• Interview

あの人、あの場所、あの素材 Vol.1 シィアンドビィ株式会社 訪問取材レポート

本記事はFabCafe Webからの転載となります。
転載元記事:https://fabcafe.com/jp/magazine/kyoto/fab-report

カフェの外で出会う人・場所・素材――第1回「素材を通して自分のフィールドを拡張する」

こんにちは、ロフトワーク/FabCafe Kyoto ファブディレクターの筒井です。
FabCafe Kyotoのファブツールサービスの運営と設計を担当しています。

FabCafeは世界に10拠点以上あり、店舗ごとに異なるカフェメニューやツール利用サービスが存在します。
数ある拠点のうちの一つ、FabCafe Kyotoにおけるファブサービスの特徴は、自ら作りたい人がデータ作成や機器の操作方法を習得してツールを利用する「セルフサービス」であり、レーザーカッターをはじめとして、デジタル刺繍ミシンや家庭用ミシン、3Dプリンターなど、カフェを訪れる人の手によって日々さまざまなツールが稼働しています。

あの人、あの場所、あの素材……。
ずっと気になっていた「あれ」は一体なんだろう?

FabCafe Kyotoに訪れる人はさまざまです。喫茶利用、あるいはお仕事、ときには創作や制作の場として。コーヒーを片手に、心地よい音楽に耳を傾けながら、心ゆくまで作業に没頭する。

FabCafe Kyotoは、ものを考えたり作ったりするにはぴったりな空間ではありますが、ものづくりは全てが店舗の中で完結するということはなく、外に出かけることで初めて目にする素材や道具、出会う人や加工方法があり、それらを起点に今まで気付くことのなかった新しい興味・関心領域を拓くこともあるのだと、時折考えることがありました。

何気ない会話の中で教えてもらった道具、まだ会ったことのないあの人、行ったことのない場所、知らない素材。

当記事「あの人、あの場所、あの素材」では、ものを作っている方も、これから作る予定の方も、そして作り出すことや素材に興味を持っている方々に向けて、「ものづくりスペース・サービス」「素材・材料」「加工方法・技術」を取材し、ご紹介します。

誰でも実際に足を運んだり手に取ることができるものについて、作ることが大好きな方々に向けてFabCafe Kyotoがぜひおすすめしたいトピックをメインテーマとしています。まだ知らない場所、知らない素材、知らない道具の関心を深める機会となり、ものづくりにおける選択肢を増やすためのヒントになれば幸いです。

第1回目では、筆者にとって特に気になるあの場所、水性樹脂「JESMONITE®」を取り扱われている「シィアンドビィ株式会社」、そして広報・サポートを担当されている松本広子さんにインタビュー。JESMONITE®︎の特性や可能性、素材を扱う方々の制作相談を通して考えていることについて、お話を伺いました。

ジェスモナイト日本総代理店、シィアンドビィ株式会社へ。

松本さんとは2019年6月頃、筆者自身が立体造形の制作に取り掛かっていた際に、メールでやり取りをさせていただくことがあり、素材の注文から加工相談までいつでもお返事をくださる松本さんは、文面越しでありながら制作を支える心強い存在でした。
それから2023年6月。FabCafe Kyotoにて松本さんとはじめてお会いした際に、京都市左京区にオフィスがあることを知り、今回、さまざまな出会いをもたらしてくれた素材「ジェスモナイト」が取り扱われているオフィスを訪れることとなりました。

シィアンドビィ株式会社は、京都市左京区浄土寺下南田町にありました。京都市バスで白川通を走り、停留所「浄土寺」から歩いて5分ほど。周辺には大学も多く、FabCafe Kyotoがある五条付近よりも落ち着いた雰囲気の場所です。
シィアンドビィ株式会社は、ジェスモナイト日本総代理店としてショールームとオフィスを兼ねている場所であり、事前にメールで問い合わせることで、見学や商品の購入が可能です。

まず始めに、この場所について松本さんにご紹介いただきました。

松本  基本的にはオフィスとして使用しています。人が訪れる頻度はあまり高くないのですが、来られる方の多くは美術やデザイン関係者で、知り合いの作家さんに「こういう材料があると聞いたんだけど」と紹介を受けて来られたり、美大の先生に「そういうことがやりたいんだったら、ちょっとシィアンドビィに相談に行ってみなよ」とアドバイスされて来られた学生さんなどが多いですね。

── 京都の学校に通われている方が多いのでしょうか?

