大きな建造物から、生活を彩るプロダクトへ
建材メーカーが探る新市場の可能性
Introduction
株式会社フロントは、『ARTSTEEL』というサビによってサビを制した堅牢な耐候性鋼(たいこうせいこう)にさらに美しいサビを意匠として付加した建材を提供するメーカー。建築業界を主戦場としていたが、キャッシュフロー期間が数年かかることから、短い期間で利益を上げることができるtoC領域への商機拡大を目指していた。
本プロジェクトでは、toC市場への展開を見据え、ARTSTEELを用いてプロダクトを開発する可能性があるクリエイター、デザイナーのコミュニティに向けて素材の認知拡大をめざすと同時に、幅広い視点から商品アイデアの創発に取り組んだ。その鍵となる手段が「デザインアワード」だ。さらに、アワードのプロセスを通じて、ARTSTEELを用いた新商品のアイデアの種とプロモーションの方向性を探るねらいもあった。
プロジェクトをプロデュースしたのは、クリエイターと素材メーカーのための共創プラットフォーム『MTRL(マテリアル)』。さらに、世界のクリエイターとつながる公募プラットフォーム『AWRD(アワード)』も活用。企画から実施まで約6ヶ月間というショート・タームで、ARTSTEELの認知を着実に広げながら、デザインアワードを通じておよそ100点もの作品を集めることができた。
Challenge
サビを活かした建材「ARTSTEEL」のtoC展開をめざす
鋼の表面に保護性錆を形成することで腐食が内部に進まない耐候性鋼(たいこうせいこう)に特化した建材メーカーとして、独自の立ち位置を築いてきた株式会社フロント。中でも『ARTSTEEL』は、巨大な橋や防波堤などの支柱にも使われる堅牢な素材でありながら、サビを活かした紋など、鉄ならではの美しい表情を出すことを得意としている。
ARTSTEELは建築家たちにも好評を博し、赤坂サカスや京王吉祥寺駅、京都の伊右衛門サロンのファサードなど、数多くの建築物に採用されてきた。
toC市場の高い壁
建築業界のキャッシュフローのサイクルは数年単位。フロント社は、より短期間で利益を得ることができるtoC領域で自社素材のニーズを生み出すことはできないか、商機拡大を狙っていた。同社はデザイナーの藤井将之氏・佐藤文一氏とパートナーを組み、オリジナルのインテリア製品を開発。しかし、木製家具と比べて重く高価な製品は、今の国内市場ではニーズを見出すのが難しい状況だった。
そんな折、藤井氏はロフトワークが運営するものづくりカフェ『FabCafe(ファブカフェ)』と、同カフェが運営する素材とクリエイターをつなぐ共創プラットフォーム『MTRL(マテリアル)』の存在を知った。MTRLが、イベントなどを通じてクリエイターやデザイナーと多彩な素材と接点をつくりながら、共創プロジェクトを立ち上げていることに関心を抱いた。
デザインアワードを起点に、クリエイターコミュニティから認知拡大
藤井氏の話を聴いたMTRLプロデューサーの井田 幸希は、ARSTEELという素材が非常に美しく可能性のある素材にも関わらず、ユーザーの認知が低くその魅力が理解されていない点が課題であると考えた。そこで、まずは同素材の認知を広げながら「素材の使い手」を増やし、そのうえで今後の商品開発やプロモーションの方向を探る必要があるとし、以下の3つを提案した。
- toCプロダクトの作り手であるデザイナー/クリエイターのコミュニティに向けて、ARSTEELの認知拡大とファン化を進め「なにか作ってみたい」と感じてもらうこと。
- デザインアワードを通じて、幅広い視点から会議室から生まれないような斬新かつ多様な商品アイデアを創発すること。
- クリエイターとの共創を通じた商品開発や、デザイナー/クリエイターに向けたARTSTEELとのタッチポイントづくりとファンコミュニティ醸成に、「継続的に」取り組んでいくこと。
提案の結果、今回プロジェクトでは、デザインアワードを起爆剤として素材の認知拡大とファン獲得、新商品のアイデア創発まで取り組むことに。さらに、フロント社 会長の松川氏が「新商品開発」に強い思い入れを持っていたことから、受賞商品の商品化をアワードのインセンティブに設定した。
作品募集には、短期間・省コストでWeb上に公募ページと作品応募システムを立ち上げることができるアワードプラットフォーム『AWRD(アワード)』を採用した。
Process
アワード設計のポイント
「豊かな暮らし」という視点から素材の可能性を再発見する
プロジェクトを担当したクリエイティブディレクター 伊藤望は、素材の魅力そのものを再発見することを念頭に、アワードの作品募集テーマを検討。既存製品が展開するインテリア領域に絞るのではなく、幅広いプロダクトのアイデアを集めるために「豊かな暮らしを作ること」をテーマに据えた。
