- Project Report
総合アパレルメーカーの100年を見据える。 社員とともに歩むためのパーパス策定
Outline
全社に横串を刺すコアバリューを言語化
ヒロタ株式会社(以下、ヒロタ)は1947年創業。衣服の企画・製造・販売を手がける岐阜の総合アパレルメーカーです。呉服屋からスタートし、卸とOEMを中心とする卸事業と自社ブランド事業を軸に規模を拡大してきました。
アパレル業界が大量生産大量消費、薄利多売のビジネスモデルの限界に直面する中、同社も未来を見据えこれからの時代に沿った会社にアップデートしていく必要性を感じていました。変革を推進するにあたり、大きな課題の一つが、OEMや共同開発の比重も高く、ブランドごとにコンセプトが異なるため意思統一が難しいことから、会社全体に横串を刺すヒロタとしてのコアバリューが確立されていないことでした。
そこで、ロフトワークは社会・歴史・社員の3軸からリサーチを実施し、ヒロタの指針となるファクトを収集。最終的に、「①「存在意義」を表現する言葉 「②社会に提供する価値」「③社員一人ひとりが持つ心構え」からなる3つの指針を策定しました。
現場で機能するパーパスにするために、注力したことは2つです。1つ目は「現場とのギャップ」を生まないということ。リサーチの過程においても、オープンにしながら社員を巻き込んでいくことで、パーパスを更新していくムードを醸成しながら進行しました。2つ目は「大義を揃え、解釈は社員に委ねる」言葉選びをすること。これからのアクションが踏み出せることを重視した設計を目指しました。
プロジェクト終了後、ヒロタでは全社へのパーパス共有会の実施や採用説明会での紹介など、社内・社外へ発信をスタートしました。パーパス策定のプロセスをヒロタ株式会社専務取締役 廣田孝太郎さんと、本プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務めたロフトワーク クリエイティブディレクター服部木綿子が振り返ります。
プロジェクト概要
- プロジェクト期間:2022年11月〜2月、2023年6月〜9月
- プロジェクト体制:
- クライアント:ヒロタ株式会社
- プロジェクトマネージャー:ロフトワーク クリエイティブディレクター 服部 木綿子
- クリエイティブディレクション:ロフトワーク クリエイティブディレクター 大石 果林
- プロデューサー:ロフトワーク プロデューサー 金 徳済
- クリエーター:
- コピーライティング:加藤 信吾(株式会社 LANCH)
- パーパスレポートデザイン:森 美佳(zoomic)
Output
パーパス/社内外に伝えるためのパーパスレポート
Process
Story
話した人
会社が自分や社員、社会にとってどういう存在なのか、問い直したかった。
── 総合アパレルメーカーとして、1947年創業のヒロタ株式会社(以下、ヒロタ)さん。事業内容と廣田専務の役割について教えていただけますか?
ヒロタ株式会社 専務取締役 廣田 孝太郎(以下、廣田) 卸売とOEMが全体の事業の7割、残りが小売業です。本社を岐阜、支店を東京に持ち、小売業は実店舗とECを通じて直接販売しているブランドが10あります。卸売は発注側からのデザイン案を元に型を起こす場合もあれば、こちらからデザイン提案する場合もありますね。
私は専務取締役として管理本部長兼経営戦略部長を担っています。岐阜にある本社の卸事業の統括を3年ほどやったのち、現在の役職に就きました。今年の7月からはもう一つ、子会社が運営するブランドの責任者も兼任することになったので、なんだか最近忙しいです(笑)。大学時代はラグビー一色。卒業してから、2018年にヒロタに入社するまで銀行員でした。
── 私たちも知らず知らずのうちにヒロタさんの服を着ていることも多そうですね。今回、どのような背景からパーパスを言語化しようと決意されたのでしょうか?