松本  そうですね。場所柄からご近所に位置する京都芸術大学の学生や関係者さんは多いですね。学生・社会人に関わらず、やはり彫刻・プロダクト・内装など、なんらかの立体造形に携わっている方が圧倒的に多いですね。例えば数日前に来られた方は漆の作家さんで、作品の強化にジェスモナイトが使えないかというご相談で来られて、マケットや使用予定の材料を持ち込んでいただいて、一緒にジェスモナイトと組み合わせてみる実験をしました。

── この場所で素材を試すこともできるんですね。

松本  はい、具体的な課題がはっきりと見えている方であれば、口で色々と説明するよりも、「やりたい材料を持ってきてください」とお願いして、その場で一緒にものを触るのが一番手っ取り早い場合が多いです。

── ウェブサイトのジェスモナイトLABアートワークギャラリーで、ジェスモナイトを使った作品事例を見ることもできますが、それでも、直接触ってみて分かることも沢山ありますね。

松本  オンラインでの情報発信には力を入れていますが、やはり百聞は一見に如かずなところもありますね。実物の温度・感触・粘りといった感覚情報は伝わりにくいですし。来社される方は「自分の作品でこういうことがやりたいんだけど、どれが適しているのか?」など、具体的なご相談が多いので、条件に合いそうなサンプルをお見せして作り方を説明したり、材料を混ぜながら「このタイミングでこれを加えるとこうなる」と実演したりします。なかには「数日後に納品予定のテーブル天板の制作を何とかしたい」とか「制作物が壊れてしまって、大至急修繕したい」といったかなり差し迫ったご相談もありますので、一緒に焦ることもあります(笑)。

松本  日展などの公募展系の具象彫刻を作られる方々ですと、これまでポリエステル樹脂や石膏で制作をしていたのを、ジェスモナイトに乗り換えたいというご相談が多いです。プロダクト系ですと、オリジナル製品の量産方法や型の製法についてのご相談など。いろいろなジャンルの方からご相談があります。

── 実際にサンプルを見たり、試しながら相談できるのはいいですね。具体的な厚みや質感など、自分が狙った精度で表現できるのか、はじめて使う人にとって実際に確認しながら相談できる場所があるというのはありがたいですし、とても心強いと思います。

松本  そうですね、ジェスモナイトが初めての方にも、やりたい内容に適した回答ができるように心がけています。私たちはジェスモナイトの使用事例を数多く見る機会があるので、お話を聞いて「それならこのアプローチやこの作り方がいいんじゃない?」といった、入り口の交通整理のような役割ができます。そのために、単純に質問に答えて終わりではなく、最終的に何を達成したいのか掘り下げて伺うことが多いです。ときには、せっかくジェスモナイトを使いたいと来てくださった方に対して、それはジェスモナイトは適さないと思う、とお答えするパターンもあります(笑)。

あらためて、ジェスモナイトはどんな素材?

