- Event Report
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科Future Crafts
素材とAIの間で、ものづくりの未来を問う ― 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科「Future Crafts」展示レポート

Outline
工芸は、これまでも日本のデザインやアートにおいて重要な役割を担ってきました。そして近年は、デザイナーやアーティストたちの力が結びつくことで、新たな協業の時代が動き出しています。そんな中、AI技術の発展と、それがもたらす衝撃のなかで、伝統工芸の未来は、現代の技術とどう向き合っていくのでしょうか。
今回、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)Future Craftsが手掛ける展示会に足を運びました。「Future Crafts」は、山岡潤一准教授が主導するプロジェクトです。今回の展示は「Dialogue with Things ―「物」との対話」というテーマのもと、職人的な視点からマテリアルインタラクションについて考え、インターフェイスやファブリケーションなどのテクノロジー開発、メディアアートの表現、キットなどの社会実装の実践を目指しています。中核となるのは、デジタル世界の情報を実世界に実体化する「Digital Materialization」の探求です。
本稿では、MTRLでインターンを務める現役大学生のテイロが、現場で見て、感じたことをレポートします。
Future Craftsとは

Future Craftsプロジェクトは、職人的な視点からマテリアルインタラクションについて考え、インターフェイスやファブリケーションなどのテクノロジー開発、メディアアートの表現、キットなどの社会実装の実践を目指します。
プロジェクトでは、デジタル世界の情報を、実世界に実体化する方法について探っています。身近な例では、3Dデータを立体的に印刷する3Dプリンタ等が挙げられます。また、その人にカスタマイズされた形に変形する未来のインターフェースもあるでしょう。こうした、Digital Materializationと呼ばれる技術は、最適な食べ物や衣服あるいは空間を作り出すことができ、幅広い分野に応用できます。さらに情報と実世界を繋ぐメディア・アートなどの表現領域にもなり得るテーマです。
このようなテーマの元、職人的な視点から様々な身近な素材あるいは新素材などを丁寧に観察し、マテリアルをハックする方法で研究を行っています。これまで着目されなかった製法や素材に着目して斬新な切り口で、様々な社会課題の解決法を生み出し、新たな手法を提案します。
Future Crafts(Keio KMD):https://futurecrafts.kmd.keio.ac.jp/about/
Exhibitionについて

