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[Event Report] 身体の限界突破技術が可能にする 「誰もが挑戦できる社会」 Cybernetic being Meetup vol.02 レポート
日本の科学技術やイノベーションを推進するムーンショット型研究開発事業。そこでの目標のひとつ「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会」を実現するうえで鍵となる存在が、サイバネティック・アバターです。
その新たな身体性を通して、人々が自身の能力を最大限に発揮し、多彩な技能や経験を共有できる未来社会像「サイバネティック・ビーイング/身体的共創」を探求する活動が始動しCybernetic being Meetupのが開催されています。
第2回の今回では「身体の限界を突破する」と題して、ロボットアバターをはじめとしたテクノロジーによって身体機能を補綴・拡張する技術についてセッションが展開されました。
分身ロボット技術による“もうひとつの身体”
「皆さんは身体が動かなくなったときのキャリアを考えたことはあるでしょうか?」。
分身ロボットOriHimeや、OriHimeを遠隔操作することで接客を行う「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」などを開発する株式会社オリィ研究所の代表でありプロジェクトメンバーの吉藤健太朗は、現代社会は働くにしても遊びに行くにしても人間が「身体を運ぶこと」を前提にデザインされているといいます。
プロジェクトメンバーの吉藤は、2013年にALS患者に出会ったことをきっかけに筋電や視線入力の研究開発を開始。今回のミートアップにも参加している武藤将胤さんとは2015年に出会い、ALS患者をはじめとするユーザーに向けた意思伝達装置「OriHime eye」の開発をともに進めてきました。
「分身ロボットカフェでは、ロボットが自動で動いているわけではありません。離れた場所にいる人間が実際に操作をして、店頭でコミュニケーションをしています。元バリスタのALS患者が自宅からロボットを動かすことで、そのバリスタにしか出せない味を店舗で提供するという試みも行っています。分身ロボットカフェのメンバーには、OriHimeを遠隔操作することで大学の講義に参加したり、就職後にOriHimeを介して企業の受付を務めている人もいます。また身体の障害や寝たきりの人だけでなく、精神的な障害で人前に出ることが難しいという方々も、OriHimeという“もうひとつの身体”を使って働くことを実現しています」(吉藤)。
また最近では、OriHimeを使った新しいスポーツのあり方を提案しているといいます。
「パラリンピックには、身体が動く人しか参加することができません。しかし、寝たきりであってもプレイヤーとしてスポーツを楽しめるかたちがあるのではないかと思うんです。今は自分の身体で動かすことができる私も、いずれ歳をとって身体を動かすことができなくなったり寝たきりになったりする。身体拡張の技術を用いることで、自分らしく働いたり社会と関わって生きる選択肢や時間軸を拡張していけるはずです。自分の介護を自分自身で行う未来があってもいい。寝たきりの“先輩”である武藤さんと私たちが進めている研究開発が、いつか全人類にとってのヒントになると思っています」(吉藤)。
身体機能を拡張するテクノロジー
ALS(筋萎縮性側索硬化症)にかかったことをきっかけに一般社団法人WITH ALSを2016年に立ち上げ、クリエイティブの力でALS患者が抱える課題の解決に取り組んでいる武藤将胤さん。今回のMeetupでは、視線入力技術と自身の音声データを駆使してプレゼンテーションを行いました。
「全ての人が自分らしく挑戦できるBORDERLESSな社会」をミッションに掲げるWITH ALSは、ALS啓発音楽イベント「MOVE FES.」の主催やアパレルのプロデュース、テクノロジーの共同研究・開発、訪問介護事業のサービスなどさまざまな活動を行っています。武藤さん自身も闘病を続けながら、当事者としての経験や視点を活かして、視線入力や脳波を活用したインターフェースの研究開発を行ってきました。2022年には、脳波で分身ロボットを操作して接客を行うアパレルストアの公開実験に世界で初めて成功しました。
また、アバター技術を駆使した身体拡張への挑戦も行っています。2023年には世界最高峰のメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」(オーストリア)において筋電(筋肉が動いたときに微細に発生する電流)によって操作するアバターを用いたライブを成功させました。世界初となったこの「身体拡張ライブ」は、国内外の19のクリエイティブアワードを受賞しました。
「脳波と分身ロボット技術の融合をとおして、失った身体機能の補完を超えて、身体を拡張できる未来をつくっていきたいです。車椅子や義手義足と同じように、ブレインテックや分身ロボット、ロボットアームが日常生活において当たり前の選択肢になることを目指してプロジェクトを進めています」(武藤)。
進化するブレイン・コンピューター・インターフェース
脳の活動を読み取ってコンピューターを操作する技術「ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)」を研究する脳科学者の荻野幹人さん(東京大学特任研究員)は、吉藤さんや武藤さんとともに研究開発を進めるひとりです。
「人間の脳では神経細胞が電気信号で情報の伝達をしています。BCIは、頭皮上に現れる電気信号と脳波を脳波計で増幅し、それらをAIを使いながら解読していきます。脳活動の計測手法には他にもfMRIなどがありますが、脳波の計測はセンサーを頭皮に付けるだけなので、安全で安価で高速という利点があります」(荻野)。