オフィスには、壁一面に加工サンプルがディスプレイされていました。眺めているだけでも質問が次々湧いてくるような場所で、あらためて素材の特性について伺います。

松本  ジェスモナイトの大きな特徴は、水性の立体造形素材で、作業者に害が少なく安全に使える材料という点です。また、大きなものから小さなものまで幅広く使える自由度の高い材料です。大きなものだと、建築の外壁パネルで例えば高さ8m、幅2.4mの一枚物のパネルがドバイで作られています。(ジェスモナイトAC100には)硬化時に伸縮せず、歪みにくいという特長があるので、かなり大きなパネルでも一枚もので作れるんです。そういった大きなものから、大英博物館の収蔵品を模した精巧なレプリカや、繊細で小さなアクセサリーまで作られています。

── FabCafe Kyotoに持ってきてくださったジェスモナイトの名刺も、とても細かい模様で作られていましたね。

松本  あれ、めちゃくちゃいいですよね。細かい部分まで緻密に複製できることがよく分かるサンプルです。

松本  ジェスモナイトにはいくつか種類があるのですが、基本的な使い方は「ベース」と「リキッド」という粉と液体を一定比率で混ぜて液体にして、それが一定時間経つと固まります。固まる前に、型に流し込むか、塗るか、ガンで吹くかなど様々に使えます。

── ガンで吹きつける方法もあるんですか。

松本  日本ではあまり事例がないのですが、ヨーロッパや中東の大きな石調パネルだと、刷毛で塗るよりもガンで配る方が早いので使われているようです。でも、いわゆるスプレーガンのような口径が細いものでは詰まってしまうので、口径が2mmぐらいの主に外壁用で使われるガンを使います。なのでスプレー塗装からイメージするようなシューっと均一に吹きつける感じではなく、砂岩調に粒が飛び散るような塗布方法です。

── 作りたい表現に合わせて、自由に加工方法を選んで試すことができますね。

松本  加工や仕上げの幅がとても広いので、使い方の大喜利みたいなところがあります。「こう来たか!」という新しい使い方や発見が今でもたくさんあるので、飽きることがありません。

── そのほかジェスモナイトの強みとしては、季節を問わずしっかり硬化してくれるので、素早く試作を作りたい時にもよさそうです。

松本  たしかに、AC100はその点が優秀ですね。気温で多少の時間差はありますが、およそ20分前後で硬化して、1時間ほどで型から外せることが多いので、ほどよい時間で扱いやすいですね。さっと成型して結果を見て、また別のことを試す、といったサイクルがスピーディーに回せます。ワークショップでも、作った物を時間内に型から出して持ち帰ってもらえるので便利だと思います。ちなみに同じジェスモナイトでも「AC730」というシリーズは夏場は10分、冬場は60分ほどと気温による硬化時間の変化が大きいタイプの材料もありますよ。

松本  試作からは話がずれますが、ジェスモナイトに繊維を入れるFRP(繊維強化プラスチック、 Fiber Reinforced Plastics)という工法では、薄くて軽くて丈夫なものも作れます。シリコン型にFRPで積層するという使い方が、ジェスモナイトの最もスタンダードな使い方の一つです。

── (ガラス繊維を使わずに)ジェスモナイトだけで大きな作品を作った場合、硬化する前に形が崩れてしまったり、制作は難しくなったりするのでしょうか?

松本  自重がかなりあるような大きな作品だと、ガラス繊維が入っていないと充分な強度が出ません。ガラス繊維無しのジェスモナイト板は、強い衝撃がかかると割れてしまう、素焼きの陶器のような状態です。ガラス繊維を入れることで、薄くても強度も耐久性も驚くほど高くなります。逆に大きなものでなければ、ガラス繊維無しでの薄造りも可能ですよ。そして中空以外の作り方もできます。例えば1㎥の大きな塊をジェスモナイトが全て詰まった状態で流して固めることも可能です。FRPという薄造りと、大きな塊での注型、両者どちらもいけるというのは、ジェスモナイトAC100の地味にすごいポイントの一つです。

松本  ポリエステル樹脂などのFRP樹脂を塊として固めると、かなり過熱してヒビが入ったり歪んだり、最悪のケースでは火災寸前の事故になることもあるんです。だから従来FRPを長く使われている経験者の方だと特に「ジェスモナイトは固まりでも流せるんですか?」と驚かれることがあります。