廣田 背景はいくつかきっかけがあって、祖父、父と引き継いできた会社なので、いつかは自分がヒロタを引っ張っていかなければいけないという自負の中、改めて会社に向き合った時に、ヒロタがどんな会社なのか一言で言えなかったんです。ホームページや経営理念を見ても抽象的だったり、ビジョンが見えづらかったり、なぜヒロタなのか、存在意義・大義みたいなものがわかりづらかった。加えて、メガトレンドや業界課題の側面から捉えると、利益最大化の名のもとに地球環境に負担をかける、従業員のウェルビーイングを犠牲にする、サプライチェーンに負荷をかける、こうした行為は今後減っていき、デフレかつ大量生産大量消費の世界で、薄利多売を行ってきた我々のビジネスモデルが限界を迎えていることは肌でヒシヒシと感じていました。薄利多売が100%悪いことではないけど、現在そして未来の世の中にあった会社にアップデートしていく必要があると感じていました。
そのためには、「なぜヒロタなのか」「ヒロタの存在意義とは」=パーパスの考え方が必要だと感じ、今後自分が、会社の未来を作るための手がかりとなるような指針が欲しい。パーパスを1つのアウトプットの形として、取り組みたいと考えました。
── なるほど。
廣田 また、銀行員時代を振り返ると毎日終電まで働き、ノルマへのプレッシャーで精神をすり減らし、家族との時間を犠牲にし、顧客本位とは言えない取引も少なからずあったり、ビジネスの世界では、売上や利益、数字がすべてと思っていた時期が自分にもあったことを認めなくてはいけないと思いました。
── 会社自体が、社員や家族、社会にとってどういう場所や存在であるべきか。もう一度定義しなければと改めて感じたんですね。
廣田 そうですね。戦争やパンデミックなど想定外な出来事の連続、環境問題、多様性、消費者の価値観の変化、脱物質化、ミレニアム世代Z世代の台頭など、過去の成功と未来が必ずしもリンクしないこれからの時代には、社員一人ひとりのパーパスと、それを会社や組織のパーパスと紐づけることが大事だと感じました。パーパスの下、多様なメンバーが自律的に動く、変化に対して柔軟な組織づくりが出来たらと思いました。
なので、ただ売上げの数字を目指すだけではなく、社員のため、社会や人のために重きを置いて、その文脈の指針を持つことが今後、若い世代のためにも必要だと感じました。
また、これまで個の力に頼っているところも多く、重要な社員がいなくなるとごそっとノウハウが抜けてしまうといったような現象がありました。これからは個の力だけではなく、会社単位の仕組みを作り、全体で向かっていかないと次のフェーズにいけないなとも感じました。24年後の創業100年に向けて、存在し続けるためには、ステップアップしなければいけないと感じている。社内の共通言語となりうる言葉が必要だと思ったのです。
── それが「パーパス」だったんですね。
廣田 はい。そんな時、大垣共立銀行で行われているマネジメントカレッジで紹介いただき、OKB総研さんとFabCafe Nagoyaを運営しているロフトワークの存在を知りました。これは!と思って、門戸を叩いたわけです。
リアルな社員の声を拾うことからスタート。ネガティブもポジティブも受けとめて
── そのような課題を抱えた中で、どのようにプロジェクトを進めていったのでしょうか?
ロフトワーク クリエイティブディレクター 服部 木綿子(以下、服部) 私は本プロジェクトのプロジェクトマネージャーを担当しました。パーパス策定は、「ヒロタらしさ」を表す言葉を求めてスタートしました。社員が会社に対してどう感じているのか探っていくために、現場スタッフとのコミュニケーションを深めて、リアルな声を拾うことからはじめましたね。大きく2つのフェーズ(1:リサーチ期間、2:パーパス作成期間)に分けて進めていきました。
── 「フェーズ1:リサーチ期間」ではどのようなアプローチがなされたんでしょうか?
