- Project Report
人と機械の関係性は協働から融和へ。人と共に進化するロボット「FORPHEUS」
人と機械の未来を具現化する世界初の卓球ロボット「FORPHEUS」
ファクトリーオートメーションやヘルスケアなどの領域で社会を牽引するオムロン株式会社(以下オムロン)。オムロンは、「Sensing & Control + Think」を全社共通のコア技術と定義しています。人やモノから必要なデータを取得し(Sensing)、その情報をもとに適切なソリューションを提供すること(Control)、そこに「人の知恵」を意味する「+Think」を加え、よりよい社会の実現に取り組んでいます。
科学と技術の進歩によりAIやロボットが人類の能力を淘汰する未来を示す「シンギュラリティ」という概念が広まって久しいですが、その一方でオムロン創業者・立石一真氏は、1970年に発表した「SINIC理論」の中で、人が自分らしさを発揮しこころの豊かさを追求できる自律社会の到来を予測しています。オムロンは、「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」という創業者の経営理念のもと、機械が人の業務を代わりに行う「代替」、人と機械が共に作業する「協働」から、人がより創造性や可能性を発揮できる人と機械の関係性として「融和」のコンセプトを提唱しています。この人と機械の「融和」の姿をオムロンが持つコア技術で具現化するものとして、卓球ロボット「FORPHEUS(フォルフェウス)」の開発プロジェクトは始まりました。
FORPHEUSとは「Future Omron Robotics technology for Exploring Possibility of Harmonized aUtomation with Sinic theoretics」から名付けられたものです。2013年、アジア圏でのブランド認知拡大を目的として中国・北京で行われたプライベート展示会「オムロン トータル フェア2013」にて初披露されました。工場で使用されているパラレルリンクロボットをベースに、複数のカメラでボールの動きを読み、的確にボールを打ち返してラリーを継続させるロボットです。
初めは人と機械でラリーができるというシンプルな機能からスタートしたFORPHEUSですが、2016年には、プレイヤーが返球しやすいようにロボットが返球する位置を示す「最初の卓球コーチロボット」としてギネス世界記録に認定されました。そして、2018年には「エキスパートプレイヤー&コーチ」をコンセプトにプレイヤーのレベルに合わせてカットやドライブなど多彩な球を打ち分け、プレイヤーの動作から改善点をアドバイスするパーソナルコーチングができるまでに至りました。この「融和」の姿は毎年国内外の展示会で披露し、大きな反響を得ています。
異なる経歴のメンバーで新たなアイデアを見出したワークショップ
卓球のラリーの上達に技術面で人に寄り添うことができつつある状況において、次なるチャレンジとしてオムロンが目指したのは人の感情に寄り添う価値提供でした。人が創造性を発揮し可能性を高め成長する上で、感情や内面の状態はとても重要な要素です。人と機械の融和を目指すにあたってFORPHEUSはどのような未来を提示することができるのか。2018年からプロジェクトに合流し、ビジョンの具体化を支援したのがMTRLの関連サービスであるFabCafeです。
2018年にFabCafeは、FORPHEUSがこれからどう進化していくべきか、スポーツ科学とコーチングの研究者や身体性メディア、工業デザインなどの有識者を迎え、アイディエーションを行いました。ワークショップで繰り返し議論を重ね、5年後の到達目標を設定。バックキャスティングによって未来シナリオと達成に求められる機能要件を整理することができました。
要件をもとに、2019年は人の感情を理解しモチベーションを高める機能の実装に着手。モチベーションを高めることを実現しているものとしてゲーム業界に着目し、株式会社スクウェア・エニックスよりゲームAI開発の第一人者である三宅陽一郎、水野勇太両氏をプロジェクトに招き入れ、ワークショップを通じてプレイヤーのモチベーションを高めるためのアイデアをまとめました。具体的には、FORPHEUS役のプレイヤーが、緩急をつけたり、コースを振り分けたり返球し、相手が抱いた感情を快・不快と覚醒・非覚醒の2軸で評価するラッセルの円環モデルにマッピングしました。
このFORPHEUSプロジェクトにおいて、外部メンバーを迎えたのは今回が初の試み。
「初めはバックグラウンドの違いに戸惑いを隠せなかった」とオムロンの中心メンバー、中山雅宗氏は振り返ります。人間がプログラミングした、イレギュラーが起きにくいゲームの世界に対し、現実世界の卓球では何が起きるかわかりません。ゲームAIの概念を取り入れつつ、現実世界で起こるノイズも許容しながら実現可能な実装案を考えることは課題の一つでした。
ブレイクスルーとなったのは、メンバー全員が卓球台を中心に体を動かしながらおこなったFabCafeでのワークショップ。コンセプトや概念の話題は机上論になりがちで、意見が平行線をたどることも少なくありません。実際に皆がラリーをして仮説検証をおこなったことで、リアリティのある議論を展開することができました。
「オムロン社内のメンバーだけでは、情報工学や機械工学などバックグラウンドが似通っており、斬新なアイデアがなかなか出てきません。それに対してスクウェア・エニックスやFabCafeの皆さんとの共同研究は刺激的でした。予想外のアイデアに驚くこともありましたが、機能として実装してみると腑に落ちることが何度もありました」(中山氏)
感情に寄り添う第6世代FORPHEUSの完成、そしてさらなる挑戦へ
こうして、生体情報と表情からプレイヤーの感情を推定し、モチベーションの高いラリーができる最新版のFORPHEUSが完成しました。初代から通算して、これが第6世代となります。これまで実現していたプレイヤーレベルに合わせたラリーだけでなく、「ついに感情やバイタルデータまで取り込んで、楽しくラリーが続けられるようになった」「気が付いたらうまくなっている。」と社内外からの反応は好評です。オムロン、スクウェア・エニックス、FabCafeというまったく違った業界とのコラボレーションは、オープンイノベーションという観点でも注目が集まっているようです。
多くのAIが人の作業を置き換える「代替」に注力する中、人と機械の「融和」を目指すFORPHEUSの開発。課題や困難に直面しつつも、共同研究によって新たな視点を獲得するプロジェクトはメンバーにとってもやりがいを感じられるものになりました。現実世界とゲーム世界のギャップに直面したスクウェア・エニックスの面々も「現実世界で得た知見をゲーム世界に展開すると面白いものができるかも」と予想外の収穫に手応えを感じています。
しかし、FORPHEUのチャレンジはまだ終わりません。中山氏は「FORPHEUSとのラリーを通じて、プレイヤーが楽しみながらスキルを上達できるようになりましたが、逆に言えばまだラリーしかできていない。ラリー以外にプレイヤーの能力を引き出す方法を考えています」と、すでに次の展開に目を向けています。2020年11月に上海で行われた「第3回中国国際輸入博覧会(CIIE)」では、FORPHEUSを相手に人と協調ロボットがペアを組んでラリーする姿を披露し、話題を呼びました。
「人と機械の融和」はあくまでオムロンが独自に描く未来像であり、まだ社会に浸透しているとは言えません。FORPHEUSを通じて同社の描く未来を発信し、パラダイムシフトを起こせる日まで挑戦は続きます。