松本  ジェスモナイトは、職人芸としか呼べないような難易度の高い作業も追及できる一方で、初めての人でもクッキングのように簡単に扱える間口の広さも持っていますので、使用する人の幅が広いことも魅力ですね。

── ベースやリキッドのほかにも、ピグメントやメタルフィラーなど、主材に加える材料がたくさん揃っていますね。組み合わせを考えて試行錯誤するための要素がはじめから用意されているので、とても自由度が高い素材なのではと思います。

松本  そうですね。AC100などの主材だけでなく、副材料も含めて様々な組み合わせができるシステムが「ジェスモナイト」という材料です。いろいろ組み合わせて、仕上げのバリエーションを出せるところも非常に面白いポイントですね。

── ベースとなる材料のほかにも、耐水性を出すためのステインプルーフコートが新しく登場したことで、代替のコーティング剤に迷ったり、ホームセンターなどで頑張って探すということがなくなりそうです。システムの中でこれとこれって選ぶことができると、使う上での安心感があります。

松本  ステインプルーフコートは、花瓶や飲食店のテーブル用途にも対応したタイプで、発売以来すごく売れています(笑)。これまでもよく問い合わせをいただいていたので、やはり多くのユーザーさんが必要としていた材料だったんだなと改めて実感しました。適切なコーティング剤があると、使い道が大きく広がるのがよいですよね。材料屋としてこれからも安心して使える材料をどんどん提案・提供していきたいなと思っています。

松本  でも個人的には、おすすめ以外の使い方や組み合わせでも、あえて興味を持って自ら実験されている方を見たりお話を聞いたりするのも大好きです。私たちが材料的な常識にとらわれて「絶対無理やろ!」って思ってしまうようなことを試す人たちもいて、思わぬ発見や結果につながるケースもあって、意外性があるものは面白いです。アート系の方は特に、前例がない物を作る機会も多いですので。

「もっとジャンルや業界をまたいで知識共有ができれば、
さらにおもしろいことが起きるのではないかなと思います。」

── ジェスモナイトを扱う上で、おすすめのツールはありますか?

松本  基本的なところですが、まず「ミキシングブレード」はおすすめです。ジェスモナイトの主材を混ぜるための道具で、なくても手混ぜで頑張ることもできますが、継続的に使われる場合には絶対にあったほうがいいと思います。少量だけの攪拌でも、電動ドリルとミキシングブレードを使った方が、均一にしっかり混ぜられて完成品の見栄えや強度が良くなります。

松本  あとはちょっとマニアックですが、最近導入したツールだと、マキタのハンディタイプの「湿式コンクリートカッター」があります。通常の丸鋸や卓上カッターなどでもジェスモナイトを切ることはできるのですが、粉塵がすごくて時間も結構かかるんですよね。でも湿式カッターだと水を垂らしながら切るので、粉塵が舞い上がらないのと、切断時の熱も抑えられるので、焦げ付いたり樹脂成分が粘り付きにくく、きれいに切れます。湿式の切断工具は大きな工場にしかないものとつい思い込みがちですが、手頃なハンディタイプの工具もあると知ったのは驚きでした。ジェスモナイトを切断する機会が多い人にはおすすめです。

── とっておきの情報ですね……!過去に使っている方がいらっしゃったのでしょうか。

松本  ガラスジュエリーを作られているアーティストさんに教えてもらいました。制作中に出る、割れてしまったガラス片をジェスモナイトに混ぜ込んで固めたプロダクトを作られています。それを展示用什器にされています。ガラスとジェスモナイトAC100が混ざったものを一緒に切断するのは、硬度が大きく違うので難しいんですよ。普通のカッターだと切れないんですが、湿式カッターを使えばできることを作家さんに教えていただきました。