服部 フェーズ1は、自社を知るフェーズと位置付けました。主には、個別に深く話を聞くインタビューと、広く意見を拾うイベントを実施しました。
パーパスという指針をつくることも大事ですが、社内に浸透させて機能させていくことが最も大事です。会社が変わろうとする姿勢を伝えるために、序盤からプロジェクトをオープンにし社内を巻き込む仕掛けを散りばめました。
リサーチを兼ねた社内イベントでは、サスティナブルファッションの第一人者である京都工芸繊維大学 水野大二郎さんを招いて、アパレル業界の変化について広くインプットする機会を設けたり、昼ごはんやコーヒーを飲みながらの交流会も実施して、廣田専務が直接、大勢の社員の声を聞ける場をつくりましたね。
廣田 こういう取り組みは社内では初めてでしたので、とても新鮮でしたね。約150名の本社社員のうち、約80名が集まってくれたことにも驚きました。
服部 私自身が人と人をつなぎながら、コミュニケーションを活性化させる場づくりが得意で(笑)。そのアイデアに廣田専務も乗ってくれたので実現しました。会議室をそのまま会場にするとつまらないので、旧社屋に置かれていた古いマネキンや古いソファなどレトロなものをディスプレイするなど、会場に仕掛けも施して。いつもの会議室を普段と違う空間に仕立てたんです。非日常が味わえる、くだけた雰囲気の中で、今のヒロタについてのアンケートに答えてもらいました
── 実際に社員の声を拾ってみて、どのような反応でしたか?
服部 「今のヒロタをどう思う?」と聞くと「保守的」「良くも悪くもいい人」など、ネガティブな意見が出てきましたが、「やりたいことは?」と聞くと、「社会貢献」「海外展開」「新事業」などあれもこれもやりたいというポジティブな言葉が可視化されました。このポジティブな意見が育まれるようなそういう土壌づくりをしなければいけないなと、パーパスをつくる意義を改めて考え始めました。
廣田 ネガティブな意見に対しては、まあそうだよなという感じでしたが、想像以上だったのはポジティブな意見でした。みんな色々考えているのなら、実現したいなと感じました。最初は、ヒロタらしい合言葉をつくろうという目的でしたが、もともと共通言語としてヒロタらしさがはっきりしないのであれば、今私たちに欲しい言葉ってなんだろう?今のヒロタを導くような指針と成るような言葉をパーパスにしようと、方針が少し切り替わりました。
── 何のための言葉が必要だったっけ?と立ち返ったんですね。プロセスがあったからこそのアウトプットですね。こうして「フェーズ2:パーパス作成」に入るわけですが。
服部 「ヒロタってなんだろう?」がバラバラ状態の今。なんとなく目線は合わせつつ、変化しながらつくっていくものにしようと動き始めました。
廣田 言葉だけ飛びすぎても良くないですしね。例えばパーパスのワーディングで正解が見えちゃうのも、限定してしまうことにもなりかねない。幅広い事業をしているので、そこの塩梅もありました。
服部 廣田専務の祖父である創業者の書物も残されていたので、このあたりで過去のことも見直しましたね。ここに書いている言葉って大事かもしれないと。
── 今の社員と、会社の歴史を比較していったんですね。他にパーパスを言語化する上で大切にしたアプローチはありますか?
服部 社会との接点を組み込むことですね。業界のリサーチや、水野大二郎さんをお招きしたイベントも社会を捉えるために実施したアプローチです。あとは、先進企業である福井のジャクエツさんと若手メンバーのオンラインセッションを実施しました。パーパス経営を実践する企業の方々の生の声を聞くことで、パーパスを更新したことでの変化や、具体的にどのように活用していくか、イメージを醸成していきました。
廣田 プロジェクトとは別でロフトワークが企画しているデザイン経営スタディツアーにも参加しました。訪問したファミリアと福永紙工はどちらもオーナー企業だったので、かなり参考になりましたね。業界の同じファミリアは、元々は子ども服ブランド。「子どもの未来をクリエイトする」という言葉はいいアプローチだなと感じました。この言葉が軸にあれば、託児所をやってもいいし、教育してもいいしと事業の幅を広げられる。社員の目線を上げて、可能性を広げられる言葉だなと感じました。
服部 ツアーの時にファミリアの社長が、「自分が宇宙人だと思われてもいい。決めたことをじわじわと実現していくしかない」と言われたんです。具体的にパーパスを決めていく段階にきていて迷っていましたが、最終的には廣田専務が「これでいく!」と腹括って決めるしかないよね、というところに落ち着いていきました。
デザイン経営スタディツアーの様子はこちら
── 現状だけでなく、社会や背景もふまえ、プロセスを大事にしながら言葉づくりをされていったのですね。
廣田 そうですね。パーパスの言葉自体は、僕が中心になり決定していきましたが、実際に実現していくためには、自分一人でできることは限られています。持ち場持ち場でそれぞれの強みや個性は違うし、逆に弱みも弱点も違う。個人の能力六角形が全て突き抜けていなくてもいい、みんなで足し合って六角形を作ればいいんです。そんな方が、チームとしては強いなと思う。ラグビー経験が生きている。身体が大きい人、足が速い、パスが上手いなど、それぞれの役割を全うしてトライをする。誰かが抜けてもだめ。強みが異なる人が集まり、相互に補完し合うチームをつくっていきたいですね。
服部 これからのヒロタは、ラグビーのようにチームワークで補完しあっていけばいいと、そういう言葉に落としこまれた気がします。そういう意味でのボトムアップ的なプロジェクト進行だったと言えます。社員にとっても自分たちの言葉になっていくための道づくりというか、常に扉は開いてるぞというような状態をつくれたかなと思います。
社員一人ひとりの”My パーパス”が これからのヒロタをつくる
── こうしてプロセスを経て、決定したパーパスについて、率直にどう感じましたか?
