- Interview
生成系AI×和菓子×ハーブティで新感覚の茶会をプロトタイプ テクノロジーとの共創は、意外と「人の手」が重要だった
ChatGPTや生成系AIツールに関するニュースを見ない日がないというくらい、連日、世の中の話題をさらっています。一部では「人間の仕事が代替される」という声もありますが、過度にAIに期待するでも恐れるでもなく、クリエイティブの力でポジティブに向き合ってみたらどうなるのか? ロフトワークでは、クリエイターとのコラボレーションによってAIとの共創を楽しむ試みとして、「AI茶会」を催しました。
企画者であるロフトワークのテクニカルディレクター 土田直矢と、和菓子職人である「かんたんなゆめ」の寿里さん、未来の食をデザインする宮武茉子さんによる“プレイフル”なプロトタイピングの模様をお届けします。皆さんだったら、AIとどんなコラボレーションをしてみますか?
執筆:宮崎 真衣(株式会社ロフトワーク)
編集:鈴木 真理子、岩崎 諒子(株式会社ロフトワーク)
「AI茶会」はじまりの物語
テクニカルディレクターの土田は、サービス・プロダクトの開発支援プロジェクトを担当し、様々なプロトタイプを制作する一方で、紅茶コーディネーターの資格を持つ「お茶好き」の一面を持っています。茶葉を買い求めに海外にも買い付けに行くほど!
お茶への探究心から、OpenAIが提供するOpenAI APIが公開されたことで、これを活用して自分でお茶に絡めたアプリを開発したい! という熱意がムクムク沸いたと言います。程なくして、開発の話を聞きつけたロフトワーカーが「それ面白いから、ロフトワーク食堂*でやってみたら?」という一言が後押しとなり、社内でお茶のアプリを体験・お披露目することになりました。
さらに、お茶にはお菓子が付き物ということで、和菓子作家のかんたんなゆめ、寿里(じゅり)さんにオファーしたところ、3DプリンタやCADソフトによる設計を専門とする宮武茉子さんと、「AI和菓子」を開発中というミラクル。お茶と和菓子、それぞれのアプローチからAIとの新感覚の「茶会」を共創しました。
*ロフトワーク食堂は、毎月渋谷オフィスで行われる社員食堂で、部署やチーム、年次の垣根なく「おいしく楽しく一緒にご飯を食べる」場です。月替わりでロフトワークメンバーが店主としてメンバーをもてなす会として開催していますが、今回は食堂ではなく茶室として開店。
メンバー紹介
「AI茶」って、どんなお茶?
— 今回、土田さんが開発した「茶っとGPT」は、AIがお茶を淹れてくれるんですか?
土田 「茶っとGPT」のアプリに体調や悩みを入力すると、おすすめのブレンド茶葉に加えて、お湯の温度や抽出時間などを提案してくれます。そのレシピを元に人間がお茶を淹れます。
— えっ! AIが弾いた回答を、わざわざ人間が淹れるって、ある意味デジタルのスムーズさを欠いてませんか? 人の代わりにお茶をブレンドして淹れてくれるのかと思っていました。
土田 すでに多くの人が気づいていることだと思いますが、AIは人の仕事の全てを代替できる訳ではありません。今の段階では、精度が低く間違った回答をしてしまうことも多いので、その回答を人間がよく見て判断する必要があります。AIの回答をそのまま鵜呑みにできない以上、人間の審美眼をもって判断していくことが、AIと共創する上で重要になっていくんだろうと思います。
— なるほど、AIの能力を活かすには人間との共創が必要不可欠ということですね。ただ、より正確な回答を得たいのであれば、アンケート形式にして与えられた選択肢から「よりマッチしている答え」を選択してもらう方が適切な気がしますが?
土田 今回の仕様では、あえて自由入力を採用しました。症状を箇条書きする人もいれば、自分の置かれた状況や悩みを友達に話すような口調で書く人もいましたね。「先週、頭痛、寒気、発熱、倦怠感がすごかったです。あと、息子が反抗期です」とか(笑)。キーワードを拾ってプログラミングしていますが、必ずしも科学的根拠に基づいて回答しているという訳ではないんです。同じキーワードでも、書き方によって回答は左右されてしまう。例えば「肩こりがひどいので治したい」と入力したときに、お湯の温度設定が100度を超える凄まじい設定で回答されることがありました。「この場所では100度以上にはならないのになあ」と。そういうときは、エラーとして弾くことも必要です。
— 今回、どうやってプログラムを制作したんですか?