松本  後でぜひ話したいなって思っていたんですけど、いろんなものづくりをする方々と会っていくと、一口に「アーティスト」と言っても、彫刻、油画、漆など、ジャンルによって使う道具や材料の定番が違っていて、意外とジャンルを超えた制作工程の情報共有が少ないのかも?と感じることがあります。ファインアート以外の世界でも、立体看板や擬岩などの特殊造形業、家具製作、フィギュア・ガレキ・ジオラマなどのホビー系、特殊メイク、プロダクト制作など、業界によって材料や道具の体系がかなり違います。

松本  私たちのような材料屋は、いろいろな業界の方から相談を受けて、お話を聞く機会をいただけるので「あれ?この道具や材料はこっちの世界で使えるかも?」のような発見をすることもあります。もっとジャンルや業界をまたいで知識共有ができれば、さらにおもしろいことが起きるのではないかなと思います。

── 専門領域を飛び越えてようやく辿り着けることですね。それも、話題を絞れば出てくることでもなくて、実際に手を動かす現場に行って直接目にして分かることですね。

松本  そうなんですよ。「特別に秘密を話してやろう」ってことじゃなくて、作業を見ている最中に「えっ、今それ何やったんですか??」みたいなポイントがあったりします。後で伺ってみると「これはこういう道具で…普通ですよ」など教えていただけたり。そうやってちょっとずつ現場のノウハウを教えていただけるのはとても勉強になり、おもしろいなと思います。

 

表現の数だけ、それを生み出すためのツールと組み合わせが無数に存在するのだと気付かされます。
さまざまな表現のバリエーションを楽しむことができ、使い手のクリエイティビティが試されるような素材、ジェスモナイト。それを扱う上でも欠かせない「型」について伺いました。

 

松本  ジェスモナイトを使う時、よくネックになるポイントが「型」なんですよ。今は市販のシリコン型もたくさん販売されていますが、自分のオリジナルの形でシリコン型を自ら作るとなると、技術的にハードルが高いと感じる方が多いです。レリーフなどの半立体物(=裏面が平らで開いているオープン型)であれば、シリコン型の作成はそこまで難しくないので、まずはそこからチャレンジしてみてほしいです。複雑な立体形状のシリコン型制作だとプロに外注するしかないケースもあります。

松本  ジェスモナイトは布や発泡スチロールなどに塗布して使ったり、粘度を調整して粘土のように手でこねて使うこともできるのですが、一番ベーシックな使い方は「型に入れて固まったら外す」という使用方法です。だから、型をどう作るかという課題は、ジェスモナイトを使う上では避けて通れないポイントです。でも、型は必ずしもシリコン型である必要はありません。

松本  四角いテーブル天板など直線で構成されるものなら、木で型枠を作ればOKです。ホームセンターでも手軽に手に入る「パネコート」というコンクリート型枠用のオレンジ色の板で型枠を作れば、ジェスモナイトがくっつきません。普通の木材でも、表面に離形剤を塗ったり、養生テープを貼るなどの前処理をして、木材にジェスモナイトが張り付かないようにすれば、キレイに型から外せます。

松本  その他、型材として高いポテンシャルがありそうなのは、3Dプリント型です。柔軟性があるフィラメントや樹脂を使えば、制作物をデータ上でネガティブにして3Dプリントで直接型を出力することが可能です。PC上で作られた3Dモデルをプロトタイプやプロダクトとして現実に落とし込む際に、面白い選択肢になるのではないかと思っています。

頭に描いている理想を、どんな材料とどんな工程で実現できそうか、
それを一緒に考えることも仕事の一部であり、またその部分を提案できることも私たちの価値

オフィスに訪れる人や素材について、多くのエピソードを聞かせていただきました。日々アーティストの方とお会いしている松本さんですが、相談事と向き合う時に大切にされていることは一体なんでしょうか。

