- Event Report
「“協創”の鍵はイレギュラーを楽しむこと」 “常識破り”な作品展・AGCとのオープンイノベーションプロジェクト
ロフトワークが企画、コーディネート、展示設計を手がけ、3月まで開催している展覧会、「AGC Collaboration Exhibition 2018『ANIMATED』」では、ガラスを生命体に見立て、素材と技術の新たな解釈により生み出された作品の数々が展示されています。
当展覧会は、ロフトワークがクリエイティブパートナーとして立ち上げからサポートしている、AGC株式会社(旧旭硝子株式会社)によるオープンイノベーション推進のための”協創”*プロジェクト「SILICA(シリカ)」の活動第一弾でもあります。
*AGCとのプロジェクトにおいては、共創ではなく”協創”という表記に統一しています。
“協創”プロジェクトから生まれた“常識破り“な作品展「AGC Collaboration Exhibition 2018『ANIMATED』」を開催(プレスリリース)
今回の展覧会はどのような考えで生まれ、外部のクリエイティブパートナーとともに作るオープンイノベーションプロジェクトにおいて大切なこととは何なのでしょうか?そんな問いに対するヒントを得られるパネルディスカッションの様子をレポートします。
AGC株式会社で研究・開発に携わる河合洋平さん、“協創”プロジェクト「SILICA(シリカ)」に参加し、今回作品を出展している建築家の大野友資さん(DOMINO ARCHITECTS代表)、そしてアート、サイエンス、カルチャーなど多方面の領域を横断してコミュニティや場づくりをしている青木竜太さん(ヴォロシティ株式会社代表取締役社長)の3名をパネリストとしてお迎えし、素材をテーマにしたコワーキングスペースMTRL(マテリアル)サービスを運営する、ロフトワークの”弁慶”こと小原がモデレーションを担当しました。
“協創”プロジェクトのはじまり-「自前主義」からオープンイノベーションへ
河合さんは、長年研究開発部門でガラスのコーティング技術の研究をしてきました。これまでは、クライアントが求めるニーズに合わせて技術を提案するというビジネスモデルでしたが、社会で求められるものが多様になっている今、技術を追求するだけでは柔軟にニーズに応えられない、という状況に。
そこで、自前主義からオープンイノベーションに基づいたビジネスへとシフトするために、現在様々な試みをしているそうです。
キーワードは「つなぐ」。グローバルなテクノロジーとのネットワーキングの場を設け、世界中の技術を吸収すること。新しい研究開発棟を設立して研究拠点を統合すること。そして、外部との”協創”プロジェクトを進めることよって、社内外を繋ぐことの3つを目指しています。
AGC株式会社 河合洋平氏
「性能は勝っているのに、海外メーカーにコスト面で勝てない。土俵を変えて、ものすごく付加価値が高いものを作ろうとしても社内にその部署がなく、社外に目を向けたのが始まりです。社内にないユニークな視点を持ったクリエイターと協業し、先んじて提案することで、既存のお客様とより強固につながれると思いますし、最初に声のかかる企業になりたい。異業種の企業さんには、展示品をきっかけに”ガラスでこんなことができるんだったら、あんなことができるかもしれない”、と想像してもらい、新たなビジネス分野に広げていきたいと考えています。『ANIMATED』はその最初の一歩。次の時代につながる新しいアイディアをクリエイターのみなさんから出していただいたと思っています。」(河合)
成功の鍵は「ぶれ」や「揺らぎ」などのイレギュラーを楽しむこと
今回の展示作品を作った1人である大野さんは、いくつかの事例紹介とともに、”協創”の進め方について語りました。建築家、デザイナーである大野さんにとって、職人さんや業者の方への発注を含め、「他者と作る」という行為は必須。最近では、六本木ヒルズのクリスマスツリーをデザインしたそうです。
