町工場の伝える力を醸成する 大阪八尾市「YAOYA PROJECT」
プロジェクト事例 ― 八尾市
◎ 本プロジェクトは、MTRLを運営する株式会社ロフトワークがプロデュース・ディレクションを手がけた事例です。
■ Information
2020年度の「YAOYA PROJECT」では、2020年7月31日(金) より2020年9月7日(月)の期間、参加クリエイターの応募を受付中です。詳しくはこちらから。
Outline
デザイン経営のアプローチで価格競争からの脱却をねらう
大阪府八尾市。歯ブラシの生産で有名なこの町では、あらゆる生活雑貨や工業製品など、日本のものづくりを支える優れた技術を持った企業が数多く活動しています。しかし、競合が世界に拡大し価格競争が加熱している昨今、OEMを主軸とした事業の維持が難しくなってきており、技術を広くアピールしたり、新たなプロダクト開発にチャレンジする機会に恵まれなかった企業が多く存在していました。
そこで、ロフトワークと八尾市では、八尾を「製造業の街」としてリブランディングしていくために、各企業が培ってきた技術力を活かしたオリジナル商品をつくり、「製品開発力・営業力・ブランド力」を高めることで、世界の様々な市場への展開をめざす「YAOYA PROJECT」を立ち上げました。1年目のチャレンジは台湾マーケット。クリエイターと企業をマッチングさせるためのアワードを開催し、リサーチや勉強会、ワークショップを重ねながらアイデアをブラッシュアップさせ、台湾での成果発表会を行いました。一部は販売へ向けてプロダクトの流通を、一部はグッドデザイン賞などへ申込むなど、それぞれの目標に向けて活動を継続させています。
ビジョンの言語化とリサーチの視点
OEM製品を主軸に活動している八尾市の企業の多くは、以下のような課題を抱えていました。
- 自社の強みや価値を言語化したことがない
- 自社の製品の出荷後、どのように使用・販売されているのか把握できない
- OEM製品を生産していると、市場で取引先の商品とのバッティングを避ける必要があり、オリジナル商品を作りにくい
そこでプロジェクトの軸にしたのは、デザイン経営の視点です。ロフトワークが経済産業省の委託事業として実施した、全国で活躍する中小企業8社を対象に行った調査結果にもあるように、ビジョンの更新や社外とのオープンな共創関係の構築は、価格競争に陥らずに成長を目指す際の大きなポイントとなります。そこで、各企業が「製品開発⼒・営業⼒・ブランド⼒」を⾼めていくことを目的に、公募によるクリエイターとの共創や、価値の言語化とリサーチワークを主軸にプロジェクトを設計しました。
- 支援内容
要件定義
– 競合都市のフィールドリサーチ
– デスクトップリサーチ
プロジェクトネーム・ロゴ制作
公募を用いたアイデア公募とクリエイターと企業のマッチング
– 企業公募の企画実施
– クリエイター公募の企画実施
企業向け勉強会の企画実施(自社の価値の言語化)
デザイン思考のプロセスを用いたユーザー理解とプロトタイプ作成
– 台湾でのリサーチワークショップ(3日間)の企画実施
– プロトタイプ制作ディレクション
– 成果発表会(台湾)の企画実施 - プロジェクト期間
2019年9月〜2020年3月 - プロジェクトメンバー
クライアント:八尾市
プロデューサー:小島 和人
プロジェクトマネージャー:堤 大樹
ディレクター:飯田 隼矢、南歩実
ロゴデザイン:株式会社サトウデザイン
屋台デザイン:下寺 孝典(屋台研究家・デザイナー、TAIYA)
AWRD審査員/メンター:堀内 康広(トランクデザイン株式会社)、⼩林 新也(合同会社シーラカンス⾷堂)
イラスト:高石 瑞希(イラストレーター/グラフィックデザイナー/アニメーション作家)
ライティング:平山 靖子(編集者/ライター/フードコーディネーター)
審査員:李 郁函(Pinkoi Account Manager) - 参加企業