土田 「茶っとGPT」のアプリ開発は、Next.jsやChakra UIというフレームワークを使いました。Next.jsは初めて触りましたが、ChatGPTを活用することで開発ハードルが一気に下がりました。
— これまでは、どんな開発ハードルがあったんでしょう?
土田 わからないものに対して、及び腰になったり後回しにしがちでしたが、最初の一歩が圧倒的に踏み出しやすくなったことですね。開発は孤独で時間がかかる作業なんです。でも、ChatGPTが救いの手を差し出してくれたことでその悩みから脱却できたし、フレームワークを使うことで、アプリの体裁を気にしなくて良くなりました。
— なるほど。まさにAIは壁打ち相手にもってこいの相棒ですね。開発にはどれくらいかかったんですか?
土田 2日くらいかかるかと思っていたら、5時間でつくれちゃいました。ちなみに、ソースコードは、ほとんど自分で書いていません。Qiitaでノウハウを拾ったり、他の人が公開しているコードを参考にして自分好みのUIに変えました。
— そんなに短時間でつくったんですね! まさにAIが救いの手になったと。中でも、一番苦労した点はどこでしたか?
土田 ChatGPTは、既に言われているように最新の情報を学習している訳ではありません。最初に提案してくれたNext.jsのバージョンが古かったため、あまり参考になりませんでした。そこは自分で参考記事を調べながら開発を進めていきました。
— プロトタイプをつくってみて、率直な感想は?
土田 「とりあえず試せる」ことの大切さを実感しましたね。使ったことがないから「できない」と思っていたことでも、AIがあれば「できる」に変わっていく。それから、目に見えるものとして形にできることで、他者のフィードバックがもらいやすくなったことも大きいです。あと、対人であれば気を使うような内容でも、AI相手であれば気軽に対話ができます。
— 「茶っとGPT」はユーザーの症状や悩みに合わせて4種類のハーブティーを提案してくれますが、紅茶や緑茶ではなく、なぜハーブだったんでしょう?
土田 一番の理由は、ハーブはブレンドしても味が極端におかしくならないからです。当初は緑茶を想定していましたが、ブレンドが難しい上に、失敗すると危険な味になってしまう(笑)。一方でハーブティは、以前、飛騨古川にあるFabCafe Hidaでクロモジやクワなどのブレンドティーを飲んだときに、「これならブレンドしても味がくずれないかも」と思った記憶があって。そこから、ハーブをブレンドするのであれば、今回のアプリでも形になりそうという仮説に至りました。
— なるほど。同じお茶でも、緑茶はブレンド自体の難易度が高いけれど、ハーブティーなら失敗しない確率が上がるんですね。何をAIに問うのか、その回答をどう解釈するのかは、まだ人間に託されているのかもしれませんね。
フィジカルな和菓子づくりとAIの親和性
— 今回のお茶会では、かんたんなゆめ 寿里さんと、宮武さんの二人でコラボレーションしながら、AIツールを活用した和菓子をご用意いただきました。これらの和菓子は、どんな経緯で誕生したのでしょう?
宮武 学生時代、料理×デジタルファブリケーション技術について研究していて、3Dプリンタやロボットを組み合わせて新しい料理をつくるという試みをしていました。今回は、Midjourneyで生成した画像を元に和菓子をつくってみたくて、寿里さんに「一緒にやらない?」と、持ち込みました。
寿里 Midjourneyが生成した和菓子は自分では考えつかないようなデザインが多くて、どうやってつくるのか悩みました。三角棒を使って人の手でつくる通常の和菓子と比べて、AIがデザインする和菓子の方が細かい模様が入っていたり、謎の飾り付けがされていたりしたので。
— 具体的にどのようなプロセスで和菓子を製作されましたか?
寿里 まず、宮武さんがMidjourneyで100枚以上の画像を生成しました。その中から、美しく、今まで見たことのないデザインで、実現可能なものを選びました。特に、コンピュータで設計したような幾何学形状の和菓子をイメージした造語「Computational Wagashi」を入力すると美しいデザインがいくつも生成されました。
宮武 お茶会では二種類の和菓子を提供しました。一つ目の和菓子は、選んだ画像を元に、私がBlenderで3DCGのモデリングを行いシリコンで型を製作しました。その型に、寿里さんが寒天を流しこんでつくっています。二つ目の和菓子は、画像を元に、寿里さんが和菓子の技法を応用して練り切り*をつくりました。「Midjourney Wagashi」と名付けましたが、AIを「再現」したので「再現和菓子」とも言えます。
*練り切り:季節の移ろいや風物などを題材につくられる和菓子の一種。白あんに芋や小麦粉などのつなぎを混ぜ合わせた生地からつくられる。
— AIの設計と和菓子製作、それぞれどんな点が難しかったですか?