松本  オフィスに来る方々は、具体的な質問を考えてきてくださる方が多いですが、最終的に何を実現したいのか?という根本を聞くようにはできるだけ心がけています。

松本  私たちは材料という「物」を販売する仕事ですが、誰かが「こんなものを作りたい」と頭に描いている理想を、どんな材料とどんな工程で実現できそうか、それを一緒に考えることも仕事の一部であり、またその部分を提案できることが私たちの価値だと考えています。作り手のコンセプトや、やりたい事をできる限り知ろうとすることで、より最適な制作手法や材料を提案できないか常に考えています。

── 制作の始まりから目標とする先まで、一緒に伴走するようなイメージですね。目指す方向がお互い曖昧な認識のまま進めていると、着地点を一方的に押し付けてしまいそうですが、その人が持つ制作の根源を深くまで知ることで、真に表現したいものが見えてくるのかもしれませんね。

松本  そうですね、目指す方向をよく理解して、一緒に考えながら、これまでの知識や経験からベターな方法を提案する。杓子定規に「こう決まっているので、こうしてください」といった回答はしないように、できるだけ枠を取り払って考えるように心がけています。ユーザーさんの質問からきっかけをもらって、私たちの実験ネタが増えていく……みたいなところはあります。失敗事例をたくさん経験して、それに対処していくこともかなり貴重です。社内実験でも色々失敗しますが、あーあ、って言いながら、実は失敗を通して良いノウハウがどんどん溜まっていく感じがします。

ジェスモナイトには、はじめて素材を手にした時のワクワクした気持ちのまま使い始めるためのシステムが設計されていました。一方で、寄り道や遠回りをすることで見つかる表現も数多く存在するようです。
使い始めたばかりの人の手によって見つけられた「新しい発見」が、すでに素材を使っている人の元に届いて、さらに応用できる技術・情報となり、体系の一部となる。素材を起点とした知識の循環がうかがえるお話でした。

シィアンドビィ株式会社、松本さんとジェスモナイト

── ジェスモナイトのサンプルはFabCafe Kyotoにも置かせていただいています。カフェのお客さんの中には、使ったことがある人、はじめて名前を聞きましたという人などさまざまですが、松本さんはどのようなきっかけでジェスモナイトを知ることになったのでしょうか。

松本  私というか、弊社とジェスモナイトの出会いの話になりますが、弊社社長は大学時代は彫刻専攻で、在学中から造形会社で働き、その後は長く造形材料販売の仕事をしていた人物で、ウレタン樹脂・エポキシ樹脂・ポリエステル樹脂など様々な樹脂を扱ってきました。まだシィアンドビィ株式会社が立ち上がる前の話ですが、イギリス留学から帰ってきた学生さんやヨーロッパから来た製造業者さんから「ジェスモナイトって日本で買えないの?」と過去に何度か質問されていました。その際に「水性樹脂でポリと同じように使えるなんて本当なのか?」と興味を持ち、イギリスから取り寄せてテスト使用してみたところ非常に良い材料で、これは絶対に日本にも必要だと確信したそうです。

松本  その時点で日本に代理店がなかったのですが、どうしても日本に入れたいという強い想いから日本総代理店となることを決め、活動を始めたという経緯になります。私も代理店立ち上げ時から参画させていただいてます。現在では、韓国・台湾・香港・ベトナム・インド・タイなどアジア各国にもジェスモナイト代理店がありますよ。

── 立体造形素材も扱われていたというバックグラウンドが、今のいろいろな方への提案に繋がっているのかなと思いました。

松本  これまで本当に沢山のアーティストやプロフェッショナルの業者さんから「こんなことできないの?」「これをしたいけど何か良い材料ない?」とご相談をいただいてきました。実際に材料を触って、用途にあわせた実験を重ねながら相談に応え続けていくことで、ちょっとずつ知識や経験を積み重ね、前に進んできています。アーティストたちのリクエストや疑問に全力で応えていく事で、アーティストの皆さんに育ててもらったという感覚が強いです。単純にこちらが使い方を教えるだけではなく、質問から材料について改めて考えてみるきっかけをいただいたり、知らなかった材料や使い方を逆に教えてもらうことも多いです。

