャー職、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」の企画職を経て、2015年ロフトワーク入社。素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードにクリエイター・研究者・企業など多様な人々が集うコミュニティハブ「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画。ワークショップ運営やトークのモデレーション、展示企画のプロデュースなどを通じて「化学反応が起きる場づくり」「異分野の物事を接続させるコンテクスト設計」を実践中。社会福祉士。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。