BCIで扱う身体情報には、身体の運動を想像することで生じる運動想起型電位(MI)、聴覚などの刺激への反応で生じる事象関連電位(ERP)、低周波などの刺激による定常状態誘発電位(SSEP)の3種類があり、荻野さんが武藤さんと研究を進めるなかで主に扱っているのは、ERPを用いた技術です。これは聴覚や視覚を使い、特定の音や画像に反応した脳波を読み取ることでコンピュータを操作できるものです。研究を重ねるなかで、三択制のコマンドを武藤さんが選択する意図に対してコンピュータは90%近い読み取り精度で結果を出せるようになったといいます。
「私が研究者として目指すのは、誰もが身体的制約にとらわれず互いにつながる世界の実現です。またそのような私の想いと同時に、研究には、それを必要とする社会や使い手という存在も必要です。ALS患者である武藤さんが先頭に立ってくれていることは、科学研究と社会を結ぶ大きな起点になっています」(荻野)。
いつまでもチャレンジが可能になる社会
クロストークでは、吉藤さんと武藤さん、荻野さん、そして3人が携わる「BRAIN BODY JOCKEY(B2J)」プロジェクトディレクターである安藤良一さんを迎えて、身体拡張の未来について議論が展開されました。
「B2Jは、サイバネティック・アバター技術を用いて人間の能力を拡張しようという取り組みのひとつです。これまで皆さんが話してきたような技術を使って、身体拡張による新しいエンターテインメントやパフォーマンスの実現を目指しています。武藤さんを縛っている身体的制約を取り払って、彼が思い描く表現、クリエイティビティを解放する試みでもあります」(安藤)。
「ロボットアームを武藤さんの身体の一部にするという目標もありました。身体の一部にするということは、デバイスがファッションになることだと思ったんです。ALSによって身体機能を失った武藤さんは、視線入力を介して服をデザインし、自らも着用しています。その服を彼の意思通り動かせられるならば、その服は自他の共有認知として武藤さんの腕になり得るかもしれないと考えています」(吉藤)。
「B2Jでの技術的なチャレンジは、選択肢数を増やす、スピードを上げる、精度を上げるの3つでした。今は10秒ほどかかっているひとつの挙動を、5秒、3秒と縮めたいと思っています。“個人への特化”がキーワードです。脳波は人によって違うので、まずは武藤さんだけのデータを大量に取得・蓄積し、武藤さんに特化したシステムを構築するフェーズを踏んでいます。また、ALS患者はだんだん運動野の働きが失われてしまうといわれていますが、例えば前頭前野など運動野以外の部分でロボットアームを操作するシステムも今後は開発されていくと思っています」(荻野)。
スポーツやエンターテインメントなど活用の場面が広がるアバター技術。Meetup会場では、教育における活用可能性について、参加者からの質問が挙がりました。
「教育委員会と協力して特別支援学校などでの活用も模索しているところです。身体が動かないことで、進学や就職が厳しい子どもたちがたくさんいます。そこで、OriHimeを遠隔操作することでお年寄りの話し相手を務めたり、寝たきりの子にスポーツ大会に参加してもらい、働くことや社会を体験する取り組みを行っています」(吉藤)。
「障害によって自分の感情表現が難しい子どもたちに対して、脳波で感情を読み取るといった試みも行われており、ニューロフィードバックという研究が教育の場面で使われることもあります。例えば、日本人は英語のLとRの聞き分けが苦手と言われますが、脳波を見ながら音を聞くことで早く覚えられるといわれています」(荻野)。
「我々は、誰かを必要とし、誰かに必要とされることで生きることができる存在であると思っています。身体を動かすことが難しくなっても仲間とともに働き続けることができる、必要とされ続ける未来の実現をあらゆる領域で目指しています」(吉藤)。
セッションの終盤にはモデレーターより登壇者それぞれに向けて「身体の限界を突破する」ことの解釈を問う質問が投げかけられました。
「人間の限界を決める大きな要因のひとつに、自己認知があります。自身の可能性を縛ってしまうような認識を解放するために、日常から脳の活動や脳波を可視化することに可能性を感じています。その可能性を探るためにも、これからもニューロフィードバックに関する研究を続けていきたいと思っています」(荻野)。
「AIをはじめとするテクノロジーの発達に伴って、われわれ人間のできることが増え続けています。だからこそ、できないことや、できなくて悔しいと思えることを見つけることにも価値がある時代です。限られた人生の中でひとつでもふたつでも、そのようなできないことをミッションに掲げて挑戦すること。テクノロジーを携えながら身体の解放に挑戦していくことが当たり前の選択肢としてある社会を、次世代に向けてつくっていきたいです」(吉藤)。
「限界は自分が限界をつくったときに初めてできるもの。仲間とともにテクノロジーとクリエイティブによって限界を超える挑戦を続けます。挑み続ける限り、限界などないというのが私たちの考えです」(武藤)。
■登壇者の武藤さんが代表を務める一般社団法人WITH ALSは、ALS啓発を目的とした音楽フェス「MOVE FES. 2024」を、11/24(日)、LINE CUBE SHIBUYA(東京都渋谷区)にて開催いたします。
日本最大の難病ALS啓発音楽フェスMOVE FES.2024、11/24(日)にLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で開催!チケット好評発売中!
ミートアップの内容を詳しく知りたい方は、下記の配信アーカイブから、当日の様子をご覧いただけます。
Cybernetic being Meetup vol.02 身体の限界を突破する
文/長谷川 智祥