 

 

工業とアート、その間の素材。どちらかではなくどちらも良い。
目的に合わせて自由に選択できる状態にあること。

必要な大きさの物を必要な数だけ。カジュアルに立体造形作品を生み出すことができるジェスモナイトですが、ものを作ることにおいて松本さんが考えていることはなんでしょうか。クリエイターやアーティストが適量でものを作ることをはじめに、お話を伺いました。

松本  一昔前は、金型を制作して数千個単位の大量ロットで大きな予算がないと、複製でプロダクトを作る手段がそもそも多くなかったのかなと思うのですが、最近はFabCafe Kyotoさんでもあるように3Dプリンタが出てきたり、レーザーカッターが出てきたり。しかも結構手頃な値段になってきたりとツールが充実することで、制作のための環境はよくなっていますね。

── どちらも個人で買うことができるようになりましたね。だいぶ変わりました。

松本  個人や中小企業でも、自社内でプロダクトを実際に作ることの技術的なハードルはかなり下がってきたと思っています。シリコン型や3Dプリント型などは、そこまで大きな予算をかけなくても作れますし、手軽に安全に成型できて仕上がりの質感もよいジェスモナイトは、少量~中量生産のプロダクトには適した材料と言えると思います。

松本  少し話がそれますが、例えば建築や土木など工業的で大規模な用途に比べると、クリエイターやアーティストの材料消費量って、とても少ないですよね。

松本  世の中の材料メーカーは、基本的にはアーティストや個人のユーザーのためのものづくりをしておらず、もっと工業的で大規模な産業のために設計され、作られている製品が圧倒的多数です。だから(アーティストやクリエイターは)あくまでも、工業用に設計された材料の中から、アートにも使えそうな材料を拝借して使っているケースが立体造形の場合は特に多い印象です。絵画の世界だと専用画材が売られていますが、絵画にくらべてさらに圧倒的にユーザー数が少ない彫刻や立体アートでは、特に樹脂系は、工業用途で開発された材料や道具を応用しながら使っているケースがとても多いですね。

── 求める精度は工業用の素材や道具で十分に出すことができるけど、それを個人で用意するのは難しい、というケースはよくありますね……。

松本  たしかに大きな機械を必要とする材料だと、ちょっと難しいですよね。でも素材がそれしかなければ、私たちもそうですが、何とか工夫して応用して、それを使っている感じですね。

── ジェスモナイトはアートと工業の中間に位置しているようで、どちらかというとアート寄りな感じがします。

松本  そうですね。ジェスモナイトは、従来のFRP樹脂の安全な代替として開発された材料で、アートが出発点です。ファインアートやホビーなど立体作品の制作で数多く利用されています。またイギリスやヨーロッパでは建築装飾パネル制作によく使われています。ジェスモナイトのパネル製作は工場生産といっても完全なる手工業で、職人たちが1枚1枚、手で塗って貼って仕上げるケースがほとんどなので、工業というよりも工芸と呼ぶ方が近いような気もします。

── 個人で何か作り始めたとして、ちょっと危なかったり危険が伴うような工業用の素材や道具を必ずしも使わなくても良い、そのための選択肢が用意されているっていう状態はクリエイターにとって安心できる、とてもありがたいことですね。
作った後、製品自体の安全性ってすごく念入りにチェックすると思うのですが、作る側の安全性はどうしても疎かになってしまったり、二の次になってしまったり。そういうことがあるので尚更、作る人もその周りにも優しいジェスモナイトは革新的な素材でした。

松本  制作過程における作業者の健康や安全への意識・配慮のレベルは、ヨーロッパなどと比べると、日本はかなり違いがあるかもしれませんね。ジェスモナイトが開発されてから今年で40周年を迎えましたが、日本に入ってきてからはまだ8年です。日本に入るのが遅かったのも、そのあたりの意識の違いによるのかもしれません。