「プログラミングを用い、かなり高度な計算をして作っていますが、作品を実際に作るのは職人さんたち。設計通りにはならないけれど、それでもいいと思っています。設計をした時にはかっちりしていたものが、人の手を介することによって温もりを感じるような作品になる。そんな協業のあり方が面白い。コントロールしすぎず、相手が持っている知見をリスペクトすることも非常に重要です。」(大野)
さらに、日本建築はプログラミングだった、という見立てをし、デザイナーの役割について以下のように述べています。
「中世の日本建築に、木割書(きわりしょ)という設計基準を記載するものがあり、角度や入り口の大きさが文書で書かれていました。その数値を適用すれば、今でも伝統建築らしいものをつくることができる。一方で、ディテールには職人さんたちの意匠性が現れるわけですが、そういった細かいところまで考えるのではなく土台となるシステムをまず考える。自分が担保したい品質や揺らいではいけないポイントは決めておいて、あとの部分は協働する相手に任せる。その線引きをするのがデザイナーの仕事かなと考えています。」(大野)
DOMINO ARCHITECTS代表 大野 友資氏
青木さんは、プログラマーとしてキャリアを積んだ後、病気をきっかけに次世代に残せるものをと考え、TEDxKidsというイベントを開催するように。そこから、様々なプロジェクトのプロデュースを手がけています。日本におけるアートやアーティストの認知向上を目指す啓蒙の場、Art Hack Dayや、人工生命国際会議ALIFEなどがその一例です。
Art Hack Dayという成長しているコミュニティにおいて、”アートをハックする”というプログラムを作った理由については、
「そもそも日本でアートの評価が低いのは何故なのか、ということを捉え直そうと思いました。アーティストは、世界のあらゆるものをセンシングし、思考を深め、培ったスキルで表現する。ただ、受け手側にアート教育の素養がないと、理解されず、作る側と受け取る側にすれ違いが起こる。そこで、これまでの作品制作のプロセスをいったん忘れて、別のプロセスで作品を生み出したらどうだろうか?お互いの理解が深まる仕組みはいったい何なのか?という疑問からスタートした。当時、ハッカソンという開発手法が注目されていて、それを取り入れてみたのです。」(青木)
外部から新たな情報が入ってきて、そこから自分の思考が始まる──青木さんは、そのような状態を”創発現象”とよび、他者から受け取る情報から思いつくアイディアは多いと言います。
コンセプトデザイナー / ヴォロシティ株式会社代表取締役社長 青木 竜太氏
一方で、とくに今回のように企業が新しいチャレンジをする上で、結果への期待は避けがたいもの。数年後ビジネスに繋がることが目標として設定された場合、どのように社内を調整するのか、青木さんは気になる質問として河合さんにぶつけます。
「やっぱりアートやデザインをどうビジネスにつなげるかは大きな課題で、模索している状況。上層部にしてみたら、数年後にビジネスにつながらなければ、投資できない、という考えがあります。一方で、長期的に臨まないと、結果が出ないというせめぎ合いがある。我々としては、小さいことから大きいものにつなげていきたいと思っています。」(河合)
事業部との関係性やKPIの点では、次のように述べます。
「まだ1年経ったところなので、すぐにダメ、という話は出ないですが、正直目標はあります。わかってくれる人はわかってくれるが、全然よさがわからない、という人もいる。どうやってプロセスを見える化して、アートの考え方を啓蒙していくか。説得力を増していきたいと思っています。」(河合)
目標の設定については、デザイナーという立場で大野さんからはこんなアドバイスもありました。
「もしクリエイター側にも目標がインプットされていたら、別の作り方をしていたと思います。”売れるもの”を作りたいのかどうか、腹を割って話していると、また違うやり方になる。市場へのリーチの仕方まで含めて一緒に考えたら良いのではないでしょうか。それが次の課題かもしれません。」(大野)
今回については、ビジネス面を押し出しすぎると、アイディアが狭まってしまうことを懸念した、という河合さんですが、大野さんが言うように、発注におけるコミュニケーションの仕方、お題の出し方によって、クリエイターのアウトプットは大いに変わってくることでしょう。