アワードのタイトルは、『Life with ARTSTEEL – “Wabi-sabi” 鉄を使って、豊かな暮らしをつくる プロダクトアイデア募集』。
「Wabi-sabi (侘び寂び)」は、ARTSTEELが「サビ」という経年変化を活かした素材であることを表している。また、Wabi-sabiは、近年欧米を中心に注目されている日本特有の美意識。海外のクリエイターにも、アワードに関心を持ってほしいというねらいがあった。
「素材」「マーケット」「メディア」3つの視点から応募作品を評価
審査員には、「素材」に対する造詣が深い マテリアルコネクション 主宰 玉井 美由紀氏を起用。さらに、受賞作品の商品化を見据え、「売る」「マーケット」視点として三越伊勢丹の小田 将輝氏、「話題性」「メディア」の視点をもつ元『&Premium』誌 エグゼクティブディレクターの柴田 隆寛氏を起用した。
学生向けアイデアソンで、アワードのコンセプト・テーマを検証
「豊かな暮らし」をテーマに設定し、ARTSTEEL という素材でどれだけ幅広いアイデアを集めることができるのか。それを確かめるために、ディレクターの伊藤はアワードのパイロット版として大学生に向けたアイデアソンを実施。アワードのコンセプトと募集テーマを検証した。アイデアソンには、フロントのインターン生とロフトワークが独自に募集した大学生が参加した。
アイデアソンによって、素材に先入観のない学生がより自由で魅力的なアイデアを創発できることがわかり、プロジェクトチームはアワードの目指す方向性やテーマ設定に確信を持った。
イベント・プロモーション施策
クリエイター、デザイナーが集う「素材好き」ローカルコミュニティから着実にファンを広げる
アワードを盛り上げながらARTSTEELそのものの認知を広げるために、FabCafe Tokyoのローカルコミュニティを活かしたイベント・プロモーションを展開した。
MTRLは、マテリアルをキーワードとしたピッチイベント『MTRL Meetup TOKYO』を定期開催している。素材に強い関心を持つ多くのデザイナー、クリエイターが参加するこの会に藤井氏自らが登壇。およそ60人の観客を前に、ARTSTEELの魅力と製品開発、そしてアワードにかける思いを伝えることで、コミュニティのメンバーから多くの支持と関心を集めた。(イベントレポート)
さらに、作品募集期間中に、生活雑貨に造詣が深い審査員の柴田氏をゲストに「豊かな暮らし」というテーマを深掘りするトークイベントも開催した。
AWRDプラットフォームを通じて、グローバルのクリエイターに告知
デザインアワード成功のポイントは、応募作品の質をいか高めるか。そのためには一定の作品応募数を確保する必要があり、ターゲットとなるデザイナー・クリエイターに向けた適切な告知施策は欠かせない。
本プロジェクトでオンライン公募システムとして使用された『AWRD』は、5万人のクリエイター、デザイナーが登録しており、そのユーザーは日本とアジアを中心に、アメリカ、ヨーロッパ圏にも広がっている。今回、作品募集情報をメールマガジン、SNS等を通じて、AWRDを利用している国内外のクリエイターに向け、日・英バイリンガルで発信した。さらに、よりアワードのテーマに関心が近いと思われるクリエイターに対し、プロジェクトメンバーが個別にアプローチすることで応募を促した。
Outputs
2ヶ月間で約100点の応募作品
海外からの視点や持続可能社会に向けた提案も
アワードの結果、2ヶ月の募集期間で応募された作品数はおよそ100点、当初目標としていた55点を大きく上回った。海外クリエイターからの応募作品や、持続可能性(サステナビリティ)に関連する作品など、多彩なアイデアが集まった。
Gold Prize を受賞した作品『Paume Lamp』は、海外在住のクリエイターによるもの。アワードのテーマ“Wabi-sabi”にもマッチしており、素材の特性を活かした実現性の高いデザインである点が評価された。また、toCのみならず、オフィスや公共施設といった toBプロダクトとしても打ち出せる高いポテンシャルを持ったアイデアだった。
さらに、Silver Prize、Bronze Prizeともに、「素材を育てる」視点とサステナビリティをかけ合わせたアイデアが受賞を果たした。
反響を確信に変え、次のステップへ
プロジェクトはメディアからも注目を集めた。日経MJでは「サビで腐食を防ぐ建材」としてARTSTEELを改めて紹介すると共に、その素材を題材としたデザインアワードが開催されることに関心を寄せていた。ほかにも、MdN Design、OPENERSなど、全9媒体でニュースが掲載された。
さらに、プロジェクトをきっかけに、溜池山王のARTSTEELショールームを訪れる人も増加。同社は、ARTSTEELの認知が着実に広がったことを実感した。