松本  工業的な材料が本来の用途で使われる時は、企業が安全管理をして従業員も守られていると思いますが、個人や小さな組織が、そういう材料を安全対策や知識が不十分ままで流用して使ってしまうと、危険を伴うケースもあります。安全な代替となる材料の選択肢はどんどん増えてほしいですよね。

 

制作の現場では、ときには便利さや手軽さの裏側でリスクが伴うこともあるでしょう。
興味を持った人が安心して最初の一歩を踏み出すために、あるいはこれからも制作活動を続けることができるように。作り手がその時々に応じて最適な手段を選ぶための環境として、ジェスモナイトは、立体造形をカジュアルに始めてみたい人に用意された素材であり、選択肢でもありました。

── 最後に、松本さんがこれから見たいと思う光景について教えてください。

松本  いろいろな作家さんが使って下さっているおかげで、ジェスモナイトは立体アート系ではほんの少しづつ知名度が上がっていると思います。本国イギリスでは、キャプションの素材名に「発泡スチロール、金属、ジェスモナイト」のように一般名詞として表記されていることも多いので、いずれは日本でも材料のジャンル名として「ジェスモナイト」という言葉が使われるようになってほしいなという野望はありますね(笑)。

素材、道具、場所。
もっとワクワクするための選択肢を探しに行こう。

「あの人、あの場所、あの素材 Vol.1」では、FabCafe Kyotoがおすすめする「ものづくりスペース・サービス」「素材・材料」「加工方法・技術」のうち、水性樹脂「JESMONITE®」を取り扱われているシィアンドビィ株式会社、そして広報・サポートを担当されている松本さんにお話を伺いました。オフィスに並ぶテストピースの一つ一つにバックグラウンドがあり、素材を扱う方々の間で交わされた言葉と実験の数々について思いを馳せずにはいられません。

今回お話いただいた加工方法や道具について、それらをどのような「作る」場面に落とし込むのか。アウトプットは人それぞれであり、どんなことができるのか、考えるだけでもアイデアは際限なく広がっていくように思われます。

シィアンドビィ株式会社さんのオフィスへ訪問を希望される場合は、あらかじめメールでのお問い合わせをお願いいたします。また、ジェスモナイトのサンプルはFabCafe Kyoto店内のマテリアル棚にも保管されています。素材について、あるいは場所について興味のある方は、足の赴くままに出かけてみてはいかがでしょうか。新たな創造性の源泉は思いも寄らぬ場所で待っているはずです。

 

FabCafe Kyotoは、喫茶利用はもちろん、ノマドワークやミーティングなど、場所としてさまざまな使い方があり、レーザーカッターやデジタル刺繍ミシンといったデジタル工作機器のセルフ利用サービスと操作方法習得の機会も提供しています。作りたいものがある方、素材を探している方など、訪れる人の数だけ過ごし方があります。

カップを傾けた時に香るコーヒーの匂い、工作機械が稼働する音、それらを感じながら一息ついた時にふとひらめきが訪れる。好奇心と創造性が刺激されるような出来事が待つ場所の一つとして、FabCafe Kyotoはいつでもお待ちしています。

profile

松本 広子
シィアンドビィ株式会社
広報・サポート担当

2016年12月ジェスモナイト日本初導入時から参画、以後ジェスモナイト日本総代理店の広報・サポートを主に担当。日本各地の美術大学でのデモンストレーション、ワークショップなどの他、制作者のサポートも行う。

シィアンドビィ株式会社 / C&B Limited
ジェスモナイト日本総代理店 / Jesmonite® Japan Distributor

2016年創業、2019年法人設立。樹脂・シリコン・塗料・接着剤など、造形素材の販売を行う。目的に合わせた最適な材料選定・提案を行う素材のスぺシャリストであり、制作で技術面からのサポートを積極的に行っている。

ジェスモナイト日本公式Webサイト
「Jesmonite Japan Distribution」

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