藤田金属株式会社、ホトトギス株式会社、有限会社大一創芸、ラピス株式会社、錦城護謨株式会社、赤坂金型彫刻所、株式会社オーツー、有限会社ルネセイコウ - 採択クリエイター
大村 卓、木倉谷 伸之、塚本 裕仁、タカハシトモユキ、望月 愛海、合同会社シーラカンス食堂、平山 靖子、濱西 邦和、ゼツ ユウキ
Process
公募で世界に発信、クリエイターと企業をマッチング
YAOYA PROJECTでは、八尾の企業がオリジナル商品を開発することで価格競争から脱却するため、アイデアアワードを開催。プロジェクトに賛同したものづくり企業8社が外部クリエイターとの繋がりを作り、既存技術を用いた新製品開発を共同で行うことで、オリジナル商品を開発するためのマインドセットや観察手法、プロセスを習得するというねらいです。
アイデア・クリエイター公募の⼿段として、世界中からアイデアを募集する共創プラッ トフォーム『AWRD(アワード)』を活⽤。「こころを豊かにするプロダクト」をテーマに、各企業が持っている技術や素材を活かしたプロダクトのアイデアを募集しました。 また、公募開始前には1企業ずつ取材を⾏い、それぞれの事業の「特徴・魅⼒・課題」を洗い出した上で⽇本語・英語・中国語で記事を作成。国内外問わずクリエイターが アイデアを応募できる環境を整えました。
その結果、2019年9月〜10月の1ヶ月弱という短い募集期間にもかかわらず、国内外から96個のアイデアが集まりました。その後、アイデアが採択されたクリエイターと、数ヶ月間にわたり、プロトタイプの開発を進めました。
デザイン経営の考え方をインストールする
プロジェクトに参加した8社は、それぞれ、キッチン用品、蚊帳、ふくさ、歯ブラシ、ゴム、金属加工、椅子、テーブルの専門技術を持った企業。中にはすでにオリジナル商品を開発している企業もありますが、基盤となるのはOEM製品の製造です。
一方で公募で彼らが選んだアイデアは、いずれも生活者が直接利用することを想定したプロダクト。これらのアイデアをオリジナル商品としてプロデュースする力を高めるためには、まず、ユーザーを意識したものづくりの意識を高めることが大切です。同時に、自社の強みと価値を理解し、言語化することで、市場における独自性を認識することと、なにより、自分ごと化した上で、プロジェクトを進めるというマインドセットも必要となります。
共通するのは、デザイン経営の視点。社会と機能を繋ぐデザイナーの手法を経営に取り入れるという考え方です。自らの強みやビジョンを言語化した上で、社会の潜在的なニーズを掴み、自社の強みと照らし合わせながらものづくりを進めていきます。
そこで、基礎的な考え⽅を⾝につけるため、デザイン経営とはどういったものかを体験するワークシ ョップを実施。また、海外展開やクリエイターとの協⼒・開発 に不慣れな企業も多いため、どのような点に気をつけるべきか講師を招いた勉強会を⾏いました。
市場のニーズを自分の言葉にするためのフィールドワーク
新しいプロダクトを開発する時に大切なのは、市場を的確に把握することです。しかし市場のニーズは多くの場合数字やアンケートだけでは見えてきません。そこでデザインリサーチ(※)の手法を用いたフィールドワークを実施することで、アイデアをブラッシュアップするヒントを探すと共に、市場の価格や品質、トレンドを正しく理解し、マーケットインできるショップを探しました。また、フィールドワークのプロセスを通じて、クリエイターと企業のプロダクトに対する⽅向性や、価値観をすり合わせることも目的のひとつでした。
台湾でのワークを現地からサポートしてくれたのはロフトワーク台北のチーム。彼らは、台湾人、日本人、香港人の混合チームです。今までの経験や現地の繋がりを駆使して、各企業が検討中のアイディアを検証すべきポイントを指摘したり、フィールドリサーチを一緒に設計しました。