これらのプロジェクトの成果・反響を足がかりに、フロント社の挑戦はさらに続く。現在、商品化を目指して、Gold Prize を受賞した海外在住のクリエイターとの共創を進めている。MTRLでも、引き続きARTSTEELのサンプルを展示しており、更に多くのクリエイター/デザイナーに向けてARTSTEELとの接点を提供していく。
MEMBER
メンバーズボイス
“弊社は昭和55年に鉄の建材メーカーとして立ち上げてからまもなく40周年を迎えます。実は、今回のコンペテーマでもある耐候性鋼「ARTSTEEL」の自然な風合は、開発当時はなかなか受け入れてもらえませんでした。近年では建築家やデザイナーからの問い合わせも増え、「自然な風合」こそが若い感性に響いていることを感じています。
コンペの応募内容を見ると鉄の魅力を引き出すコンセプトと合わせて、照明器具や装飾品、嗜好品など、以前からこの素材と相性が良いと考えていたアイデアを組み合わせた作品が多く、私の想いに共感いただけていることを嬉しく感じました。
「ARTSTEEL」が今後、みなさんの日常生活の中に入っていくことが私の夢のひとつでもあります。その夢にお力添えいただいた皆様に感謝するとともに、今後もこの素材を愛し、応援いただければ幸いです。”
株式会社フロント 会長 松川 兼成
“私は幼少期から釣りが好きでした。釣りに飽きると古い木、錆びた鉄など落ちている物を拾い集めて遊んでいた記憶があります。あるとき錆にいろいろな種類があることに気づき、次第にそれらを美しいと思うようになりました。そんな幼少期を経て、大人になってからも自然の事象を自分のデザインに取り込むようになりました。
「錆は地球に還ろうとしている鉄の還元過程」「地球の中心の元素のほとんどは鉄」今回のコンペではそんな鉄が持つストーリー性が作品に反映されることを期待していました。応募作品を拝見すると、鉄の風合いを単なる意匠として捉えることなく、また、ドラスティックな意匠や機能のみを売りにすることなく、自然調和、時間経過、変化を楽しむ…といったモノの内面的な部分を重視した作品が数多く見られたような気がします。
「愛着を持って使い続けられるもの」まさにこちらが望んでいた作品を数多くいただけたことは大変うれしく思います。これを機に今後「ARTSTEEL」のファンが増えてくることを望んでいます。”
株式会社藤井環境デザイン 代表 藤井 将之
“今回のプロジェクトには、鉄のプロダクトが人の暮らしにどう関わっていけるかの可能性を探りたいという目論見もあったのですが、応募していただいた作品のアイデアが本当に多彩で、かつ実用性も意匠性も高いものばかりだったのが嬉しい驚きでした。鉄という素材が、インテリアや身の回りのグッズとして生活の場で大いに活躍する未来が垣間見えた気がして、勇気をいただいたと思っています。
フロントという企業にとっては、loftworkの皆さんや審査員の方々、学生のみなさん、そして受賞されたデザイナーの方々など、プロジェクトを通じて多くの感性豊かなみなさんと関係を作ることができたことは大きな収穫だったと思います。今回を単発プロジェクトで終わらせず、次の夢をまた一緒に描けたらいいなと考えています。
最後になりますが、慣れない僕たちを文字通り献身的に支えてくださった井田さん、伊藤さんはじめloftworkのみなさんには本当に感謝しています。FabCafeのご提供、ワークショップやイベントの実施、人と人をつなぐ役割、他にもたくさんの表には見えないお仕事を身軽にこなしてくださいました。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。”
有限会社マーベリック・デジタル・ワークス 代表 佐藤 文一
“今回のプロジェクトは、ARTSTEELの魅力を余すことなく伝えられるか、クリエイターのインスピレーションを最大限引き出せるか、という点がチャレンジでした。
アワードの難しいところは、そのテーマとなる素材の魅力や特性やお題に込めた意図を応募者のみなさんにしっかり伝えることですが、言葉だけではどうしても伝えきれないところがあります。
クリエイターの皆さんには、限られた期間の中でもできるだけリアルな情報を伝えようと、工場の取材写真をふんだんに掲載したほか、イベントなどで実際に素材に触れる機会をできるだけつくりました。結果として多数の優れた作品を応募頂けたことを嬉しく思います。最後になりますが、僕自身にとっては初めてのアワードプロジェクトでしたが、最初から最後までフロントの皆さまにしっかりと伴走いただけたことを、心より感謝申し上げます。”
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 伊藤 望