廣田 正直言うと、自分の中で答えが無かったので、こういうふうになったのかと完成してからじわじわと腹落ちしていきました。「①存在意義を表現する言葉 」「②社会に提供する価値」「③社員一人ひとりが持つ心構え」という3段構えもなるほどなと。コピーライターの加藤信吾さんが僕たちの想いを組んでくれて上手くまとめてくれたのがとてもよかったです。外部視点は大事ですね。完成するまで少しモヤモヤしていましたが、加藤さんのプレゼンを聞いて、すっと腑に落ちた感じがしましたね。
服部 ロフトワークでは、プロジェクト毎に外部クリエイターの方々とチームを組成します。今回は、コピーライターの加藤さんが私たちの過程をまとめあげ、客観的な視点でわかりやすく言語化してくださいました。最終段階で行われた合意形成のための経営会議で、加藤さんがパーパスのためのプレゼンテーションもしてくださいました。それを聞いて経営層の皆さんにも納得いただいた上で、プロジェクトを終えられました。
── これからがスタートですね。ヒロタに向き合い続けた一年だったと思います。最後に、今後の展望をお聞かせください。
廣田 パーパス策定の背景のひとつに、一人ひとりが前向きに、意欲的に仕事に取り組めるような働きがい改革にもつなげられたらと考えていたので、例えば「服と人のあいだを、ソウゾウする。」というパーパスに沿うものだったら何を企画してもいいということです。「いい服」と言っても、人それぞれが思う「いい服」は違うので、それぞれが思う「いい服」を作ればいい。日本と海外、卸と小売、リアル店舗とEC、レディース・メンズ・キッズなど幅広く展開しているヒロタなら何でも出来る。この意志をもっと伝えていかなければならない、そんな発信のきっかけになったなと思います。
先日、一旦のゴールとしてパーパスが出来上がったことを全社に発表しました。発表後、新しくスタートする公募プロジェクトに数名から問い合わせもありましたね。もちろん、すぐに腹落ちしている感じではありませんが、会社としての在り方や方向性についてはインパクトを持って伝わったのではと感じています。
最後に、プロジェクトメンバ―に現場が分かる人が居たことも良かったですね。プロジェクトに携わったメンバーは、だいぶ経営層が考えていることを汲んでくれるというか、同じ目線で物事を考えてくれるようになったなと感じています。
服部 プロジェクトメンバーの中には、パーパスの「私が、いい服の素材です。」という言葉に涙ぐんでいる人もいました。彼はヒロタの現場で長く服を作ってきた方なので、これまでの自分と未来とを重ねたのかもしれません。今のヒロタをわかっている人にも納得できるし、またその先を描くための指針となる言葉だと思います。
廣田 これからは、働きがいを変えていくこと。新しいことやっていいんだよと、そのための土壌作りというか、具体的な仕組みを整えていきたい。コーポレートブランディングやWebサイトの刷新、社屋や事務所の環境整備。新規事業開発の仕組みづくり、評価制度やDXの標準装備などやることは沢山あります。創造性、クリエイティブが重要だと言いながら、まだまだ環境が追い付いていないので、次の100年に向けてしっかり整えていきたいですね。