Future Craftsプロジェクトによる研究成果の作品展示会。Dialogue with Things 「物」との対話」というテーマの元で、昨年香港で行われたSIGGRAPH 2026 ART Galleryなどで展示された作品など数点が展示されました。
Outputs
会場では、全5点の作品が展示されていました。プロジェクトを主導する山岡さんは、人と自然の関係を考える研究に従事しており、「自然とどう関わっていくか」を主題としているといいます。技術と工芸の接続、そして未来における人工物の可能性を主な切り口として、各作品の紹介が行われました。
山岡さんは、「今後ディスプレイやケースなどのプロダクトは、次第に形が変わっていく動的なものになる」と考えているそうです。さらにAI技術が加わることで、その場その場で変化し続けるプロダクトが生まれる。そのとき人はどのように振る舞うのか -それを、体験型のプロトタイプを通じて研究しているといいます。
コンテンツ
会場では、藍・砂・絞り・織り・毛糸という5つの異なる素材を起点に、技術と工芸の接続を探る作品が並びました。
素材に触れ、その場で変化するパターンや言葉、織り目を体感できる作品群と、それぞれの研究の系譜を示す過去作品とを組み合わせることで、来場者は「技術が職人の手仕事をどう拡張してきたか」という時間的な広がりも含めて体感できる構成になっていました。
- Indigo-Mediated Co-Creation(Liu Catherine, Junichi Yamaoka)
発酵の際に生じる微量の電流をセンサーで読み取り、発酵の度合いを測定。その電気エネルギーをモーターの動力に変換することで、絞り染めのパターンを制御する仕組みが組み込まれています。微生物の活動という、目に見えないプロセスを、布の表情として可視化する試みだといえます。広範な文化的起源を持つ染色技術である天然の藍が、コンピューター技術と統合されていく -生き物の営みと機械の制御という、本来かみ合わないはずの二つが手を組んでいることに、不思議な説得力がありました。
- A Dialogue with the Sand(Junichi Yamaoka)
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「人間と非人間、自然と人工物の境界線はどこにあるのか」。この根源的な問いを投げかけるのが、「A Dialogue with the Sand」です。
コンピュータ制御の磁石が砂鉄を操り、AIの思考を9文字の英単語として砂上に描き出します。鑑賞者の存在や問いかけ、周囲の環境変化をマイクでリアルタイムに感知したAIが、その応答として思考の断片を一つの言葉として表出する。しかし磁力が消えると、言葉は砂に還り、潮に流される記憶のように消え去っていきます。
砂浜で木の枝を使って文字を書き、押し寄せる波にその模様が洗い流され、まるで最初から何もなかったかのように消えていく―あの遊びをふと思い出しました。この作品は、AIによる転写を通して、まさにそうした一期一会の対話を構築しているように思います。データは、もはや冷たい数字の集まりではなく、私たちに境界というものの存在を、静かに問いかけてくるものへと変わっていくのです。
関連する先行作品「Floating Pixels」も、実体のあるピクセルが、集合・拡散することで情報を表示します。磁性を持つピクセルは、水面を浮遊して、磁力により集合して成形します。これまでの画面の中に留まっていたピクセルは、実体化することで、実世界に溶け込み、人と直接触れる対話を実現することができます。
Floating Pixels:https://futurecrafts.kmd.keio.ac.jp/floating-pixels/
- E-Shibori(Hua Ma, Junichi Yamaoka)
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「E-Shibori」は、日本の伝統的な絞り染めの技法に着想を得た、伸縮性のある導電性テキスタイルです。絞り染めは、染色時に糸で絞ることで染色する領域を分ける技法。導電性染料を用いることで、伸縮などを計測するセンサとしての機能を持たせることができます。独特の凹凸は、心地よい触覚的な肌触りと意匠性を兼ね備えており、今回は「蜘蛛絞り」と「牡丹絞り」が代表例として展示されていました。
伝統的な絞り染めの技法を活用することで、単なる衣服素材の装飾としての役割を飛び越え、実用的なプロダクトのアップグレードやリメイクへとつなげています。同時に、伝統工芸の技法そのものへの関心を改めて呼び起こし、二重の意味で「伝統的な絞り染め」に対する人々のイメージを広げています。
- InThread(Innamia Indriani, Junichi Yamaoka)
- 制作過程におけるメンバー同士の対話(ディスカッション)も展示
インタラクティブ織機のプロトタイプ「InThread」は、人・素材・機械のあいだに生まれる「対話」としての織りを探求するインスタレーションです。ドロールームにおいて織り手を補助した「drawboy/drawgirl」と呼ばれる補助者との関係性から着想を得ており、織機に組み込まれた光のガイドを通して、参加者が織りの過程そのものの中でパターンと関わることを可能にしています。
興味深いのは、実際の操作において生まれる人と機械のせめぎ合いが、自動化によって手仕事を置き換えることを目的としているのではなく、ためらいや解釈、適応、そして駆け引きの瞬間を引き出すことを意図している点です。AIやアルゴリズムが出す結果と向き合うときの私たちの心理が、「織り」というプロセスを通して可視化されているように感じました。
山岡さんによると、本作はLEDの指示に従って操作することで、簡単にものづくりを体験できる装置とのこと。ただ、単に「簡単に作れる」だけではなく、あえてランダムなパターンを出すことで、指示に従いたくなったり、従いたくなくなったりという葛藤を生み出す仕掛けになっているそうです。
センサーが搭載されており、どこを押したかが分かる仕組みになっていて、離れた場所にいる相手にもLEDで押した位置が伝わり、それを引き継いで作業を進めることができます。プロ同士が互いの作り方を見ながら影響し合う、連弾やセッションのような感覚で制作が進んでいくのだと考えます。作品の一部は、小学校などで開催したワークショップで制作されたものでした。
- Touch me Inside(Yuki Akachi, Junichi Yamaoka)
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現在のコンピュータを用いた対話の多くは、人間とコンピュータが1対1で向き合い、コンピュータを道具として操作するフレームワークで設計されています。「Touch me Inside」は、この従来の枠組みを乗り越え、複数の人間と複数の素材が交差する「n:m」の相互結合の世界を目指す試みです。
実際に体験してみると、とても不思議な感覚でした。作品の説明にあるとおり、生成されたイメージを理解しようとすればするほど、自分の身体の境界線への確信が揺らいでいきます。身体像のように、「存在しているはずのもの」と「実際に目で見たもの」とが一致しない感覚に近いのかもしれません。私たちは体の中にある心臓を実際に見たことはありません。それにもかかわらず、AIが生成した臓器のイメージを見たときに不思議と自分のもののようにしっくりくる感覚がありました。
この5つの作品が示していたのは、工芸とAIが結びついた華々しい成果というよりも、展示のタイトルにもある「物」との対話そのものだったように思います。発酵という制御できない時間に身を委ねる藍染め、消えることを前提に描かれる砂の上の言葉、職人の手技をデータ化することのせめぎ合いを抱えた絞り染め、指示に従うべきか抗うべきか揺れ動く織りの体験、そして自分の身体への認知すら揺らいでいく毛糸との対話——その対話のなかには、駆け引きがあり、一瞬で消えていく儚さがあり、自然のままの揺らぎがあり、伝統を読み解き継承していく営みがあり、そして自分自身への問いかけが増幅されていく感覚もありました。
どの作品も、技術によって何かを解決したり、結論を出したりすることを目指すより、むしろ、対話がまだ途中であること、揺らぎや戸惑いを抱えたままであることそのものを、作品としてそっと差し出しているように感じました。
おわりに――「物との対話」が指し示す、ものづくりの未来像
個人的な話をすると、美大生として展示や制作に向き合うとき、つい完成されたアウトプットをいかに美しく見せるかということに意識が向きがちです。もちろん、結果としてのアウトプットも大切です。でもFuture Craftsの展示を通して、プロセスそのものが持つ魅力を、あらためて強く感じました。展示のテーマでもある「物」との対話――思考する過程、せめぎ合う心理、プロトタイプを通じた検証、そして素材が自らの魅力を自発的に発揮していくその流れ。どれも、完成に向かう途中にある時間そのものが、作品になっていました。
だからこそ、これから先にどんな対話が生まれるのか、それが私たちの日常とどのようにつながっていくのか、自然と期待が膨らんでいきます。素材と機械・技術との関係が、数値やデータを超えて、もっと温度を持ったものになっていく――Future Craftsが見せてくれたのは、技術が人の手仕事を置き換えるのではなく、せめぎ合いながらも対話を続けていくこと自体を、未来のものづくりの形として育てていく、そんなもうひとつの未来像でした。