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[Event Report] 工芸とハプティクスが紡ぐ 経験を共有できる未来 Cybernetic being Meetup vol.01 レポート

本記事は、2024年7月18日に開催されたCybernetic being Meetup vol.01「技能の記録と共有が生み出す身体的共創の可能性」のレポートです。

「サイバネティック・アバター」という新たな身体性を通して、人々が自身の能力を最大限に発揮し、多彩な技能や経験を共有できる未来社会像「サイバネティック・ビーイング/身体的共創」を探求する活動が2020年に始動しました。

ものづくりの文化で培われてきた技能の継承をはじめ、サイバネティック・アバターはわれわれの生活のあらゆる場面と接点を持つことができるはず。そのような可能性を問いながら未来社会への期待感を共有する試みとして2024年7月に始まったCybernetic being Meetup、その第1回の様子をレポートします。

「身体的経験の拡張」を紐解くコンセプト

南澤孝太PM(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・教授)

南澤孝太PM(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・教授)

 日本の科学技術やイノベーションを推進するムーンショット型研究開発事業。ムーンショット目標1「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会」を実現するうえで鍵となる存在が、サイバネティック・アバターです。

 2021年にグッドデザイン大賞を受賞した「OriHime(オリヒメ)」をはじめ、われわれの日常生活のなかに徐々に現れるようになったロボットアバター。同時に、VRやメタバースの進化によって現代はすでに人間がデジタルとつながりながら生きている時代であるということ、物理世界で生きることと情報の世界で生きることが不可分になりつつあるということをプロジェクトマネージャである南澤孝太さんは指摘します。

 「Project Cybernetic being」のプロジェクトマネージャーを務める南澤は「Embodied Media」というコンセプトのもと、バーチャルとフィジカル双方から新たな身体性の在り方を探求してきた研究者。ミートアップでは、従来の身体が持つ制約を人間が突破していくためのアプローチを紹介しました。

 「変身・分身・融合。この3つのコンセプトから身体的経験の拡張というものを紐解いてきました。変身(Cognitive Augmentation)とは、アバターという実際の自分とは異なる見た目や体つきの身体を得ることによって、話し振りやコミュニケーションといった『心』の部分も変わるということです。分身(Parallel Agency)とは、デジタル情報においては当たり前の『コピペ(Copy & Paste)』という概念を自分に当てはめてみるということ。複数箇所にいる自分がそれぞれに行動をとることができ、またそれらの体験を同時に知覚することができるようになります。融合(Collective Abilities)とは、ロボットというひとつの身体を複数人が同時に操作することを指しており、ひとりの人間の能力を超えたアバターが存在する未来を描いています」(南澤)。

 これらのコンセプトをベースに、Project Cybernetic beingでは「認知拡張」や「経験共有」「技能融合」といったテーマで身体的経験のDX(デジタルトランスフォーメーション)を研究する体制を組んでいるといいます。

工芸の魅力を伝えるハプティクスの可能性

原岡知宏(日本工芸産地協会、理事)

原岡知宏(日本工芸産地協会、理事)

 技能の記録と共有という点において、身体的共創の可能性を強く感じているという日本工芸産地協会の理事の原岡知宏さんは、日本の工芸の担い手と地域を支援しています。

 日本工芸産地協会は、衰退の一途をたどる日本の伝統工芸産業を再び盛り上げ、「工芸大国日本」という未来をつくるべく2017年に立ち上がった一般社団法人。「産地カンファレンス」という講演会/交流会を年に一度、会員企業の拠点地域をまわるかたちで企画するほか、2021年には「日本工芸産地博覧会」を主催し20,000人を動員するなど、工芸の啓蒙に取り組んでいます。

 日本工芸産地博覧会は2025年の大阪関西万博に出展することが決まり、工芸産地の自立と持続可能性の実現に向けて着々と歩みを進めていくなかでも、原岡さんは日本の工芸が抱える大きな課題を感じていました。

 「サイエンスを伴った価値伝達の方法を長らく模索してきました。工芸の魅力を知ってもらうためには、実際に来てもらう、触れて体験してもらうのが一番いいとはいえ、そこに至るまでの動線設計は難しい。テキストや映像といった情報を扱うだけでもうまくいかないと思うなかで出会ったのが『ハプティクス』です」(原岡)。

 モノの触り心地や、人間の触覚を科学し、新たなインタラクション/コミュニケーションのかたちを探るハプティクス研究。そこでの知見と日本の工芸がどのようにコラボレーションできるのか、勉強会やワークショップを重ねたところ、いくつかの工芸メーカーが実際にアクションを起こしたいと集まって来てくれたといいます。

 「大阪の『堀田カーペット』との共同研究を皮切りに、工芸品の魅力がひとつひとつ紐解かれていく、数値ひいては言語にまで落とし込まれていく心地よさのようなものを得ました。また使い手だけでなく、ベテランの職人にものづくりのプロセスひとつひとつを言葉にしてもらうことで、新しい発見や伝え方のヒントを見出すことができました。研究者と職人の対話が生まれる場でもあったように思います」(原岡)。

個人に内在する身体知を明らかにする触覚研究

田中由浩(名古屋工業大学、教授)

田中由浩(名古屋工業大学、教授)