3日間のワークでポイントとなったのは以下の4点です。特に2点目の個人お宅の訪問がその後のプロダクト制作に直接影響したようでした。実際に同じ空間を共有することで、「本やテレビ、ネットで得た台湾の方の暮らし」とは異なり、企業が自分で「発見した」体験として、自らの言葉で語れることで、プロダクト製作時の強力なコンセプトにつながりました。
1 台湾に対する思い込みを壊す
台湾マーケットにでの出品を⽬指すにあたり、台湾の⽂化や⽣活習慣、トレンドを理解する必要がある。イメージ とのギャップを埋めることで、プロダクトをマーケットインするための戦略の確度をあげていく。
2 現地の暮らしに触れる
イメージとのギャップを埋めるために は、できるだけ現地の暮らしに触れる 必要がある。本プロジェクトで⼤切に したのは、現地で暮らしている⼈の声 を直接聞くこと。1,2⽇⽬では様々な ステータスの台湾の⽅と話す機会を設けた
3 バイヤーとの接点をつくる
プロダクトをつくることがゴールでは ない。企業が⾃⽴して、現地のバイヤ ーと提携し、台湾での流通・販売まで を⾏える必要がある。⼤⼿ECサイト の運営部と各企業をつなげ、最初のス テップづくりをサポートする。
4 クリエイターと企業の共通言語をつくる
台湾ではじめて顔を会わせるクリエイターと企業。3⽇間、共通の⽬的のた めに時間をともにしてもらうことで、 両者の感覚をすり合わせ共通⾔語を⽣ み出す。このことはプロダクト制作を スムーズにし、質のアップにも繋がる。
プロダクトに対するフィードバックを直接受け取る機会をつくる
プロダクト開発をするためには、プロトタイピングや検証、対話を重ねながらブラッシュアップしていく必要があります。そこで、台湾で行ったフィールドリサーチの後、3ヶ月間のプロダクト製作期間を経て台北で約2週間の展示会を実施しました。
ここでは、台湾で得た知⾒やアイディアを実際に形にする過程でトライ&エラーを経験するとともに、台湾の⽅が⼿にとった際の率直な反応を体験し、開発した商品と市場イメージのギャップを⾒極めることが目的でした。
また、展示に合わせてミートアップイベントを行いました。展示に合わせてYAOYA PROJECT全体の取り組みが伝わるような冊⼦や、フィードバックを得られるように意⾒箱も設置。企業が自分たちの言葉で現地のクリエイターへプロダクトを紹介し、直接現地の人々と繋がる機会を作りました。
NHKや産経新聞の特集取材とクラウドファンディングの成功
プロジェクトを通して生まれたプロトタイプは、商品化や展示会への出品などに向けてブラッシュアップが続けられています。たとえば、錦城護謨が開発したシリコーンロックグラスは、クラウドファンディングmakuakeで目標金額の約900%を達成。引き続き販売生産を行っていくとのことです。
また、プロジェクトについては、産経新聞やNHKなど、各種メディアに取り上げられ、八尾の取り組みが広く紹介されました。
Feedbacks
リサーチからスタートすることでチームの共通認識を醸成し、出発点を明らかにする
八尾市ではYAOYA PROJECTがはじまる前から、八尾のものづくり企業が地域に関わり、企業同士の連携を強めるための活動として「STADI」(2015年〜)や「みせるばやお」(2018年〜)で産業振興活動を活発に行ってきました。企業同士の共創プロジェクトなどの成果も出してきている一方で、さらに企業間で知識や技術の情報交換を促し、「みせるばやお」の活動を八尾市外にも発信していきたいという想いがあり、今回のプロジェクトに至った経緯もありました。そこで、「みせるばやお」の仕掛け人で、YAOYA PROJECTの担当でもある、八尾市経済環境部産業政策課の松尾泰貴さんと、ロフトワークの担当ディレクターの堤に、プロジェクトについて振り返ってもらいました。
−−今回のプロジェクトを踏まえて、それぞれの企業のみなさんに生まれた変化はありましたか?