セッションの最後に将来のガラス産業について自身の考えを語る河合氏
最後に、大野さんは、”共進化”という言葉を使い、今回ガラス産業の文脈に接続したことが建築におけるガラスのあり方を考えるきっかけになった、と語りました。材料のことを考え、アップデートし、色々なことを試していきたい、と新たなインスピレーションを得たようです。
河合さんは、ガラス産業の将来について、こんなユニークな考えを述べ、このセッションを締めくくりました。
「昆虫が蛹から蝶になるとき、脳が一回溶けて、それでも記憶はとどまるらしいのです。ガラスは無機質ですが、有機質としての捉え方があるのかもしれない。もともと人を癒すガラスが作りたいと思っていました。今回まさにそんな作品ができたと思っていますし、癒すガラスを作りたいという裏には、ガラスと人がコミュニケーションする世の中という構想があります。単に人間がガラスを使う、というだけではなく、次の世代ではガラスからも何かリアクションがある、という状態が作れたら、と考えています。」(河合)
血が通い、震えるガラス─生物として見立てた作品群
今回の展覧会のコンセプト、”ANIMATED”について、「ガラスには有機物でもあり、無機物でもあるような性質がある、という話から、骨や筋肉、血管のようなガラスがあってもいいのではないか、と。普遍的な素材が全然普遍的ではない振る舞いを見せることによって、その背後に面白い技術が使われていることを浮き彫りにしたい、という狙いがあります。」と大野さん。
展示では、AGCが誇る化学強化技術、コーティング技術、挟み込み整形技術の3つにフォーカスしています。
化学強化技術にフォーカスしたガラスで作ったバネは、一つひとつ手で巻いて作っているため、「一個として同じものはない。複数名が関わる”協創”において、誤解やミスコミュニケーションは必ず生まれるんですね。この通りにしてくれ、という仕事の仕方ではなく、ぶれとか揺らぎが楽しめる仕掛けをする。イレギュラーな部分を楽しむことができたと思っています。」(大野)
(左)ガラスで出来たバネ。なんともユーモラスな動きで、プルプルと震える様子が可愛らしいペットのよう。
(右)水面に浮く植物やプランクトンを連想させるこの作品は、挟み込み技術を利用。加工の際発生する高熱に耐えうる真鍮のパーツを使った繊細なもの。
(左)毛細管現象を応用。ガラスの間に挟み込まれた針金部分とガラスの隙間に、下の方から赤色の水性染料が吸い上げられ、まるで生き物の“血が通う”ように染まっていく様子が観察できる。
(右)制作の過程を垣間見ることができる記録写真も展示。
展覧会詳細
2018年12月12日(水)から2019年3月1日(金)まで開催中
開催場所: AGC Studio
入場料: 無料
主催: AGC株式会社 AGC Studio
ディレクション:株式会社ロフトワーク
企画協力:株式会社 A
パネラー
青木 竜太/Ryuta Aoki
コンセプトデザイナー / ヴォロシティ株式会社代表取締役社長 / 株式会社オルタナティヴ・マシン代表取締役。日本初のTEDxKidsプログラムを実施、Art Hack Day、The TEA-ROOM、ALIFE Lab.などの主にアートやサイエンス、カルチャー領域でコミュニティデザイン、イベントデザイン、プロジェクトのプロデュースや事業開発をおこなう。
大野 友資/Yusuke Oono
建築家。DOMINO ARCHITECTS代表。東京大学大学院建築学修了。カヒーリョ・ダ・グラサ・アルキトットス(リスボン)、ノイズ(東京/台北)を経て2016年独立。建築からアプリまで、様々なものごとをデザインの対象として活動している。2011年より東京芸術大学非常勤講師を兼任。
河合 洋平/Yohei Kawai
早稲田大学理工学部応用化学科修士課程を修了。2002年、旭硝子株式会社(現AGC株式会社)に入社。専門技術はウェットコーティング。近年はデザイン、アートをビジネスに繋げるべくクリエイターとの”協創”プロジェクトを主導する。
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