 名古屋工業大学でHaptics Lab(触覚学研究室)を主宰しプロジェクトメンバーでもある田中由浩教授も、工芸とハプティクスの研究に参加したメンバーのひとり。田中さんは触覚という知覚が持つ特徴(内的特性)を「自己言及性」と「双方向性」のふたつに大別できるといいます。

 「触覚は自己言及的である、という表現を使っています。対象となるモノの形状や質感を感じ取るとき、自分自身の皮膚の変形を通して知覚するというのが触覚の実際のプロセスです。またモノに触れるという動作によって知覚が生じるのと同時に、知覚を得ることによって自分自身の動作を調整するということも起きていて、この点は特に職人や技能者と呼ばれる人々に顕著に現れます。物質への触れ方、触り方ということについて、繊細かつ高度な戦略を体得しているからです」(田中)。

 他者が見ている/感じている世界を知りたいという好奇心が、自身の研究の原点にあるといいます。主観的とも言える身体知を明らかにするうえで、触覚にまつわる個人差を分析する基礎研究も進めているといいます。

 「物質に触れてから触覚を得るに至るまでの構造を整理すると、皮膚特性(力学)や感度(信号処理)、知覚(情報統合)、運動制御といった観点を見出すことができます。それぞれの値を可視化することも、個々の身体や運動戦略に内在している知を明らかにする触覚研究のひとつです。これらの研究を通して、人間の創造性をより豊かにする、持続的・発展的社会形成に貢献したいと思っています」(田中)。

陶芸の技能共有ーー壺屋焼窯元・育陶園とのコラボレーション

 人々が長きにわたって培ってきた技術を分析・記録することを通して、それら技術を後世に伝達するだけでなく、新しい創造に寄与する可能性を持つハプティクス研究。ミートアップでは、Project Cybernetic beingが進める、工芸のつくり手たちとのさらなる共同研究が紹介されました。

 「沖縄に『育陶園』という300年以上の歴史を持つ窯元があります。地元の土や独自の釉薬を用いてシーサーやさまざまな陶磁器をつくっているのですが、社員が約40人(うち職人が約20人)もの規模で手づくりの作陶にこだわり続けるというのは、すごいことなんです。全国的にも珍しいこの手づくりの文化と工芸品を伝えていく取り組みとして、共同研究が始まりました」(原岡)。

 「触覚研究から明らかになった身体感覚を再現したり共有したりすることで、技能の伝達に応用することができるようになるはず。その第一歩として、育陶園での技能計測を実施しました。職人の身体にさまざまなセンサーをつけて、視線や腕の動き、触覚データなどを計測します。また計測するだけでなく、実際にわれわれも土をこねる工程を体験させてもらったのですが、思っていた以上の土の重量感に驚きました。職人の手にかかると土はとても軽やかに、滑らかに変化していくので、力の入れ方もまったく異なるということを身を持って知りました」(田中)。

 「ここで計測したデータをもとに、職人がろくろを回す工程で発する力加減を追体験できるデバイスをつくりました。育陶園の工房には、われわれとの共同研究がスタートする前から3Dプリンターが設置されていて、人間の手だけではつくれない造形にチャレンジするための型をつくっていたんです。そういった試行錯誤が伝統的な工芸の現場で重ねられていたことにもワクワクしたのを覚えています」(南澤)。

 「共同研究を始めてみると、職人サイドの技術への興味や活用方法の提案といった『前のめり』な姿勢をさまざまに見ることができました。育陶園には『沖縄の景色をつくる』というビジョンのもと、ものづくりや仕事、生活を一貫して大切にしていくカルチャーがあります。生きるうえで大切なことを未来に残していくという志と、今回のプロジェクトが掲げる『Being』というコンセプトが共鳴しているように思います」(原岡)。

 「先ほど紹介のあった身体的経験の融合という観点からの実装も進めていきます。別々の役割や技能を持ったふたりの人間がひとつのロボットアバターを操作したとき、ひとりで行うときよりも精度や主体感が向上するというケースを確認することができました。これまでに書道や田植え、料理などのケースを試してきましたが、より精緻なものづくりや複数人での技能融合を通して、新しい身体性を探求していきたいです」(田中)。

 「ものや道具をつくるうえで身体といかに向き合って動かしていくかということにおいて、陶芸のつくり手とハプティクスの研究者には重なる領域が多分にあるということを感じています。暗黙知であったり多様な個性を体系化できるようになれば、この研究がオープンイノベーションのインフラになりうるのではないか。そのような広がりを意識しながらプロジェクトを進めていきたいと考えています」(南澤)。

 オンライン参加者からも多数の質問が集まったミートアップ。会場ではトークのなかでも紹介されたハプティクス研究のデモが展示され、来場者が実際に体験する場面も多く見ることができました。

また、当日のイベント内容を詳しく知りたい方は、下記のYouTubeのアーカイブから、当日の配信の様子をご覧いただけます。

Cybernetic being Meetup vol.01 技能の記録と共有が生み出す身体的共創の可能性

 今回のvol.01を機に、今後もCybernetic being Meetupシリーズでは産学共創のコンソーシアムや地域コミュニティとの連携を通じた意見交換など、さまざまな交流の場をつくっていきます。次回の開催もお楽しみに。

文/長谷川智

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