宮武 Midjourney Wagashiの型をつくる過程では、和菓子としてのより美しい形状を模索して細かいエッジが出るように時間をかけて丁寧に設計しました。シリコンの型ができ上がってから、さらに1週間かけて寿里さんに和菓子を試作してもらいました。
寿里 今回は、AIが生成したことを感じられるようなデザインを採用しましたが、画像のままだと石鹸のような色で食欲が湧かないと感じたので、フォルムを最大限に活かせる素材として伊那寒天の大和を採用し透明感を出しました。水分量を細かく調整して、食べるともっちりとした食感になるように仕上げています。
— 職人技が物をいう和菓子とAIは一見離れて見えますが、つくってみてどんな気づきがありましたか?
寿里 画像から味を想像して、素材を選んだりレシピを考えることで、これまでにないものがつくれるという手応えを感じました。普段は、「6月だから紫陽花をつくろう」といった感じで季節に合わせてつくることが多く、今回のように画像から逆行してつくることはしません。AIは、形や雰囲気は提示してくれますが、レシピまでは教えてくれないので、これまで培ってきた技術を使って自分なりの正解を見つけるという経験ができました。
— AIで生成すると、物理的に現実世界で再現不可能なデザインが沢山あったと聞きました。挑戦的なデザインに対してどのように工夫しましたか?
寿里 画像の上に添えられた花を練り切りで再現するために、「絞り」であんフラワー(餡子でつくった花)をつくりました。「絞り」は、生クリームを使う洋菓子ではメジャーな手法なので和菓子に使ったことがありませんでしたが、今まで培った技術を応用することで再現できるんだという発見がありました。
— 今後、AIツールを活用してやってみたいことはありますか?
宮武 AIツールでつくった画像をもとにした3Dのモデリングを練り切りで再現するために、ドリルの動きをコンピュータ制御できるCNC加工を活用して木型を制作したいと考えています。以前、木型職人さんの元を訪れて木型を使った練り切りを製作体験したんですが、シリコン型と違ってエッジがしっかり出るので美しい造形になりました。
寿里 これまでは、自分で思いつく範囲でものづくりをしてきましたが、AIを活用することで、いい意味で「未知のものづくりにチャレンジせざるを得ない状況」が生まれました。最近は、インプットに偏ってアウトプットが足りていないと感じていたので、新しい見せ方や素材の使い方を考えることで、今まで想像もつかなかった和菓子をつくることができそうです。
土田 今後AIの開発が進むにつれて、間違いなく精度はどんどん上がっていきます。今はまだ間違える期間であり、これは実は一瞬しかない。僕は、間違わないことは実はつまらないと思っているんです。間違えるからこそ「じゃあ、どうしよう?」と考えるし、面白みを感じることができるんじゃないのかな。
寿里 そうですね。今回の挑戦で、AIツールがつくった今まで見たことないようなとんでもない和菓子のデザインを、伝統技法や身近な素材を組み合わせてみたら思いのほか形にすることが出来た。でも、AIが生成した画像がなかったら、そもそもその組み合わせは生まれなかったのかもしれない。そういう偶発的なものづくりのプロセスが面白いのかもしれませんね。
土田 現時点で、AIは人間に代わるものではなく、あくまでパートナー。人を介在することでクリエイターの可能性を広げてくれるものとして有用なんだろうと思います。AIを起点として新しい視点やディスカッションが生まれるし、自分の「好き」の幅を拡張することができました。
テクノロジーと人、心地よい距離感を探っていく
ChatGPTや生成系AIが雇用に及ぼす影響は度々議論を呼び、「ChatGPTや生成系AIは人間を代替するもの」と言われることで、対立構造が生まれたり情報の正確さだけにフォーカスされる風潮があります。しかし、今回、二組のクリエーションを通じて感じたことは、AIは人間のポテンシャルを底上げしてくれるパートナーになり得るということでした。
AIが導き出した回答に対して、人間の判断力が磨かれたり、想像力を働かせることでチャレンジ精神が育まれることがある。むしろAIと共創することで、より人間らしい振る舞いがどこに現れるのか見えてくるのかもしれません。AIが代替することによって失われるものもありますが、リビルドするチャンスと捉えるのか、見て見ぬ振りをするのかは、その先の未来が大きく分かれそうです。
「茶っとGPT」をオープンソースにしました
今回、土田が開発した「茶っとGPT」はオープンソースです。遊んでみるもよし、改良するもよし。皆さんもOpenAI APIを使ってアプリを開発してみませんか?