松尾 クラウドファンディングで成功した錦城護謨さんに続け、という雰囲気がうまれていますよ。同じようにクラウドファンディングを始めた方もいらっしゃいますし、プロジェクトで作った製品をシリーズ展開したり、みなさんブラッシュアップを続けられています。BtoCを意識するようになった、世間を知りたいという欲求が出てきた感じがします。あと、グルーヴ感が生まれていましたね。いまだにFacebookでお互いの状況を報告しあったりしています。小さなことでもTipsをためていくことが大切なので、私たちも8社にシェアしてバックアップしていく仕組みを作りたいですね。
企業がクリエイターを先生扱いしないための仕掛けとは?
−−デザイン経営のアプローチはその後のプロトタイプ制作にどう影響しましたか?
松尾 一言でいうと、視座が上がったというのはあったと思います。たとえば、ある企業さんでは、それまでの資料では「大阪一を目指す」と書かれていたのが、プロジェクト後の資料では「全国一を目指す」という表現に変わっていました(笑)これはやはり情熱だと思うんです。それまでのみなさんにはどこか謙虚さがあったのですが、デザイン経営のワークの中で、やりたいことや想いを、会社としてではなく個人レベルで言葉にして共有することで、情熱ががどんどん表に見えてくるようになってきたんです。みなさんが手がけている製品は生活を下支えする存在なので、生活者から直接見えないものが多いのですが、「消費者に直接製品を届けたい」という言葉がみなさんの口から次々と出るようになり、採択されたクリエイターたちのアイデアである、お鍋やグラスなどのキッチン用品、スツール、アクセサリーなど、人に直接繋がる商品の開発を行ううえでのマインドセット作りになっていたと思います。
堤 クリエイターと企業の視座の高さを合わせることもとても大事で、そのために公募という形を使ってマッチングできたのは効果的でした。コミュニケーションの間にロフトワークが入ることで、関係者全員が非常にフラットな関係を作れたように思います。
松尾 そうですね、実は八尾でも過去3年間ほど、素晴らしいクリエイターの方々をお呼びして企業と繋ぐ活動をしていました。ただ、ここでよく起きてしまうのが、企業がクリエイターを先生扱いしてしまうということ。結果的に会社の分析やコンセプトの設計をすべてクリエイターが作り、企業は実制作をするという役割分担になりがちなんです。
−−OEMの構造と同じということですね。
松尾 はい。だから、お互いに手間も時間もすごくかかるんですが、クリエイターと企業がディスカッションを重ねながらすべての工程を一緒に併走していくプロセスは良いと思いました。リサーチもクリエイター任せにしないじゃないですか。企業が自分で台湾まで行ってリサーチするのも、その後の制作に大きく影響していたと思います。
第2フェーズに向けて。頭と手を止めないために。
−−これから第2フェーズも始まりますが、今回のプロジェクトを踏まえて、継続したり改善したいことはありますか?
松尾 企業の方は、座学より実学の中で学ぶことが得意なので、作りながら考えていくんですよね。だから、対話や勉強会だけではだめで、対話から得たヒントをすぐ形にして、それを繰り返していくことが大事なんだと改めて感じています。たとえば、今回のプロジェクトでもあったんですが、アイデアを現場に伝えて試作した際に、担当者の方も驚くほどのクオリティが上がってきたこともあったようです。同じ会社内でも、現場の技術力は頭だけでは把握しきれないものだったりするようですね。
そういう意味でも、次のフェーズでは、企業、クリエイター、企業が会うタイミングや頻度はチューニングしてみたいと思っています。適切なアドバイスや対話のタイミングをより細やかに設定して、頭と手を止めないプロセスをブラッシュアップしていきたいですね。
あと、withコロナの時代において、生の手触り感をどう伝えていくかがチャレンジポイントかなとも思っています。たとえばクラウドファンディングって、文字だけで先買いしているということじゃないですか。生活スタイルもますます変わっていくと思うので、価値を伝える方法や売り方も、新しい方法にどんどんチャレンジしていきたいですね。ミラノサローネなどのヨーロッパにも進出したいです。
堤 プロダクトアウトするところまで支援しつつ、八尾の産業にもっと多様性を作っていく力になれたらなと思っています!